2009年7月 8日 (水)

「ダンス・オブ・ヴァンパイア」雑感(その1)

●突然訪れた機会

 今年の観劇予定には入ってなかったのですが、お席を譲っていただけるお話を突然いただけたので、大喜びして帝国劇場に出かけてまいりました。

 大喜び・・・・・・^^;

 日本初演を見た時の感想はコチラ
 はっきり言って、ちょっと冷めた感想文書いてます^^; 冷めてて、乗り切れてないんだけど、市村正親さんの教授、駒田一さんのクコール、吉野圭吾くんのヘルベルトを見ることで結局は楽しんではいたんだよな、と、自分の文章を読み返しながら思い出す・・・・・・・。作りこんで作りこんで、というタイプの役者さんが大好きだし、この方達の舞台上での活躍にはなんだかんだ言って喜んじゃってた・・・・・。

 この舞台、基本的には
1)B級ホラーが好きなら楽しめる。
2)B級コメディが好きなら楽しめる。
3)出演者が好きなら楽しめる。
という類の作品だと思っております。上記のうち一つもあてはまりそうにない、という方にはオススメしません。

 私の場合、1)2)にはあてはまらないのですが、3)には該当するので、今回はキャラ物とわりきって出かける準備。
 そう考えて出かけるならば、楽しみな部分はたくさん。コメディに関しては私は笑える範囲がそんなに広くはないんだけど、コレは不快感を刺激されるタイプのストーリーでもないし。
 
 初演の市村正親さんの教授が好きだったけれど、石川禅ちゃんのことだってマリウスの頃から好きだったから、禅ちゃんの教授も楽しみ。禅ちゃんは一時期は私の中では石川禅さんという立派な人になってしまい、大好きだという気持から少し遠ざかりかけてたのだけど^^;2004年のレ・ミゼラブルコンサートで久しぶりにマリウスの濃い可愛さを見て聞いた時、≪やっぱり禅ちゃんだ。禅ちゃん可愛いわぁぁ!≫と思い、そして彼を禅ちゃんと呼びながら今に至っております。タイミング悪くて彼の役を見られないことが多いのだけど、「ウーマン・イン・ホワイト」や「レベッカ」での演技は大好きでした!「レベッカ」のフランクなんてはっきり言って思いっきり役不足だと思うけど、禅ちゃんのお芝居は緻密で濃いので、舞台上にフランクが出ると、ああこの存在感のありようが好きだなあと思いながら禅ちゃんを眺めてましたっけ・・・・・・・。

 そんなわけで、キャラに関して、印象的だった人から順に感想いってみます。

●アプロンシウス教授

 なんといっても「人類のために」の歌の素晴らしいことといったら!!!!!!!!!!!

 市村さんのプロフェッサーは、あくまでも市村さんというキャラがプロフェッサーというキャラと妙にマッチしてしまっているはまり役だった。舞台上に出てれば目がいかないことはありえないというような動き方をちょこちょこする人。

 石川禅ちゃんのプロフェッサーは、とにかく、ちょっぴり硬派な部分もある研究オタクの極致の人。出方は、常に目立つというわけではなく、場面での印象度に緩急がある。序盤はどちらかというと地味な印象?と思ってたら、あのものすごいナンバー「人類のために」ですよ。歌詞が明瞭な早口言葉。美声で強く歌い上げて感動させてくれるミュージカル役者さんはいっぱいいるけれど、禅ちゃんのこの早口言葉歌の何がすごいって、歌に強弱のメリハリがきっちりある中で、弱の部分でも滑舌がよくて歌詞が明瞭で思い込みの強いプロフェッサーとして崩れないこと。この早口言葉歌でそれができるって、ものすごい技術力ですよね?
 力強い技術・技巧で一気に場面をぱーっと盛り上げ、お客さんの喝采に悦にいるプロフェッサー。この場面の面白さは、最初から常にずっとずっと目立ち続けていた市村プロフェッサーには出せない緩急の味だと思う(#^^#) あはは、なんだかんだ言ってるけれど、目立っちゃうことに、自分の主張を高らかに歌い上げることに快感をおぼえちゃうお茶目さんでもあるのね、ものすごく意外だったわ☆ってな感じで。冒頭が地味目だからこそ、ここが笑える。
 一番感動しちゃった場面でした。

 体が柵にはまって動けなくなっちゃって助手を一人敵地(笑)に向かわせるあたりの二人のやりとりは、もうちょっと面白くできるんじゃないかなあ、という気はする。禅ちゃんプロフェッサー、緩急あって、人としての感情を軽視するオタクで、でも妙な信念と強さのあるオタクで、とっても好きなんだけど、注文つけるならこの場面かなあ。なんとなく隙がなさそうなので、見つかるかもしれない、見つかったら大変なことになるかもしれない、というハラハラ感は皆無だし^^; 市村さんプロフェッサーはちょこまか感のために隙だらけに見えて、このあたりは可笑しくてちょっとハラハラ感も伴ってたから。

 ところで、禅ちゃんプロフェッサーはカーテンコールでは十字架持ってなかったですよね?
 多分、皆いっしょにヴァンパイア、という世界のお仲間の一人ですよね?
 カーテンコールでプロフェッサーが十字架持って現れるかどうかというのは、物語の根幹にもかかわる大問題であるはずなのに、カーテンコールでのプロフェッサーの位置が私の一番の贔屓の人とちょっと離れているので、ちゃんとチェックできなかった。悔しい・・・・・・・。

●ヘルベルト

 二番目に感動しちゃった場面といったら、やはり、伯爵のバカ息子ヘルベルトがいたいけな純朴で純情な青年アルフレートをおっかけまわす場面(笑)

*あのバカ息子は、馬鹿息子と漢字表記するのではなくバカ息子とカタカナ表記する方がなんとなく私にはしっくりくるので、この表記でいきますね^^;

 バカ息子度パワーアップ!!!!!!!!!!!

 なんなんですか、あのイロモノのバカ息子は。
 ええと、一応私、この役者さんのファンなんですが・・・・・・・・。

 「痛くしないから。痛くしないから」と言いながらアルフレートを追いかけまわすんですよ・・・・・この生き物は。

 お風呂での登場というのがある意味サラよりも似合っちゃう美しい美しい変な生き物。
 終盤のプロフェッサーとの対決シーンも、なんか妙な形でパワーアップして、バカ息子ぶりがクローズアップされてたりして。なんですか?あのバカ息子はぁぁぁ!

 太股の薔薇のタトゥーはなくなってしまったけれど、そんなものは不要なほどに、お芝居で美しいイロモノ変態バカ息子ぶりを披露しまくってます・・・・・・・。

●クコール

 駒田一さんの舞台の独特の味と存在感が好きです、昔から。
 何見ても、うまいなあ、と思うし、妙な可愛らしさがある・・・・・・・。

(関係ないけど、最近、アニメの「グイン・サーガ」のヴァレリウスの絵に衝撃を受け、かつて観た駒田さんのヴァレリウスを懐かしんでおります・・・・・・・・)

●アルフレート

 前回見た時の感想でこんなことを書いた。

1)この人は、伯爵にとっては、もっと純粋だった日々への憧憬の象徴みたいな存在なのかな、というように思うんだけど。
2)純粋さを見せるために幼いってのは間違ってはいないんだろうけれど、隙の部分が妙な危なっかしい色気を醸し出すといったタイプの、少女漫画風な少年性がほしかったかなあ。その方が、ヘルベルトの一目惚れにも納得しやすいし、ラストの豹変も色っぽく美しくなるし。

 かつて書いた2)の部分については前言撤回(笑)
 泉見洋平くんのあまりにもあまりにも作りこまれた濃厚な子どもっさ、幼さ、へたれっぷりを見ていて、これだけで伯爵をひきつけるには十分だと思った・・・・・・・。

 ヘルベルトは行動と容姿だけじゃなく嗜好もイロモノの人だから、幼さの完成形、可愛らしさの完成形、ヘタレ方の完成形を極めているからこそのアルフレートが好みなのね^^;と、妙な形の納得・・・・・・・・。

 というわけで、泉見洋平くんのアルフレート、とっても気に入ってます。

●マグダ

 シルビア・グラブにはわりと健康な強さという印象をいつも持っているので、どっちかというと初演の宮本裕子さんのマグダの方が私好みの愛人だったような気がする。可愛くてちょっと毒があって。
 ただ、歌やショースターとしての力は断然シルビアが良かった。
 カーテンコールでマグダが目立ちまくる場面、シルビアが出てくるとやはり、ばっちり歌えて踊れるからこその華やかさですね。舞台の反対側に贔屓がいなければもっとじっくり見たいんだけど^^;

●シャガール

 初演の方よりも安﨑求さんの方が、歌が安心して聞ける(^^)

●クロロック伯爵

 初演でも思ったのだけど、実はこの物語に感じる激しい違和感の原因が、クロロック伯爵だったりする・・・・・・。今回、舞台のコメディ色が高くなったので、その違和感がさらに高まってしまった。
 脚本と演出の印象に乖離を感じるせいでもあり、山口祐一郎さんという役者さんからなんとなく、私がこの役にほしいものを感じきれないせいでもあり、クロロック伯爵のナンバーがいまひとつ私好みでないせいでもあり。

 脚本と演出のギャップという感想については別記します。

●サラ

 この役は、演技よりももともとの持ち味とか外見で勝負する役なんじゃないかと思っております。B級ホラー、B級コメディのバカヒロインだからこその、セクシーでエロティックな可愛さがあれば、このミュージカルのヒロインとして成立しうると思う・・・・・・・。

 そういう意味では、初演で見た剱持たまきちゃんのサラは綺麗な人なんだけどコゼットが似合っちゃうようなふんわり優しい印象の人なのでちょっとイメージが違ったし、今回観た大塚ちひろちゃんのサラはビジュアルに幼い小悪魔ちゃんという印象が入るのでちょっと違うような気がした・・・・・・・。

 私は今回スケジュールと財布の都合で観られませんが、そういう意味では、チラシで見た知念里奈ちゃんのビジュアルは・・・・・・・・私がこうあってほしいと思うサラに一番近そうな気がする。というか、思いっきりはまり役のように見える。
 というわけで、ビジュアル以外の印象がどんなふうであったのか、いろんな方のご感想を楽しみにしております。

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2009年7月 2日 (木)

宝塚宙組「薔薇に降る雨」「Amourそれは・・・・」雑感

・ちょっぴり予習

 観劇前に、ル・サンクでお芝居「薔薇に降る雨」の脚本を斜め読み。
 淡々とすすむお話なので、行間を埋める芝居をする人がいない場合、主演級に好みのタイプの芝居をする人がいない場合、主演級に嫌いなタイプの芝居をする人がいる場合、かなり辛い観劇になるかもしれないという予想をしてしまうような脚本だと思った。

 幸いなことに。
 私、宙組さんの主演級に苦手な人はない。生徒さんのお顔と名前が一番一致しない組でもあるけど^^;
 持ち味が役と大幅に異なるのでは?という違和感もさほどない。
 そして、私はウメちゃん(陽月華)のお芝居というのは、昔からとても好きなのであった。声にクセがあって歌がアレだからあまり実力派扱いされないウメちゃんだけど、お芝居での役の幅は結構広い人だったと思う。

・振付

 観劇前にプログラムを斜め読みして、平澤智さんの振付シーンがたっぷり入っていることに大喜び(*^^*)彼が振付するかっこいい群舞が大好きだ。
 
 しかし、ジャスティンとイヴェットの一夜のシーンの振付は直接的すぎ。
 昔、アキコ・カンダ振付でもっと直接的な類のものを見たことがあるけれど、あれはエロティックな美しさを醸し出す印象だったのに・・・・・・平澤振付にエロスの美を求めてはいけないのか?あくまでも彼の振付は、スタイリッシュなかっこよさにこだわるのがいいのかしら・・・・・・。
 
・ジャスティンのタニちゃん(大和悠河)

 たっぷりと声量のある声で、しばしがなるタニちゃん^^;
 でも、相変わらず、というわけではないのよ。
 音はずしてないっ!音は合ってる!?。
 突然がなるから、つい笑っちゃうんだけど、音は合っているのーー☆

 ああああ、変な表現の仕方ですみませんっ。
 そんなタニちゃんが可愛くて好きでした。好きだったんですよーーー。なんてヘタなの!?としばしば思いながらも、そのヘタさっぷりが愛おしくて愛らしくて^^; 
 下手なんだけど、タニちゃん比でどんどん良くなっていて、影で一生懸命なんだろうなあというのもよくわかって。舞台で出てくる持ち味は陽性で元気でちょっぴり不思議ちゃん。でも、影ではきっとコンプレックスに苦しみながら頑張って頑張って頑張りまくったんだろうなあ、と、タニちゃん比でかわっていくいろんな部分を見ながら、そうやって感じさせる落差の部分がいとおしく愛らしく。可愛い息子や可愛い孫を見るような気持でタニちゃんの舞台をいつも楽しんでいた。

 嫌みが全然ない、素直でいい人という味が役にもいい形で生きていて、脚本だけ見ると(ジャスティンってなに?二股男?????????????????現在の恋人ヘレンに対する彼の態度はなんやねん?)
なんだけど、タニちゃん見てると、
(なるほど・・・・・・・あまりにも単純頭の一生懸命な子で、単純すぎるから、ヘレンへの想いの部分は二の次になっちゃうんだな。一緒にいて摩擦が生じない関係を保てた知性的な女だから一緒にいたけれど、情熱の対象は過去の女とクルマで、今の彼女が彼の中で占める優先順位は自然と下にいっちゃったんだな。無意識に順位下げちゃっているな)
というのをなんか素直に納得できてしまって、二股ぶりに反感もわかず。
 この不思議ちゃんの持ち味が大好きだった・・・・・・・。

・ショー

 演出の岡田氏は絶対、生徒さんのレッスンのチェック等はしてないんだろうなあ。
「○○は●番手。だからこの役」
「□□はシンガーと評されている。だからこの役」
「△△はダンサーと評されている。だからこの役」
ってな感じでキャスティングしているでしょう・・・・・・。

 でも、トップコンビのデュエットダンス場面で風莉じんにかげソロさせてたのはナイスだ。いい歌声だったな(#^^#)

 前回公演もそうだったけれど、スター扱いされる主要数人の生徒さんの中にシンガーが少ない分、北翔海莉くんの歌声に感じる癒しも大きかった。(前回公演は北翔くんだけでなく、和音美桜ちゃんの歌声も癒しだったなあ・・・・・・)

・ウメちゃんの思い出

 星組から宙組に組替えになった時には、≪可愛い我が娘をお嫁に出します、アラはいろいろ気になるかもしれませんが、いい子なんです、大事にして下さい≫みたいな心境だった(笑)

 「イーハトーヴ夢」で狂言回しの一人として出てきたアメユキが可愛くて、その頃から注目。
 正統派とは少し違う、風変わりで個性的な娘役さんだと思った。ゆめゆめしさ、可憐といった風情はあまりなく、強靭さ、現代性、男役もいけるんじゃないかと思わせるような凛々しさ。がさつに見えるような時もあった。「雨に唄えば」を見た時、
「ウメちゃんのスカートの裾さばきって・・・・・」
と言ったらMさんに
「ああ、ウメちゃんのダンスはしょっちゅうパンツが見えることで有名よ」
と言われた。豪快で目をひく踊りなんだけど、娘役ダンスとしてはもにょもにょ・・・・だったりしたのよね。

 そんなふうに、がさつに見えたりもするのに、実はものすごくナイーブな部分も見せる。異様に神経質にもうつりかねない部分を、弱さという形ではなく、ナイーブであることを前面に出したり、強靭な壁を築いて弱さを隠してみせたり。
 そんなふうな彼女の持ち味を生かした役は面白い出来上がりになっていて、好きだったなーーー。
 「ベルサイユのばら」でロザリーというキャスティングを最初に聞いた時は、あまりにも彼女の持ち味に合わないと思って大笑いしたりもしたのだけど、実際に見てみたら、リアリティのある強さ、弱さ、壁、可愛らしさといった部分が、妙にロザリーという役にマッチしていたりして、はまり役とまでは思わなかったけれど大笑いしたことは大いに反省したものだったわ。

 独特な声や身長の高さのためか、下級生時代は溌剌とした元気な女の子や少年の役があてられることが多かったけれど、意外とナイーブで神経質な部分がクローズアップされるようになり、その部分がオギーのショーなんかでは魅力的に引き出され・・・・・・。「ドルチェ・ヴィータ」は檀れいちゃんが表向きのヒロイン、ウメちゃんが実質ヒロインという内容のショーで、二人の娘役の一番素敵な部分が存分に発揮されてたショーだったなあ(#^.^#) 檀ちゃんはひたすらに美しい魔性の女で、ウメちゃんは時空と運命に翻弄される神経質な少女で。世界を翻弄する美女と、世界に翻弄される少女。ああ大好きな美しすぎるショーだった・・・・・・・。

 「龍星」の花蓮、二刀流で闘う女。この役も大好きで大好きで、このへんにも長々と感想書いたりしました。

 歌は最後の最後まであらららら・・・・・・だったけれど・・・・・・・・
 サヨナラショーでなく、通常公演でウメちゃんを見送るものとしては、
≪最後に見る彼女単独場面は、大階段を歌いながら降りてくる姿かよっ!?≫
っていうのはなんだか。この歌、あんまりウメちゃんの声域にあってないし(:_;) 

 最後のお芝居は、社交界の薔薇と評される美女イヴェット。
 でも、外見の華やかさとは異なる、臆病で優しすぎて神経質にもうつる部分を持つ女。(華やかさ、という部分には、ちょっと今回、足りてなかったかもしれないけれど)
 正塚芝居によく出てくる、ちょっとした短い言葉が紡がれていくお芝居。そのちょっとした部分に、内面の臆病な部分とか、懸命に気を張っている部分とかが透けて、可愛い女の子だった・・・・・・・・。

 ショーでも、髪飾りもこっていて綺麗で、着こなすのが難しそうな色合いの衣装を着こなしていて、スタイル良くて素敵だった。

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2009年7月 1日 (水)

文月

・今月の観劇予定

宝塚宙組公演
サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ
ブラックバード

・今月の出費

 「安蘭けいラストデイ」のDVDが7/10に発売・・・・・・・・。8月のシアタークリエでの観劇まで日比谷のキャトルレーヴ(宝塚グッズ専門店)に行く予定がないので、いつ購入できるか謎ですが。謎じゃないか、そのシアタークリエ観劇直前時間帯の購入かな。

 『スカイ・ステージ スペシャルDVD-BOX「Toko」』の方は購入見送りの可能性大。分散してしまっているけれど大半は持っている映像だと思うので、お値段が辛い。ちゃんと買うファンの人、偉い!
 ただ、スカイステージで1、2年後くらいに放映されることはない類のDVDだろうなあと思うと揺れるものもありますが・・・・・・・来年以降にもしかしたら観劇暴走したくなるような安蘭けい出演作品が来ないとも限らないし、お金は大切にとっておきます・・・・・・。

 一番楽しみにしている安蘭けい CD-BOX「Grace」はAmazonで予約済^^;
 77期だから77曲・・・・・。77曲立て続けにとうこ歌を聴き続けるって幸せすぎて心臓に悪そう(笑)
 しかし、そんなものを満喫してしまったら、年末にコンサートにわざわざ行かなくても幸せでいられるというような気分になりそうな気がしないでもなかったりも^^;

 なんかこれらの販売で、いよいよ本当に≪宝塚の安蘭けい≫とはお別れなんだという悲しさがじわじわと来そうですね。
 女優・安蘭けいと出会える日は、もうすぐだけど。
 だがなあ、しかし。
 今、この時期にこれを言うと怒られそうだけど。
 私、キムシン(木村信司)作品ものすごく苦手なのよ(:_;) 野々すみ花ヒロインの青年館公演にも作・演出にキムシンの名を見たせいで足を運べなかったのよ。なんで、一作目がキムシンなんだよぉぉぉ(:_;) 。

 ご本人は、新聞インタビューの中で、一緒に活動したい著名演出家さんの名を大勢あげていらっしゃったようですが、私は、謝珠栄さんや荻田浩一さん演出ミュージカルを小さめの劇場で演じる彼女を見たいなあと願っております。そして前にも書いたような気がするけれど、畠中洋さんと共演してほしいの。強靭な声と熱い芝居がぶつかりあって火花が散るようなそんなお芝居が。


・現実とはならなかった出費

 2年くらい前だったかな。
「2009年7月22日の皆既日食見たいなあ」
と言ったら、夫が
「奄美には知り合いがいるから泊まれるかどうか聞いてみる」
と言ってすぐに状況確認してくれたんですが・・・・・・・・。

「宿は頑張ればなんとかできるかもしれませんが、船がとれるかはわかりませんよ。とにかく何がどうなるか全然わかってなくて大パニック状態になりそうなんです。皆、今もう戦々恐々としているんですよ」
みたいな返事だったらしい。日食に強いこだわりを持つ個人さんや団体さんというのは、2年前どころではなく動き始めているものなのね^^;

 皆既日食って見たことないから一回経験してみたかったな♪真昼なのに訪れる暗さというのを体感してみたかったし、コロナって見てみたかったの。
 でも、私、体力ないし。旅慣れてもいないし。
 だから、潔く諦めた。東京でも結構太陽は欠けるし。7割も欠ければ上等。後はお天気を祈願するのみ。

 今年4月になって年間スケジュール表をみたら、日食の日、娘は林間学校の真最中と判明し、どのみち家族旅行ってのは不可能だったわけですが。
 林間学校で先生達は生徒にちゃんと部分日食を見物させてくれるかな?

 皆既日食を生きているうちに見ることは不可能だろうけれど、2012年5月の金環食の方は見られるかしら。これは遠出しなくても良いというのが嬉しい。3年後の私の年齢といったら、私の母の享年と同じなんですが・・・・・金環食見たいから絶対負けないっ!

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2009年6月29日 (月)

映像版宝塚「ソロモンの指輪」を見ながら思考があちこちにとびまわる

 荻田浩一氏の宝塚最後のショーがどんなふうに映像化されているのか。
 その興味で六本木の映画館に足を運んだ。
 タカラヅカレビューシネマ「ソロモンの指輪」
 新感線のゲキ×シネ以外で、舞台録画をこういった形で見るのははじめてかな。
 35分のショーに1000円。安いのか高いのか微妙な金額だけど、荻田ワールドの美の洪水が映像化されているのであれば、宝塚苦手な友達をも誘いやすくなったりもするかな、なんてちょっと期待する。

 ちなみに、東京宝塚劇場で観劇した時の感想はココ。 
 作品の美しさと恐ろしさに幻惑されつつも、今までのオギーの仕事とは異なり、宝塚スターがただのパーツ化されていたことに恐ろしく不満を持っていた観劇当時。こういう保守的ファンの存在がオギーを宝塚にいづらくさせちゃったのかな?????でも、宝塚在団時代最後の外の仕事であった「傾く首」男性出演者座談会で出演者は皆、
「荻田先生はあてがきしてくれる」「思わぬ側面をひきだしてくれる」
と口を揃えて言ってたのよ。宝塚以外でもオギーは役者からそういう類の信頼を得ていたのよ。
 そういう信頼すら取っ払ってまでも、やってみたかったような仕事が彼にはあったのだろうか。退団後にそういう仕事を彼がやっているのかは、彼の仕事の全部は見てないのでわからないけれど、評判を聞く限りではまだその域ではないような?

 美と幻惑の洪水を作り出すオギーという演出家には、多分一生興味はつきないと思うので、いろんな作品を見ながらこれからも考え続けてみたいと思う。
 オギーが作り出していた世界を遠い2階席から見るのは幸せだった。
 オペラグラスなんか使っている余裕はなかった。
 世界全体があまりにも美しくて。美しい地獄。美しい闇。美しい狂気。狂乱。


 さて、ところで、レビューシネマ版「ソロモンの指輪」なんだけど。

 ??????????

 宝塚以外の映像作家の方が撮影するのだから、スター中心映像になるのではなく、舞台全体の美しい使い方をクローズアップしてくれるんではないかと期待していたのだけどな。オギーの作劇は、スターを見せるということにとどまらない。色彩、音楽、舞台装置、すべてにこだわりがある。2階席からの眺めにも彼ははっきりこだわりを持っている。無暗に客席通路降りでファンと生徒さんをハイタッチさせて盛り上がるという方向でお茶をにごすことはしないもの。舞台と客席の間に、明らかに世界の区切りがある。その区切りの向こうに作り出す舞台そのものに、絶対的な自信があるからこその姿勢なんだろうな。 そういえば、以前、ブディストホールの「王妃マルゴ」でオギーを見かけた時、上演中の彼が座っていたのは、客席後方上手ブロックだった。後方から舞台がどう見えるかということに明確にこだわりがあることが、そんなことからもうかがえた。前方だと、顔の表情や美醜だけでも伝わりうる世界があるけれど、舞台後方からの観劇だと、声の力、声が作り出す役の押し出し方、立ち姿や体全体の動かし方、そういったものを明確に見せる人でなければ魅力は押し出されてこない。お顔がちょっと地味か否かなんて本当に些細なことで、声と立ち姿と動きが作り出すものこそが重要。

『まわる盆に乗った巨大な指輪の中で静かに踊る極楽鳥たちが黒い衣装をゆらめかせる。』

舞台で見ていてあまりの美しさに一番ぞくぞくしたのはこの場面だったので、ここの撮り方の中途半端さに欲求不満。

 映像作家の橋本直樹氏は、演じる役者さんのアップを多用する。
 その時に歌っている人、力強くうたっている人が画面で全開になったりするし、番手順を映像の量で調整するといったような宝塚歌劇団発売ならではの撮り方はしないから、舞台以上にキム(音月桂)の重要度が映像の中では高かったりする。

 と文句を言いつつも、「パッサージュ」「バビロン」「ドルチェ・ヴィータ」なんかも、レビューシネマっていう形で見てみたかったな。バビロンと博多版パッサージュ以外は併演のお芝居が苦手でショーのみ行くというのを繰り返していた私。映画館で1000円で見られるんならいくらでも見たいわ。
 特に「パッサージュ」。他のどの場面をぬかしてもいいから、天希かおり&五峰亜季のダンスから始まる「硝子の空の記憶」の場面の映像を映画館で流してくれたりしないかな。
 はじめてあの場面を見た時。あまりにも美しくて、あまりにも恐ろしくて、あまりにも哀しくて、あまりにも清浄で。
 美しく硬質な硝子。脆く欠けてしまう硝子。
 白、青、水色、オレンジといった色調で表現される世界なのに、そこにあるのは、猥雑な地獄の手前にある場所。
 あんなに美しくて恐ろしい世界は見たことがなかった。

 オギーがプログラムに書いていた場面説明文が、これまた美しくてね。

「一組の男女の姿が浮かぶ。二人の緊迫した関係・・・・女はまるで死に向かうように悲しく踊る。やがて同じ様な幾つものカップルが浮かび上がる。終末の時代の群像。一人の男が現れ、その群像の中にいる、一人の女と出会う。別れては出会い、また交わる人々の姿、互いを苦しめるように睦みあう。そして、男は女を見失い、一人佇む。最果ての海が輝き、男は一片の硝子を拾う。その硝子を透かしてみると・・・一人の天使と少女の影が見える。少女と天使、そして男を取り囲む、海と光と、白い群像。それは遠い過去の想い出か、それとも遥か未来の幻なのか、男は海と硝子の煌めきにたゆとう。やがて硝子は光を失い・・・天使は一人虚ろに踊る。再び人々の群像が見える。静かな悲しみに満ちた世界。再び出会う男と女、二人はひととき重なり、また離れて、しかしまた足を止める」

 オギーは絶対、作品集を文字の形で残すべき人だと思うよ・・・・・・・・。

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2009年6月28日 (日)

脳内バージョンで「She Loves Me」

 このブログをお読みになっている方は存分に御承知だと思いますが、私は、少女漫画が大好きです。

 特に≪会えば口げんかばかりの関係だった男と女が、なんらかのきっかけに心を近づけていく。それでもついつい意地をはりあってしまう≫という古典的シチュエーションが大好物。

 心が近づく過程には
「自分はあの人が嫌い!」
「自分はあの人が苦手」
「でも何故だろう。何故かあの人が気になる」
「いや、そんなはずはない、私はあの人が苦手なんだ」
「そのはずなんだけど、どうしてだろう、あの人の一挙一動から何故か目が離せない」
といった心理の変化があるわけだけど、それらをナチュナルに丹念に演じてくれる演技力のある役者さんで見たい!

 とか思っていたら、6/20に、シアタークリエで「She Loves Me」が12月・1月に上演されると発表された。
 市村正親さんのジョージ&涼風真世さんのアマリアが主演の日本初演版を何度も見た。大好きな大好きな可愛い作品だった。
 イローナの島田歌穂さんはコミカルで絶品で。
 イローナと絡む村井国夫さんのコダリーがダンディだったなあ。

 しかし、今度の公演のキャスト・・・・・・・・若すぎる。
 19歳の男の子が主演?アマリアが神田沙也加?
 沙也加ちゃんの舞台は「Into the Woods」と「Akuro」と「ウーマン・イン・ホワイト」でしか見てないけれど、独特の幼さや毒を見せる雰囲気が結構好きだ。でもやはり、アマリアには若いよなあ。
 物知らずでジャニーズには疎い私は19才のジャニーズの男の子のことなんて知るわけもなく、テレビ情報誌にある7月開始ドラマ紹介でようやく写真を見たんだけど・・・・・・顔立ちが幼いなあ^^;

 「She Loves Me」の主役二人ってのは、人との付き合いに不器用だったり、読書の世界に埋没して耽溺して夢を繰り広げたりしているうちに、ふと気づいたら、いわゆる婚期とされる年齢が過ぎちゃってる、そんな二人。夢の世界も大事だけど、現実で自分の感性に合った素敵な異性に出会って恋をすることにも憧れがあるから、相性の合いそうなまだ見ぬ文通相手を見つけてその文通相手に想いをめぐらせていく。
 そんな話なんだけど。
(映画「ユー・ガット・メール」と原作が同じであるといえば、舞台をご覧になってなくてもなるほどと反応していただけるかなと思いますが。)

 ついこのまえまで思春期でした、という年頃の子が演じるお話とは違うからこそ、あたたかくて可愛いラブストーリーなんだけど。

 ぶっちゃけ、ジョージを演じる人は40前後の男優さんでいいと思うし。
 アマリアを演じる人は30代の女優さんでいいと思うし。
 錦織一清演出という文字にもびっくり。演出じゃなくていいじゃん。19才の男の子よりも君自身の方が合っていそうじゃん、と思いましたよ・・・・・・。「チャーリー・ガール」でニッキがやったジョーが結構好きだった私(#^^#) チャーリーに想いをうちあけられない青年役が可愛かったの。

 なんてことを考えながら、るんせる脳内の夢のキャストを妄想してみました。とりあえず主要な4人のみ。

ジョージ

 この役で一番見たいのは、岡田浩暉さん。

 助演とか、ヒロインに片想いといった立場の役が多いですけれど。
 不器用さ。手紙の相手の正体を知った時の激しい動揺。彼女にひどい言葉を投げつけられた時の絶望。「She Loves Me」と歌い上げる際の幸福な幸福な高揚感。
 彼の濃い芝居、緻密に丹念に作り上げられたお芝居で見たいなあ。
 岡田さんの芝居って濃いのだけど、黒い濃さとかアクの強い濃さじゃないんですよね。白いのだけど濃い、そういう濃さの人だと思うんですよ。「スウィート・チャリティ」や「オール・シュック・アップ」の岡田さんの役者っぷりには舌を巻いたなあ。
 もう、めっちゃ似合ってると思うんですよ。東宝のバカ。表情だけじゃなくて、体全体で、動揺、興奮を緻密に見せてくれるんだけど、いかにも計算して見せてますといった感じじゃなくて、自然な可愛らしさなんですよね。ああ見たいなああ。

アマリア

 ヒロインが似合って、高音が適度に綺麗に出て、適度にとうがたった年齢と雰囲気の人ならわりと誰にでも合いそうな気はするのだけど。(ちなみに、若すぎるのは嫌^^;)

 堀内敬子ちゃんがやったら可愛いかな。適度にどんくさい感じがはまりそう^^;
 この作品、宝塚にも合う演目だとよく思ってたんだけど、宝塚版夢キャストでは、月影瞳、遠野あすかといったあたりの人を夢見ておりましたよ。気が強くてきんきんとジョージにいろいろ言い散らす様がはまりそう。

イローナ

 樹里咲穂さん。それ以外思いつかないーーーーーー^^;
 歌よし、ダンスよし、コミカル芝居よし、場をさらいまくる、絶品のイローナに違いないと思うの・・・。

 
コダリー
 橋本さとしさんで観てみたいな。

 40代くらいの男性役者さんでミュージカルができて色悪が合うダンディな人って意外と少ないんだな、とふと気付いた。
 ミュージカルで活躍している男優さんって、ワルをやってもどこか人の良さが滲み出ちゃうようなタイプの男優さんが多いですよね、何故なんだろう。ミュージカル以外の場が出身で、ミュージカルにも活動の場を広げてきた、みたいなタイプの役者さんしか思い当たらない。

 そんなわけで、胡散臭い男を演じたらまかせなさい!のさとしさんで見たいのです。「ジェーン・エア」のロチェスター氏よりも似合いそうじゃないですか・・・・・・。

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2009年6月27日 (土)

≪序章終了≫で終了

 新刊情報で≪次に出る第五巻が完結巻≫という情報を得た時に覚悟はしていたのだけど(苦笑)

 まだまだいくらでも続きがありそうだし、作者の中でも構想はあるんでないかとも思ってしまう。ハードカバーで数冊以上のシリーズを出していくなんて、よっぽどの人気作家だったり評価の定着した作家じゃないとリスキーな商売だと思えたので、5巻続いただけでもすごいことなのかもしれないけれど。

 レンヒの遺品に関して一応の決着はみたとはいえ、人間というのは自分をも含めて綺麗なだけの存在でないということを学んでいく少女ソニンには、もっと葛藤を重ねてほしかったかな。

 シリーズを新しくして、できれば文庫のようなもっと安い本にして「旅する巫女ソニン」(←テキトー。誰かタイトルかえて☆)とかのタイトルで、続きを読みたいなあ。ミン主人公の別視点で物語が描かれても面白そうだし。

 と思った「天山の巫女ソニン」第五巻でありました。

 ゆっくり読み返して詳しい感想書くのはまたいつかに。
 今日はこれから、米澤穂信の小市民シリーズの続きを読みます。春、夏は図書館で借りて読んだのだけど、秋は図書館で二桁人数待ち。待ちきれないから定価で買ってきてしまったわ。

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2009年6月26日 (金)

6月に読んだ本(物語以外)

 多分今月はもうノンフィクションは読まなさそうなので今日アップしてしまいましょう。他にも宝塚本やらフィギュアスケート本やらハウツー本やらも読んでいるのだけど、その手の本のレビューは書きません^^;


◎村井吉敬「ぼくが歩いた東南アジア-島と海と森と-」(コモンズ)

 主にインドネシアを中心に島嶼部東南アジアの今のありようや日本との関係を研究考察している村井吉敬先生の最新の本。「エビと日本人」(岩波新書)等で著名で、学者さんというよりは運動家の側面の強い本を書かれる方だけど、運動家というには文体も雰囲気ものほほんとした感じ。のほほんとした雰囲気の底のあたりに、現状に対するじれじれとした苛立ちはあって、それがこの本にもよく出ている。今までの研究家・運動家人生の集大成みたいな雰囲気の本になっている。内容はリンク先にある章立て通り。インドネシアの街の日常、エビやマングローブの問題、日本のODAと権益のつながり・・・・・。
 カラー写真満載なのでお値段少し高め。3000円・・・・・・・私にとって書籍価格は2000円越えをすると高いという認識になるので、3000円は苦しく、古書店使いました。一応、発売後すぐに図書館にリクエストかけたので印税には貢献できたかな(:_;)


○ローワン・ジェイコブセン「ハチはなぜ大量死したのか」(文藝春秋)

 作家の荻原規子さんのブログで紹介されてたことで興味を持ち読んでみた。

 原題は「Fruitless Fall:The Collapse of the Honey Bee and the Coming Agrieuitaul Crisis」
 2008年に原著が出版され、2009年1月に日本で翻訳が出版された。図書館での予約者多数。非常に話題になっている本であるようだ。
 ニュースでミツバチが消える話が出始めていることも気になっていたけれど、最近、アニメ放映をきっかけに上橋菜穂子「獣の奏者」を再読してたことなんかもあり、ハチの生態に関する詳細な記述を今のタイミングで読めるのが嬉しい本だった。

 その読みやすさを面白いと言ってしまうと、養蜂家には申し訳ないのだけど、とりあげられている問題そのものだけで話題の本となっているわけではないということはよくわかる。文系人間にも読みやすいドキュメンタリーで、生態学や動物行動学よりもSFミステリー寄りの文体のような印象。


○湯浅誠・福島みずほ「反貧困と派遣切り 派遣村がめざすもの」(七つ森書館)

 これは2008年末から2009年初に設置された年越し派遣村で村長を務めた湯浅(ゆあさ)誠氏の新刊。自立生活サポートセンター・もやいの事務局長として、反貧困ネットワークの事務局長として、この数年精力的に本を出したり対談をしたりしながら、ホームレスの人々などの貧困の現場から情報を発信する活動をされている方。
 湯浅誠氏についても、新しい本が出版されたら必ず読む、と決めている。同じことを考えている人が多いのか、図書館では必ず予約者が複数人続く。貧困について。格差について。本当にほしい情報は新聞・テレビ等のメディアには期待できない。自分がほしいと思う情報、自分が求める思いを提供してくれる人をとっかかりにして、こうした本やミニコミに頼っていくしかない。インターネットでニュースが容易に読めてしまう現在、メディアの報道のあり方のおかしさには昔以上に慎重にあらねばならぬ昨今だ。

 「貧困というのは救済の対象ではなく、人間を物扱いするこの社会を作りかえていくことだ。あるいは排除型社会をかえていくことだ」という一貫した主張。
 かわいそうだから助けるというのは、「かわいそう」と「かわいそうでない」を区別する考え方であり、「救済に値する人」「救済に値しない人」を区別するという二分法につながるが、この二分法を否定して、自己責任論ではなく自分たちの問題として貧困の問題を考えるべきであるとのこと。

 大きく派遣村の問題がメディアでとりあげられたことにより、貧困状況悪化の認識が広く共有されるようになったことはよかったが、≪非常事態≫という特別扱いで収束させず、景気が好転すれば大丈夫となる問題ではないことを、メディアの危うさに注意しながら浸透させていかなければならないとの主張。

 多少干からびていてもミカンはビタミンCだから越年には貴重な物資だなんていうこと、現場の人にとっては常識的なことなのかもしれないけれど、私、知らなかった・・・・・・。対談相手の福島みずほ氏も知らなかった様子。
 こうした、現場ならではの人の発信を謙虚に積極的にうけとめていけるようになっていきたい。
 湯浅氏は私よりも若い人だけど、怒って叫ぶという論調ではなく、わかりやすく明快な論旨で落ち着いて淡々と粘り強く語り続けている、ちょっと学者肌っぽい運動家の方。著書を読みながら、若いのに・・・・・・としばしば尊敬の念にかられる。


○猿谷要「アメリカ黒人解放史」(二玄社)
 
 かつてサイマル出版会から出版されていた本に「歴史物語アフリカ系アメリカ人」(朝日選書)の最終章を合わせて収録したという本。キング牧師の「I Have a Dream」演説、および、2008年大統領選挙でのオバマ氏勝利宣言の演説。これの原文、訳文、録音CDがついた。このためか、2300円と、やや高めの価格設定。私は大学生時代にサイマル出版会の本を買ったので、今回は買わなかったけれど^^; 、キング牧師の演説は3,4年したら現在中1の娘に読ませましょう(^^) オバマ演説は、3、4年後も、今現在のようにプラスイメージでとらえられるものであり続けるだろうか?

 この本もそうだけど、富田虎男「アメリカ・インディアンの歴史」(雄山閣)なども、学生時代に読んで非常に刺激を受けた本だった。アメリカ史を知るうえで、読んで絶対に損はない本。
 中高生の時に学んだアメリカ合衆国の歴史から受けたイメージ、アメリカ文学から得るイメージ(私の場合、アメリカの家庭小説を読みこんでいたということもあるし)が、
様々な局面でひっくり返される。
 ひっくり返されたその衝撃によって、歴史や事象に対する多層的な見方を得ることができたし、物事は多層的に見ていかなければいけないんだと意識し続けるきっかけにもなった。

 
○筑摩書房編集部編「女が読む太宰治」(ちくまプリマー新書)

 太宰生誕100年記念で出た本だけど、いかにも急遽企画されたといった感じの本。
 女性著名人12名が、太宰の魅力や太宰への思いをそれぞれ語る。
 でも、野村美月の文学少女シリーズ1冊目の天野遠子先輩の太宰への熱い語りを読んだのがつい先日なので、それを思うとこの本の著者達の文章にはパッションが不足しているわ。我が家の娘は小6の時に遠子先輩の勢いにおされて太宰を何冊か読んだけれど・・・・多分この本の熱度程度じゃ巻きこまれることはないだろうなあ。

 テーマや題材を決めて太宰好き女性がミーハー語りを繰り広げるような対談や鼎談を企画して本にした方が面白い物ができたんじゃあなかろうか。


雨宮処凛「ロスジェネはこう生きてきた」(平凡社)
 エネギッシュに反貧困活動等を続ける彼女の沢山の著作・仕事は大体こんなふうに四分類できるのかな。

1)自分自身の人生をネタに時代を語る。
2)苦しい生活をしている人の現状の報告および解決を求めての運動・糾弾
3)認識を共有できる部分が多い人との対談
4)認識が全く共有できない人との対談

 今回読んだ本は1)かな。
 新しい情報は特にはなく、「ロストジェネレーションとは?」というよりは、「雨宮処凛とは何者?何してきた人?」という部分で読む本だったような気が^^;

 彼女が基本的には同じことを丁寧に丹念に繰り返し主張し続ける人でそのために沢山原稿を書いている、ということを、本を作る編集者の方たちはしっかり肝に銘じておかないと、読み流されるだけの本になってしまうから、原稿依頼の際は出版社・編集者が柱となる部分をしっかり決めておいてよーー、と、上記の太宰の本と同じような感想となった。
○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本
◎図書館で借りた後に購入手続きした本

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2009年6月25日 (木)

放射線治療と大根おろしのお話

 23回の放射線治療終了。電車に乗って大学病院に通う日々。
 腫瘍が気道を圧迫して、咳、息苦しさ、喉の下のあたりの痛みといった症状となっていたので、それへの対策だった。

(文章半ばで、ものすごく下らない形ですがNHKドラマ「ちりとてちん」のネタバレが入りますので^^; これからDVD等でご覧になろうと考えている方はご注意下さい。)


●治療の日々の記録

1週目

 すさまじい全身のだるさ。
 ふらふらになって寝込む毎日。
 夕飯を作れず、夫が毎晩スーパーでお弁当を買ってくる日々。
 それでも、宝塚の雪組公演とミュージカル「この森で、天使はバスを降りた」千秋楽は観にいった^^;   

2週目

 だるさは少し緩和し、まともに過ごせるようになる。
 喉に痛み発生。
 食べた物を飲み込むのに非常に苦労し、食事しづらくなる。
 病院では「まあ、そういう副作用は生じますねえ」とあっさり流される。
 声を出す時に痛み発生。ある晩は声を出さず、筆談に切り替えた。
 でもStepsの舞台「ヴェローナ物語」は観に行った^^;

3週目

 副作用と病院の対応にいらいらして2日ほど治療をおさぼり。
 というか後にずらす。
 オサボリは定期券期間内に治療が終わらないことを意味する。
 つまり、損をするのは結局私だけ。
 のどの痛みはなくなってきたが、だるさが復活。
 二日ほど続けて悪夢で午前3時台、4時台に飛び起きる羽目に。
(悪夢は放射線のせいでなく飲んでいる薬のせいだと思うけど)
 それでも「シャボン玉とんだ宇宙までとんだ」は観に行った^^;

4週目

 だるさと鬱が続く。
 いらいらして動きたくなくて、治療を2日ほどおさぼり。
 6月には観劇予定がもうないのも良くないのか?^^; 
 しかし、夕飯を作らないと食費がはねあがるので頑張る。
 悪夢一回。

5週目

 副作用は少なくなってきた。
 気がついたら、咳を全然しなくなっているし、喉の痛みもなくなっている。
 ただ、MSコンチン朝夕2錠ずつでは足りなくなる日は遠くはない?
 胸部と背中に鈍痛がたまに復活。ロキソニンを追加したりする。

 治療最終日の前日。行きの電車でいきなり貧血のような気持悪さに襲われ一日中続く。ラッキーなことに途中駅で席があいたのでささっと座った。その席を狙っていたとおぼしき高齢の方に睨まれたような気がする(苦笑)こういう時に嫌みを言われたら見せてやるぞ(すぐには意味わかんないだろうけれど)と思ってMSコンチンを2錠持ち歩いているのだけど、出番は生じなかった。全身から汗がふきだし、大変だった^^; なんだったんだろう・・・・・・。


●フードプロセッサー

 一番辛かったのは最初の週かな。

 大根買ってもおろすのが辛い。

 サンマが最近激安だから、そのまんま焼いてちょこっと大根おろしくっつけるだけで超簡単にメインのおかずにできるのに。

 牛小間や豚小間がある時は、焼いたりゆでたりしておろし大根をのっけて味ぽんをぶっかけるという超手抜き夕飯を作りたいのに。

 大根おろしたくない・・・・・・。その気力と体力がない・・・・・・。

 というわけで、ついに買っちゃいましたよ。安いフードプロッセッサー。
 買ったというよりは、夫が
「ポイントが余ってるんだけど、特にほしい物がないんだよな」
とか言ってるから、そのポイントをあててもらったというところですが^^; 予定では、来年あたりに地上波デジタルチューナー購入の必要が出てくるだろうから、それまで大事にとっておくはずだったんだけど。

 今までは「洗うのがなんだかめんどくさそう」と思ってフードプロセッサーの購入を避けてたんだけど、大根をおろすのに体力使わなくてすむなら洗う手間などなんのその。

 はじめての使用はおろし器部分を使った大根おろし。
 しかし、これ、意外と使い勝手が悪かった。
 NHKの連ドラ「ちりとてちん」の大根おろし対決場面を思い出しながら、
「実際には、フードプロッセッサーで大根おろすよりも普通に大根おろす方が速いんでないか????」
と不思議に思っちゃった(笑)
 味もいまひとつきれがなかったし。(食へのこだわりがきわめて少ない私にすらわかるくらい味が違ったの・・・・・・)

 が、翌日思った。
 味がどうせいまひとつなら、おろし器部分じゃなくてみじん切りの機能の方を使った方が楽かしら、と。

 結果。すごく楽だった(笑) 
 これからはこれでいきましょう。


●こだわりの大切さ(笑)

 観劇好きであることが病気にいいことは昔からわかっていた。(2004年の1/6に全摘手術をした後、1/25に絶対に安蘭けいランブルーズを観るんだ!友達と一緒の観劇だから、観劇後のお茶は断念するとしてもそれ以外の点では絶対に普通に見えるように過ごすんだ!という予定と強い意欲があったので、右腕を動かすためのリハビリは実に順調だった^^;)

 でもそれだけでなく、節約へのこだわりも病気を乗り切るには大事だったのね(笑)観劇は毎日のことじゃないけれど、日々の節約は毎日のことだし。観劇と本と医療費と娘の学費に金かけてる分、他の面では節約に燃えている私^^;(娘には「参考書と、必要ならZ会の通信教育代までなら出してあげるけれど、塾には絶対に行かせないから、学校の予習復習をがっちりやるように、と厳命はしてるけれど。)

 我が家のダンナ、私が具合が悪い時はいつも
「わかった、じゃあ弁当買って帰る」
となるのだ。かわりにご飯炊いておかずをちゃちゃっと作って、とは絶対にならないのだ^^; 新井基子の小説「新婚物語」にも似たような場面あったなあ^^;

 で、私のメインのクレジットカードに夫用の家族会員カード1枚作ってあるんだけど、それは私が具合が悪い時のご飯代(=弁当代)として使うためのカードなのだ。

 ネットでカードの最近の利用履歴が見られるんだけど、家族カードでの金額が毎日毎日2000円近くいったりするのを見て、ただでさえ医療費高いのに(しかもその医療費もカード決済)翌月の請求額はどんなことになるんだーーとこわくなってしまって。

 弁当なんか買ってきてもらってる場合じゃない。近所に新スーパーが出店してきた後、不況でデフレであることも重なって食料品の価格破壊がすさまじいことになっているんだから、食費浮かす絶好のチャンスなのに。

 そんなわけで、治療の副作用がしんどい中、フードプロセッサー活用で頑張ってまいりました。玉ねぎのみじん切りも一気に楽になった。ハンバーグのタネを作るのも楽になった。またそのうち、他にもいろいろ試してみよう。

 というわけで、おろしたりこねたりに力を使うことすら苦痛だった日々の中、フードプロセッサー登場は食費節約のためには大変ありがたいことだったのでありました。


●余談

 4月に娘を代々木公園で開催のアースデー東京に連れて行った際、フェアトレードに熱心に取り組んでいるNGOでパンフをもらいながら娘にあれこれ説明をしていたら、
「でも、ママ。ママはいつも節約節約って言って安い物を一生懸命買っているけれど、それってフェアトレードとは両立しないんじゃない?」
と娘から言われた・・・・・・・・・・・・・・・^^;

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2009年6月24日 (水)

6月に読んだ本(物語)

 米澤穂信の小説も立て続けに読みあさってる最中だけど、それは別記するといたしまして。

○アイリス・ジョハンセン「黄金の翼」(二見文庫)

 とりあえず新刊が出たら目を通すことにはしているロマンス小説の著者^^;
 これは原著が1991年。原題が「The Golden Barbarian」
 
 ヒロインのテスは、東欧の架空の国のお姫様。国王の姪。
 ヒーローのガレンは、イスラム教の小国の領主。複数の小国の統一を目指す男。

 文化の違いとその相違の描き方、テスのそれへの接し方を見て、そして原題を見て、サイードの「オリエンタリズム」発売っていつだっけ???と気になってしまったわ^^; アメリカ人の中東の文化への認識って・・・・・・・・・。(そういえば昔、カナダ人作家モンゴメリが「アンの娘リラ」で連合軍がエルサレムを占領した際の主要人物達の反応を読んでクラクラしたなんてこともあったなあ^^;)
 
 ラブストーリーそのものは、この人の作品としてはなんだかものすごく平板。
 ヒーローのガレンってのが、いかにもロマンス小説のヒーローとしてありがちすぎるんだもの。
 あとがきで訳者が、印象に残る脇役としてテスのいとこのサシャをあげているけれど。 人懐っこそうに見えるくせに平穏な人生に落ち着いていられないサシャも興味深い男ではあるのだけど。(いかにもスピンオフが出そうな退場場面だし。出てたりする?)

 私はどっちかというと、ガレンの副司令官のカリムが気に入ったぞ。生真面目で不器用な男。西洋人であるテスに最初は不信と警戒心をあらわにしているが、その思いを徐々にかえていく。そして、想う女性ヴィアンヌが敵の捕虜となりテスとの交換を敵が申し出てきたことをテスに伝える時のカリムの姿勢。生真面目で不器用な彼が耐えきれずにヴィアンヌへの本音を吐露させるんですよね。本来はこの手の生真面目さと不器用さと想いの爆発こそが、ロマンス小説のヒーローの醍醐味に見えるんですが、私には。


○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本
◎図書館で借りた後に購入手続きした本

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2009年6月23日 (火)

米澤穂信の小説を読み始めた

 加納朋子が好きなの☆と語ってたら、「日常の謎」モノのミステリーが好きならぜひ米澤穂信もとオススメされたみたいな気がしたので、読み始める。
 とりあえず「さよなら妖精」(創元推理文庫)を図書館から借りてきてみることにした。

 物語前半では、ユーゴスラヴィアから訪れた少女マーヤと、日本の少年一人少女二人の異文化交流が、丁寧に、丁寧すぎるほど丁寧に語られる。

 その描写、ユーゴスラビアという国への印象の捉え方に異様な若さを感じて、読んでいる最中に思わず著者プロフィール確認。1978年生まれ。そら若いわけだ・・・・・・。私くらいの世代だと、1991年頃にユーゴスラビアと聞いて普通の人が思い浮かべるのは1984年のサラエボ冬季五輪だったりしただろうから、それすらも無い真っ白な印象に若さを感じずにはいられないわけであります。(私自身は政治学勉強してたせいで、80年代後半に、ユーゴスラビアの経済体制について授業で学んだ記憶が残ってたりしますが^^; ちなみにその授業では、その経済体制はプラスイメージで語られてたのですよ・・・・・まさかそのちょっと後にユーゴスラビアが動乱まっただ中の状況になっていくとは(@_@ でも思えば80年のチトー大統領の訃報をニュースで見た時、私の母は「これからあの国はどうなっていくのかしら」とものすごく心配していたなあ・・・・・・・・。

 と、話はそれすぎてますが。

 異文化交流が丁寧に描かれていた物語前半。あまりにも若々しい青春小説のムードだった前半。
 後半になると物語の印象は一変し、この物語ならではのミステリーとしての色合いになっていく。
 英語を知らずカタコトの日本語で会話をしていた留学生マーヤは、手紙のやりとりをするにあたって、日本語を話すことはなんとかできても読めないから、英語の読み書きができる兄を通して手紙のやりとりをしたいと約束して帰る。

 しかし、帰国したマーヤの故郷の街とはどこのことなのか?
 彼女がきちんと語らなかったのはなぜなのか。最初は、日本で親しくなった三人がユーゴスラヴィアという国についてよく知らなかったからだった。けれど途中から彼女は、自分の故郷の街がどこであるのか明確に限定できる情報は伏せるようになっていたと、ユーゴスラヴィアについて本を取り寄せて勉強するようになった少年は気づく。

 そして起こる、かの国での動乱。
 ニュースを見ながらわきあがる不安の中で、彼は、彼女の語った言葉の一つ一つを振り返りながら(「そこまできっちり言葉を記憶できてるんなら大学受験は心配ないよ>高校生」と突っ込みを入れたくなるくらい、詳細に振り返る彼)、知っていたようでいたのに結局はちゃんと知らなかったマーヤという少女について、必死に考え続ける。
 クロアチアとスロヴェニアで起きた独立運動について、
「人間は、殺されたお父さんのことは忘れても、奪われたお金のことは忘れません」
と、声を殺してそっと、国内の南北問題を振り返った少女マーヤ。彼女は故国の今後をどう見ていたのか。

「おれの狭い世界に、マーヤは風穴を開けたまろうどだった。別世界からの使者とも言える。マーヤはマーヤの視点で、政治家を志すユーゴスラヴィア人という未知の立場でもっておれの住んできた世界を再解釈していった。おれもそれができるようになりたい。それは恐らく生涯で初めての熱情だった」

 物語後半。ミステリーの色合いでありながらも、やはり非常に生真面目で若い青春小説ではある。

 生硬な部分はあるけれど、マーヤという少女の熱心さ、彼女に対する彼らの思いや不安、そうしたものに感じる爽やかさ。いい青春小説に出会えたなあという嬉しさを感じる。
 というわけで、次は同じ作者の「春期限定いちごタルト事件」に始まる≪小市民≫シリーズに手をつけることにいたしましょう。

*作中でマーヤが紹介した「ラキヤ」っていうお酒、美味しそうだなあ。今度、機会があったら是非飲んでみたい。

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