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2008年11月

2008年11月30日 (日)

11月に読んだ本(物語以外)ーーー紛争ダイヤモンド

◎ニキ・ヴァン・デ・ガーグ「ダイヤモンドはほんとうに美しいのか?」(合同出版)

 シリーズ・モノから見える世界の現実の第一巻。YA向けのシリーズ物らしいので、娘の本棚に入れておくことに・・・・・・。

 ダイヤモンドの歴史、紛争ダイヤモンドについての概要などがわかりやすい文章で語られている。映画「ブラッド・ダイヤモンド」が公開された頃に出版されていれば良かったのにね。

 巻末の解説者に、映画のパンフにもいらした、よく知ったお名前が・・・・・・・・(^^)


○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本

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11月に読んだ本(物語)ーーーガーウッド、パメラ・クレア、菜種晴れ

○ジュリー・ガーウッド「ほほえみを戦士の指輪に」(ヴィレッジブックス)

 原題「THE SECRET」

 13世紀初頭、イングランドとスコットランドの国境付近を舞台にしたヒストリカルロマンス。ヒロインはイングランド貴族の娘ジュディス。スコットランド人の娘フランシス・キャサリンと親友になったことから、親友の出産にあたりハイランドへ赴くことに。

 ロマンス部分よりも、≪13C世界にウーマンリブの主張とその実現をあてはめてみました≫ってなノリ。フェミニズムというよりはウーマンリブ^^;
 
○パメラ・クレア「事件記者カーラ 告発の代償」(ヴィレッジブックス)

 4歳の息子を育てるシングル・マザーでもある記者のカーラをヒロインとするロマンチック・サスペンス。相手役は上院議員のリース。子供に優しく料理も出来るしとにかくいい男・・・・・・・・のはずなんだけど、仕事に命をかけるヒロインに比べると、上院議員って暇なんだろうかと首をかしげたくなることも(笑)
 ラブシーンはちょっと、いやかなりくどいですが、男社会の中で奮闘するカーラの頑張り、事件の真相解明のために必死になるカーラの頑張りは、読んでいて元気が出てくる(#^^#)
 
○山本一力「菜種晴れ」

 娘が受けた模擬テストの国語の問題を見て、面白そうだったので借りてきた。「あかね空」も好きだったし。文庫化されたら買おうかと思う。
 ヒロインは菜種農家に生まれた少女の二三。五歳の時に、江戸の油問屋の養女となる。 周囲のあたたかい愛情に育まれ、真摯に生き成長していく二三の半生。
 
 人はあたたかいけれど、人生は容赦ない^^;
 江戸、油ときたらきっと描かれるんだろうなと思ったらやはり火が出ました・・・・。

○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本
◎図書館で借りた後に購入手続きした本

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2008年11月28日 (金)

宝塚星組「ベルサイユのばら外伝ベルナール編」ぶっ壊れ書きなぐりメモ

○長い前置き

 原作では、オスカル、アンドレの次にベルナールが好き。
 もともと革命家ってやつが好きなのだ^^; 世を憂え、不正が許せず、格差を正すために立ち上がろうとする真っ直ぐな人が好き。だから、母をなくしたロザリーを支えようとしたり、義賊として貴族の館を荒らしまわったり、市民の前で力強く真っ直ぐな演説をしたり、ペンの力で不正を糾弾して正しい世の中を実現しようとする彼が好き。何よりも、ロザリーに対する態度も可愛いし(笑)

 まあそんなわけで、昭和の昔に「ベルサイユのばらIII」を見た時、国王一家を国外逃亡させようとする人物としてベルナールが登場し、国王が「君は革命家なのに?」と問うと「この革命は失敗だった」と答える・・・・・・という展開を見た時は呆然としたものだった。

 私の好きなベルナールはそんな筋の通らないへなちょこ男じゃない!と怒りに震えたものだったなあ。

 その後もいろんな変なベルナールを見てきたものだわ。
 組の二枚目スターとはちょっと違う位置の人が演じることも多かった。なんで????
 結局、ロザリーのダンナ、良心的な革命家ってことで、物語に応じて適当な台詞を割り当てられるだけの存在。だからその時々によって原作とは全く異なる妙な人物がうまれたりする。2006年の雪組公演で、恋するロザリー相手に興奮して≪難しい演説≫をぶちあげる男を見た時にはもうどうしようかと。

 だから、期待してなかった。
 「とにかくむかむかさせないでくれ」「変な新場面つくらないでくれ」とただ祈っていた。ジェローデル編とアラン編は見に行かなかった。行けなかった。植田新作は怖すぎる。とうこちゃん(安蘭けい)主演じゃなければベルナール編に行くつもりもなかった。

 ベルナール編の初日があけたら、良い評判が聞こえてきて、「??????」と思った。
 なんか、ゴーストライター説がまかり通っているらしい????

 ゴーストライターが脚本書いたかもしれないと受けとめる人が多いのなら。
 もしかしたら、いつもの植田新作と恐怖しなくてよいかもしれない。ゴーストライター大歓迎!植田紳爾氏は自分の名前を権威あるものにしておきたいなら、新作発表時には絶対ゴーストライターを使うべきだと思うのよ。

 というわけで、少しだけ楽しみになってきた。

 前置きが長かったけれど、そんなこんなで、さいたま市文化センターまではるばる出かけていったのでありました。3階最後列。オペラグラス必須の貧乏席。隣の席の方はきっと私が誰のファンなのかオペラグラスの動きで明らかにわかったと思う・・・・・・・。

 以下、プログラムの場面割りを元に感想・印象などを書きなぐり。
 ネタバレ全開。

○第1場 プロローグA

 おおっ、なんか知らないメロディで始まった。
 でだしは悪くないかなと思ったけれど、聞いているうちにそのメロディに飽きた^^;
 ベルばらのプロローグってのはピンクでなきゃいけないんだろうか。

 それにしても、「愛したことはありますか、愛されたことはありますか?」って変な歌詞。外伝共通歌詞なの?そして、一体、物語とどういう関係が?

○第2場 プロローグB

 ベルナール登場。
 ロングブーツ・・・・・・・・・・・・・・?^^;

 ^^;

 気を取り直して、視覚よりも聴覚をより多く働かせるようにしながら集中。でも大丈夫。黒衣である分、かつて見たフェルゼン様よりは視覚的にも・・・^^;

 なんとなく、歌詞の言葉の並びが植田風に聞こえないのは、先入観のせい?
 いえ、「革命のオベリスク」の部分をリフレインするあたりなんかは植田風に聞こえるんだけど、「時の砂はあまりにも早くあまたのものを埋めていくけれど」とかって、別の人が詞を書いてません??????????

 声が美しくてドラマチックな歌いあげ方の人が歌うからか、いい歌だったような気がする・・・・・・・・・・。

○第3場 仮面舞踏会

 貴婦人達・・・・・・やかましい。
 四人の貴婦人のセンターで喧しいのは、きんさん(朝峰ひかり)&ももさり(百花沙里)のお二人。このタイプの女役さんは星組では永遠に途切れないのか、となんだか感心してしまう。きんさんは元男役だしももさりちゃんは元花組なのに、なんかすっかり、星組風の伝統的なうるさ型女役さんなんだなあ・・・・・・・・・。そして、そういった路線には絶対に染まらなさそうな生粋星娘コトコト(琴まりえ)がちんまりととりまきご婦人をしているのがなんだか笑える^^;(と思ったら、ショーのロケットのセンターで、「ここは私の場面よ!」という勢いだったコトコトに激しく受けた)

 オスカル登場はやはり効果音つきなのね♪

○第4場 ユリカーテン
 
 カーテン前にて、アンドレ&近衛士官4名による、説明台詞場面。

○第5場 宮廷の控え室

 やかましい貴婦人四人のセンターに万里柚美姐さんの貴婦人が入ってきて、やかましい二人を上品に強引に黙らせる。

 そして、ようやくようやくようやく主役登場。変な格好で。声で主役とわかるが変な格好。ついこの前見た作品でもそんなふうに登場しましたわね^^;

 「スカーレット・ピンパーネル」のショーヴランやロベスピエールと違い、ベルナールに対するオスカルは、怪しい奴だと看破している(笑)のこのこと登場して看破される方も変だけど、看破する方もその理由がものすごい。幼い頃からバイオリンで培ってきた音感があるから、だからこそ声でわかったんだとか。オスカルのバイオリンってそういうネタに使えるアイテムだったのか・・・・・・・・・・・。

○第6場 ユリカーテン

 ロザリー&マロン・グラッセによる、カーテン前での説明台詞場面。
 ロザリーの遠野あすかちゃん、若いぞ、可愛いぞ。
 クセのある女役ができる人だと演出家に思われてそういった役をあてられることも多いけれど、あすかちゃんの真骨頂は可愛らしい女の子の役だなあと思う。

○第7場 オスカルの居間

 ベルナールを見て、かつて母を失った時に支えてくれた人だと驚くロザリー。
 それを聞いて、驚きながら、その時のロザリーを思い出すベルナール。

 原作ではベルナールはロザリーを見て自分から気付いているけれど、このベルナールは最初はロザリーを目にしてもなんにも反応しない。ロザリーの言葉を聞いて思い出し、そして思い出を反芻する。

 この書き換え、好きだな。
 原作の「おまえが撃つなんて」というところは大好きな場面だったんだけど、そのエピソードを入れないのなら、こういった書き換え方をするのはうまいな、と思った。

 かつてのロザリーは、とても幼い娘だった。でも、「貴族なんて皆殺してやる!」という言い方が妙に心に残る娘だった。
 その娘が今、年頃の女性らしい柔らかさと落ち着きを得て、目の前に突然あらわれた。目の前の娘が、遠い日の光景の中のコドモと重なる。その衝撃は、いかにも恋のはじまりにはふさわしい♪

 無邪気に喜ぶロザリーと、衝撃をかみしめるベルナール。
 
○第8場 ユリカーテン

 オスカルの命令に忠実なロザリーは片時もベルナールから目を離さず、くっついてまわる。困り果てるベルナール。

 可愛い(笑) 可愛すぎるぞ、この二人。

 オスカルを嘲笑しつつロザリーを人質にして逃げることだって出来るんだと言うベルナール。
 おおっ、ここも微妙に原作とかえている。
 原作ロザリーはそれを言われた時おびえていたけれど、このロザリーはにっこり笑って取り合わない。あなたはそんなことをする人ではないとオスカル様が言ったと、微笑む。オスカルへの絶対の信頼。そしてベルナールその人への信頼も無邪気に見せる。その無邪気な信頼に我を失い、そして、彼女のオスカルへの絶対の信頼に嫉妬もしちゃうベルナール(笑)可愛いったらありゃしない。

○第9場 オスカルの居間

 黒い騎士に対し、奪った銃の代金をよこせ、まけてやる、と言うオスカル。
 この場面、この場面、原作で好きな場面だったのよ。トランプの札を見せながら勝手に商談成立とか言ってベルナールの苛立ちを封じ込めるクールなオスカル様!ベルばら初観劇してから30年以上。はじめて舞台でお目にかかりましたーーーーーー!!!!!! この場面のすずみん(涼紫央)のオスカル様がかっこいい!

 そして!
 ロザリーに対してのベルナールの台詞。

「好きになっても・・・・・・・・いいか?」

きゃああああああ、原作のこの台詞の場面、大好きだったのよ!とてもとても好きだったのよ。その台詞を、とうこちゃんが!!!!!!!!!

 悶絶するかと思いました・・・・・・・・・・・。

 社会の中での信念に関しては真っ直ぐでものおじしない彼が、いとしい少女に対しては強引になれず臆病ですらあり、いとしい少女の反応を期待しつつ怯えつつ待っているのよねっ!優しい少女は多分頷いてくれるとは思っている。でも、自信満々に強く出ることは出来ず、あくまでも彼女の反応をうかがう。

 対する遠野あすかちゃんのロザリー。可愛らしく少女らしく、それでいて、柔らかな母性を感じさせる、ロザリーそのもの。

 あ、その前の、「おまえは私のママンに似ている」の台詞も嬉しい。
 そうよ、そうよ、ロザリーとベルナールの関係を描くには、この二つの台詞は不可欠よね!!!!!!!!!!!!!!
 本当は似てない。儚げ・・・・・・・・・だから最初に目をとめた。だけど、儚いと最初に感じた少女は実は芯の強さを備えた少女で、成長する少女で。その意外性ゆえに、彼は彼女から目を離せなくなってしまうわけで。
 そして、強い人、信念の人、自分を助けてくれた人だったベルナールがふと垣間見せた脆い部分を目の当たりにしたからこそ、彼を支える存在でいたいとロザリーが感じるきっかけの言葉だったわけで。

 そうした二人の歴史を語るうえでは、この台詞は絶対必要なわけだと思うのよ!
 新場面万歳。

○第10場 ユリカーテン

 パリの街をベルナールに案内してもらうと言うオスカル。
 オスカルを心配し気遣うアンドレ。
 短い場面でも、しいちゃん(立樹遥)のアンドレはあたたかさと誠実さをしっかり見せて、二人の結びつきに心が熱くなる。

 「私の愛に墓標はない」とリフレインするアンドレ。最初、墓標という語が聞き取れなくて何を歌っているのかわからなかった・・・・・・・。墓標とわかった瞬間、いかにも植田歌詞だと思った^^;

○第11場 オスカルの居間

 オスカルを心配するチャルさん(箙かおる)のジャルジェ将軍、可愛らしゅうございます(笑)

 パリから戻ったオスカル。ジャルジェ将軍の雷を避けてこっそりと居間に入ってくるお茶目っぷりが、原作オスカルがたまに見せるお茶目っぷりとシンクロ。この手の軽快さをベルばら舞台のオスカルではじめて観るような気がして新鮮だ。(貴族女性達に接する時のオスカルを植田爺様はオスカルの軽快な部分として描いているつもりなのかもしれないけれど、上から目線オスカルといった印象で軽快なお茶目さという印象じゃなかったのよね。)

 すずみんのオスカルは「行ってしまった、私の春風」の台詞がとても似合うオスカルだ。クールでかっこいいんだけど、ロザリーと対比される存在としての女性なんだな。
 脚本ではアンドレとの関係は過剰に描かれず、≪オスカルを見つめるアンドレ→アンドレの視線を感謝しつつ受けとめるオスカル≫という関係性にとどまっているので、オスカルのクールな印象が高まっている。

○第12場 ユリカーテン

 明るい家庭をつくっていこうと誓うベルナールとロザリー。
 パリに戻ってきたベルナールの幸せを祝福する人達。
 いかにも新婚さんカップルの照れ方の二人が可愛すぎる。
 そして、いかにも新婚さんカップルなんだけど、微妙にしっかり者の雰囲気を可愛らしく垣間見せるロザリー。なんだか不器用さ全開ベルナール。いいコンビだ。

○第13場 パリ市民
○第14場 革命

 自由・平等・博愛を訴える演説のベルナール。
 アンシャン・レジームの終焉を叫ぶベルナール。

 ・・・・・・・・・とうこちゃんにはやはり革命家が似合うわ(*^_^*)
(「プラハの春」のヤン・パラフ大好きだったぁぁ(*^_^*))

 そしてバスティーユへ。

 演出・音楽・振付が異なるバスティーユ襲撃シーン。
 しかし、革命家をセンターに盛り上がる。

 場面の最後、盛り上がる勇壮な音楽の中、舞台中央にふらふらと登場し、剣を抱きしめて泣きながらうずくまるロザリー。
 革命の歓喜の中で、台詞では語られない形でオスカルの最期がそうやって表現されているわけなのですね。
 でも、脚本前半のオスカルの主役っぷりを思うと、もう少し場面の中で語ってもよいような気もしないでもないんだけど。

○第15場 ユリカーテン

 あれから十年。
 信頼と愛情で結びついているベルナール&ロザリー夫婦。
 時の経過をしっかり表現している二人のお芝居・・・・・・・。

○第16場 執務室
○第17場 ユリカーテン

 隻腕将軍アラン・ド・ソワソンのもとを訪れるベルナール&ロザリー。
 戦災孤児を養うアラン?アランってそういうキャラなの?
 でも、しいちゃん(立樹遥・二役)が演じる男がそういうキャラであるということには、ものすごく納得する(笑)

 アランとジェローデルが企てるナポレオン暗殺計画に参加したいと言うベルナール。
 名前だけ登場のジェローデル・・・・・・・・・・。
 ジェローデルがその時何をしていたか知りたい人は前にやった外伝舞台を見てねってことなんですか。なんか、マルチエンディングのゲームでD君のEDを見た際に、「それであの目立ちまくっていたA君は一体どうなったの?あ、そうですか、A君のEDを見ないと何もわからないということなのね、はいはい・・・・・・・・・」と感じるような、そんな気分。
(まあ、いっか。私はジェローデルって実はあまり好きじゃないし)

 ロザリーの反応を封じ込めるベルナール。
 封じ込めているなあ・・・・・・・・・・・信頼で結びついているはずの二人なんだけど、彼女はわかってくれるはずだという甘えがあるんだな。その甘えがあってこそのとうこベルナールであり、その甘えを許してしまう母性があるからこそのあすかロザリーで、そうした甘えのある様もまたいとおしいんですが。

○第18場 パリ市内

 ナポレオン暗殺に加担しようとするベルナールに対し、彼を愛するがゆえのロザリーの裏切り。
「その朝は来ない」という歌詞が哀しく怖い^^;
 植田ベルばらのロザリーっていろんな局面で裏切り行為を働くけれど、彼を愛するがゆえに手紙を破り捨てるというのは、「幸せにしてください」と彼に抱きついた彼女があってこそなので、すんなり納得がいくものだったな。

○第19場 ユリカーテン
○第20場 市内

 ロザリーの裏切りを知り、アランの哀しい最期を思い、激昂するベルナール。
 愛しい可愛い妻を殴るなよ・・・・・・・・・・。

 アランが養っていた戦災孤児たちが、アランの真の思いを伝える手紙を持ってやってくる。
 筆の力(要するに、ペンの力、ですね^^;)で、革命に生きて革命に死んだ人達の思いを後世の人達に伝えていこうと決意するベルナール。子供ができたことを知り、新たな生と未来に思いをはせる、ベルナール&ロザリー。

 とうこベルナール&あすかロザリーの歌う中、舞台後方、紗幕の向こうに、ベルばら本編の四人の主人公が浮かび上がる。


○雑感

 今月はじめに書いた日記より。

「母の理不尽な死で貴族への怒りを爆発させる少女ロザリーとの出会い、貴族社会の中で成長して以前と違った雰囲気を持つようになったロザリーとの再会をポイントに織り込みつつ、平民の窮乏に怒りながら立ち上がっていく彼を見たかったのよ。何も変わったこと言ってないですよね?ごくごく普通の希望ですよね、それって。
 ああどうかどうか、ベルナールという人が、普通に納得できるキャラクターでありますように」

 なんか希望が結構かなってたような気がする・・・・・・・・・・・・・・・。

 傑作かと問われたら違うけれど、普通に面白かった。
 普通に面白くて、主役二人がちゃんと恋愛してて、ときめきを感じさせてくれるツボをしっかりおさえていて、表情たっぷりのお芝居をしていたりするから。

 のめりこめる面白さでありました。
 

 併演の「ネオ・ダンディズムIII」もごくごく普通のショーなんだけど、主役二人が好きだとこれほどまでにのめりこめるものなんだなあ。とうこトップの本公演のショーって、普通の正統派のショーがなかったから(お披露目は日本物、二作目は草野ハズレ作)なんだか嬉しい。
 「明日へのエナジー」熱唱。
 「オール・バイ・マイセルフ」熱唱。
 
 3階席だと客席登場での歌は聴いているだけで姿を見るのはあきらめるしかないんだけど・・・・・・・・いいんです、その美しい声での熱唱を堪能できたから。

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2008年11月20日 (木)

2008年に見た絵

 今年はもう美術展行き予定がないので、感想をまとめて。
 といっても、スケジュール帳を確認してみたら、二つしか行ってなかった。

 子供が小さい時は美術展行きは断念していたということを思えば、二つだけでも見に行けたなら上等なんですが(:_;)

○コロー

 8月、西洋美術館に、「コロー 光と追憶の変奏曲」を見に行く。
 キャンプに出かけていた娘を上野駅に迎えに行くついでの美術館行き。好みのタイプの絵なのに連れてってもらえなかった娘はむくれてます^^;

 美術館の中でいきなり肩を叩かれ、振り向いたら伯母がいたのでびっくり。劇場で知人・友人に会うことは多々あれども、美術館で知り合いにばったりというのははじめてだ。しかも、こんなに開催期間が長い展示で^^;

 コローの風景がは≪銀灰色の靄(もや)とやわらかい光≫と表現されるが、この靄の部分の色合いがとても好きだ。心がとても穏やかになる、静かな美しさ。

○ミレイ

 9月、ジョン・エヴァレット・ミレイ展をBUNKAMURAに見に行く。

 ここはいつも空いていて居心地がいい美術館なのに^^;オフィーリアが有名なためか、いつもよりも混んでいた。
 が。
 ラファエロ前派の一人として、という形での展示ではなくミレイのみを並べてみたら。 どうも私はミレイの絵が好みではないらしいと気づいた。
 感想メモに「美しい自然の色彩」「風の無い風景」「無表情の目」と書きなぐっている^^;
 ミレイの絵の美しいモデル達は、子どもも含め、何か死んだ目を画家に向けている。絵の中の人物がこちらに迫ってくる感じではなく、あくまでも描かれる女たちは画家の目を通した鑑賞物。そういった絵がずらりと並んでいるのが怖かったぞ。
 オフィーリアみたいに死んだ女であれば、そういった表情の無さは違和感にはならず、美しい死の中の美しい女として見ることができるのだけど。

〇雑記

 図書館への返却期限がきてしまってちょっと寂しいのが、ハイム・スーチンの画集。
 スーチンの絵には今まで興味を持ったことがなかったのだけど、10月に見た舞台がきっかけで借りてきたのだった。

 劇中で言及されていた牛の絵、あんまり好きじゃない^^;
 狂女の絵と、赤い服を着たボーイの絵は見たような記憶はあるけれど(本で見たのか本物を見たのかは不明^^;)、これまたあまり好きじゃなくて記憶が作者名と結びついていなかったようだ。

 とか考えながら頁をめくっていたら、突然目にとびこんできた気になる絵。

 「赤いグラジオラス」

 これは機会があったら本物を見に行きたいな。血のような赤、炎のような赤。ゴッホのひまわりを連想させる不気味さ。実際の絵はどんな力を持つどんな絵なんだろう。

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2008年11月19日 (水)

「表裏源内蛙合戦」観劇雑感

 シアターコクーン1階後方上手側席での観劇。

 観劇数日前に原作戯曲に目を通し、エログロ炸裂にくらくら。
 私はこれに耐えられるのか?
 と非常に心配したのだけど。

 面白かった・・・・・・・・・^^;

 正確に言うと、2幕半ばまでは、私の好みではなかった。1幕最後の吉原の場面がエロエロが気持ち悪いし長い長い長い^^; 2幕の両国の場面もあまりにも美しくなくて目のやりばに困り、長い長い長い^^; 前の方の席だったら、あの美しくなさに耐えられなかったかも。

 が、2幕半ば。腑分けの場面からひきずりこまれた。(上演始ってから何時間後だろう・・・・・・^^; )

 ずらりと並ぶ生首の歌の悲しさ。
 そして、人体解剖。臓器を狂ったように検分する、表の源内と裏の源内。表と裏として存在していた二人が、一体となった狂い方。
 蜷川演出のグロさは、ただグロイだけな時もあるけれど、狂気や絶望と一体となった時にすさまじい恍惚感を放つことがあり、この時がまさにこれ。

 このあたりから、平賀源内の絶望感と混迷が救いようのないものになってきて、物語は終わりまで一気に駆け抜けていった。カタルシスがやってくるまでが本当に本当に長かったけれど。

 前半の演出がどうにかなればさらに面白い舞台だろうになあ。
 笑いの演出は恐ろしく古く、ぐったりと消耗した。

 主役の平賀源内の上川隆也さん(表)&勝村政信さん(裏)は、清潔感と生真面目さの漂う存在感で、ホンのエログロ度を適度に中和させてくれる人達。

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2008年11月 5日 (水)

宝塚星組「ブエノスアイレスの風」ーーー階級の異なる過去の女

 舞台「ブエノスアイレスの風」の中で直接的には語られていなかったニコラスと、彼の過去の恋人エバとの関係。
 この関係こそが、私にとっては、「ブエノスアイレスの風」という舞台の肝の部分だった。

 以前の月組版ではコモちゃん(美原志帆)という人がエバを演じていたからだったと思う。
 コモちゃんが、演技力がある人だったかどうかについては私にはよくわからない。でも、綺麗で(「美しい」よりも「綺麗」という言葉が彼女には似合う)品のある舞台姿の人だった。
 そのコモちゃんが演じるエバというオンナは、明らかに、上流階級の女性だった。なんの説明も聞くまでもなく、そう見える女性だった。
(今回の星組版の蒼乃夕妃ちゃんには、佇まいに≪この人は明らかに育ちの良いブルジョワ女性≫といった雰囲気がなかったので、ニコラスの過去のオンナとしての存在感をとらえるにあたって混乱することになってしまった私・・・・・^^;)

 そんな彼女が、学生時代にニコラスと出会い、恋人となる。多分、アルゼンチンという国の未来がどうあるべきかについて、恋語りをするだけでなく熱心に語りあった二人であっただろうと思われる。しかし結局は、運動に身を投じて暴力をも辞さなかった彼と別れた。いや、囚人となった彼から強引に別れを突きつけられた。
 そして、時はたち、彼女は小学校の教師となり、ビセンテという婚約者のいる状態でニコラスと再会する。

 ニコラスは、エバが小学校教師になったことを意外だと言う。
 意外なのか?エバが何をするのが自然とニコラスは思っていたの?食べ物やお金に困らないブルジョワ女性として上流社会で活躍したりするのではなく小学校教師という地味な仕事だったから意外なの?
 私は意外だとは思わなかった。エバにとって小学校教師となることは必然の結果だったんだろうとうけとめながら見ていた。
 この二人には相違があり決定的な亀裂が生じ、生きる道を違えることになったんだなと思った。
 下層階級の生まれで暴力をも辞さない政治活動家であったニコラスには、上流階級にいながらも政治の腐敗や貧富の格差に心を痛める女性、自分だからこそできる何かをしたいという生真面目な焦燥感を持つ女性のことはよくわかっていなかった。

 エバだって、軍事政権がもたらす政治腐敗や経済格差には怒りやとまどいを感じる人であったのだ。ただ、彼女は、困窮の中にいる人を、内側からではなく外から見る、そんな場に生まれ育った人だった。だから、政治をかえるための活動に暴力が入り込むことには困惑し、ニコラスとの考え方の相違となる。
 エバは困窮の現場の人間ではなかったから。あくまでも、≪助けたい≫という点から見る人だったから。
 でも、何かをしたいと願う人ではあった。おそらくはメディアや地下ニュース等の形で様々なことを伝え聞きながら、現状に納得がいかず穏やかな表情の下に焦燥感をかかえていた人であった。そんなふうに私はエバをとらえていた。

 現状をかえたいと願ってそれを実行にうつそうとする時。
 ニコラスとエバの育ちの違いは、考え方の決定的な相違となる。

 すぐにでも何かを起こさねばいけないと思うニコラスは、暴力を含む方法も辞さない方向の運動に突き進んでいく。
 実際に自分が体験しているわけではない貧困について思い煩うエバは、非暴力的な運動方法を模索できないものかと願う。

 そして二人はすれ違う。

 エバはエバなりにその後かわった。そして、変わらなかった。

 非暴力的な方法で現状をかえるために必要なことは何か、自分にできることは何かと考え続け、「教育」という結論にたどりつく。
 それが彼女の生きる道となっていく。

 教師であるということは、瑣末な人間関係のゴタゴタもいろいろあり、事務的な作業も沢山抱えていることでもあるわけだけど。
 未来の世代に、あるべき社会について語り聞かせていける、あるべき社会人を育成していけるという職業についたことに、エバは満足感と誇りも抱いていたはずだ。若さ、未熟さゆえになしえない様々なことに歯がゆさを感じながらも、教師という職業に懸命に向かい合っていたはずだ。
 だから、彼女は多分、その仕事を捨てることはできない。捨てたら彼女は自分の中の大切な物を失ってしまう。

 その仕事を捨てることができないこと。
 昔の男と化したニコラスへの気持をなんとなくひきずってしまっていること。
 それはやがて、婚約者となったビセンテとの関係をも脅かしていくことになるかもしれない。
 ビセンテはエバを愛しているし、エバが幸せであることを心から願っている人ではあるけれど、この社会に対してエバが抱いている怒りやとまどいや熱の部分は理解していない人だから。

 インテリでブルジョワのお嬢さんである一方で、普通のオンナでもあるエバ。
 愛している人と決定的に世界がすれ違ってしまった寂しさを埋めてくれる人がいた。
 愛していると言ってくれる人がいた。そして家族はその人を受け入れているだろう。
 ニコラスよりもビセンテの方が、家族は安心してエバをゆだねることができるだろう。その家族の思いをエバは理解しているだろう。エバはずっと≪良い子≫だったから。

 このまま流されてビセンテと結婚する・・・・・・?
 しかし、教師をやめるなんて、現実のこととして考えることがうまくできない。退職は、彼女が社会について彼女なりに接しようと努力してきたことを無に帰してしまうことだから。

 主人公のニコラスのその後ですら観客の想像にゆだねるこの舞台では、エバのその後も語られない。

 ビセンテとどうなるのか。教師としてのエバは何を選択するのか。
 すべては観客の想像にゆだねられる。

 だから、私は、エバは多分、ニコラスに対してひきずっている思いとは別の部分でビセンテとの関係に齟齬をきたし、苦悩することになっていくんだろうなと思っている。
 成瀬こうき君のビセンテもケロちゃん(汐美真帆)のビセンテも、大人の男としての力と余裕を持ち、エバを深く愛している人。
 だから、二人は苦悩と葛藤を乗り越えていけるのかもしれないけれど。

 それはまた別の物語。

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2008年11月 4日 (火)

宝塚星組「ブエノスアイレスの風」___新旧比較印象

 月組初演版未見。キャストチェンジがあった月組青年館版は見てます。
 前回も今回の星組再演版も、2階席より観劇。

 正塚晴彦作品の中では特に好きなものの一つ。


 まずお詫び。基本的に初演(いや、見たのは初演じゃないけど)信者な私。
 ビデオで見た初演が、主人公と三人の男、三人の女のバランスが一番良かったかなと思ってます。

○ニコラス・デ・ロサス
紫吹淳→柚希礼音

 リカちゃんのニコラスの方が、大人でインテリですね。
 礼音くんのニコラスは、明らかにプロレタリアート出身だな。奨学金で必死に大学に行ったんだろうな。リカちゃんのニコラスは、暴力をも辞さない運動の在り方にかなり葛藤があっただろうけれど、礼音くんのニコラスは多分、下層階級出身の男としてすんなりと運動組織に溶け込み仲間ともすんなり溶け込み壁を感じることは少なかったような気がする。

 実は私、リカちゃんで見た時、ニコラスってずるいっと思ってましたよ。
 打ち明け話をし始めようとした女イサベラに対して自分は立ち入らないし自分に立ち入らないでほしいとストップをかけるくせに、結局自分の過去の話をし始めているんだもの。
 礼音くんのニコラスは若いんだな。いかにも未完成な男。
 その未完成感ゆえに、その後イサベラに対し自分の過去のことを少しずつ話していく様や、ラスト近くの雨の中のイサベラとのシーンでの流れなんかが納得いった。ずるいとは思わなかった^^;

 どっちも好きですが、持ち味が違うと男としての印象も違って面白いなあ。

○リカルド
嘉月絵理→和涼華(初演の樹里咲穂は未見)

 樹里ちゃんだと、主役ニコラスに対比される存在だけど、他の二人だと、ニコラスがかかわる三人の男の一人、といった存在だなあ、と思った・・・・・・。

○イサベラ
西條三恵→夢咲ねね

 闘争の終わった後の混迷の中で人生が交わった女。
 このまま交わり続けるかどうかは定かではないが、ニコラスにとっては闘争の後の時代を象徴する女でもある。

 三恵ちゃんのイサベラは、寂しい思いを抱えた女の子という印象だったけれど、ねねちゃんのイサベラは、内に隠しているものに寂しさ以上に女であるということがすけてみえるような気がした。
 だから、雨の夜の後、葬儀の前、ニコラスとイサベラは男と女の関係を持ったな、となんだかすっきり納得してしまう。精神的なつながりがより深く生じたかに関しては、こちらのパターンでも見えないままだったけれど。(多分、イサベラとリリアナはニコラスにとっては同格なんだろうな、どちらのパターンでも・・・・・・)

○エバ
美原志帆→蒼乃夕妃

 ニコラスの過去の恋人。彼にとっては闘いの前の時代を象徴する女。
 ごめん、これはコモちゃん圧勝の印象。立っているだけで、本来ニコラス達とは最初から住む世界が全く違う階級の人だったということを納得させてくれる存在だった。

○リリアナ…
叶千佳→水瀬千秋

 リカルドの幼かった妹の成長した姿。
 ニコラスにとって、闘争の時代を象徴する女。

 ちょっとロリ入ったセクシーダイナマイト娘のかのちかの一番の当たり役だったと思ってる。
 水瀬千秋ちゃんはうまいなあ。健気な妹役を大健闘。リカルドとの絡みでかのちかちゃんが放ちまくった危ない色気は全くなかったけれど、その色気は本来脚本に期待されているものではないから問題ない?(でも、あの妙なドキドキ感が素敵で好きだったんだ)

○マルセーロ
霧矢大夢→真風涼帆(初演の大和悠河は未見)

 強面なのに間抜けなきりやんが好きだった
 でも、真風くんも大健闘で可愛いチンピラだったんじゃないかと。

○ビセンテ警部
汐美真帆→紅ゆずる(初演の成瀬こうき未見)

 ケロちゃんもビデオで見た成瀬くんも口髭が似合い、温かな包容力と生硬な頑なさの双方をきっちり出す人だったから、ゆずる君は大変だったかなと。。。。。。。。
 紅ゆずる君の線の細さでビセンテというキャラを作るんだったら、いっそのこと口髭はやめて、苦労知らずの綺麗なぼんぼん系青年にしちゃっても良かったんじゃないかと思う。

○フローラ
矢代鴻→音花ゆり

 スカーレット・ピンパーネルのエトワールでは「?????」だったんだけど、今回みたいな低音の歌声の方が聞かせる人なんだな。
 ただ、母親役としては存在感が軽すぎるし、ラストをしめる存在としても矢代鴻さんにはかなわないと思う。専科から美穂圭子さんをひっぱってきてほしかったかなあ。

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2008年11月 1日 (土)

11月

 不況が身にしみて鬱気味の11月初日。
 本日は、胃炎がえらいことになって、病院で点滴をうける羽目に・・・・・・。
 傾く首観劇を今日とか明日の予定にしとかなくてよかった。

○今月の観劇予定

ブエノスアイレスの風
表裏源内蛙合戦
ベルばら外伝ベルナール編

 ブエノスアイレスの風は、正塚脚本の中では二番目に好きな作品なので楽しみ。キャストに若干の不安もあるのだけど。夢咲ねねちゃんって私の中のイメージだと、千ほさち系の豪快ぶっ壊れキャラの人なんだよなあ・・・・・・・。

 表裏源内蛙合戦は、原作脚本はコピーしたけれどまだ読んでません^^;井上ひさし&蜷川の組み合わせは私の好みとは違う方向のような気もしないでもありませんが、楽しい舞台だといいな。

 ベルナールはベルサイユのばらの中ではオスカル、アンドレに次に好きなキャラクター。ただし、脚本が植田紳爾じいさまだからなあ・・・・・・・。
 主なキャストの欄を見たら、貴族とおぼしき名ばかりがずらりと並んでいるというのを見て、
「期待はしてなかったけれど、私が見たかった≪ベルナール主役の物語≫は絶対に無いな」
と確信しましたよ(泣)母の理不尽な死で貴族への怒りを爆発させる少女ロザリーとの出会い、貴族社会の中で成長して以前と違った雰囲気を持つようになったロザリーとの再会をポイントに織り込みつつ、平民の窮乏に怒りながら立ち上がっていく彼を見たかったのよ。何も変わったこと言ってないですよね?ごくごく普通の希望ですよね、それって。
 ああどうかどうか、ベルナールという人が、普通に納得できるキャラクターでありますように。
 全くもう、ベルナール主役の物語やるなら、正塚晴彦脚本にしてくれればいいのに。

 ちなみに、ジェローデル編、アラン編のツアー公演は未見です。

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