○長い前置き
原作では、オスカル、アンドレの次にベルナールが好き。
もともと革命家ってやつが好きなのだ^^; 世を憂え、不正が許せず、格差を正すために立ち上がろうとする真っ直ぐな人が好き。だから、母をなくしたロザリーを支えようとしたり、義賊として貴族の館を荒らしまわったり、市民の前で力強く真っ直ぐな演説をしたり、ペンの力で不正を糾弾して正しい世の中を実現しようとする彼が好き。何よりも、ロザリーに対する態度も可愛いし(笑)
まあそんなわけで、昭和の昔に「ベルサイユのばらIII」を見た時、国王一家を国外逃亡させようとする人物としてベルナールが登場し、国王が「君は革命家なのに?」と問うと「この革命は失敗だった」と答える・・・・・・という展開を見た時は呆然としたものだった。
私の好きなベルナールはそんな筋の通らないへなちょこ男じゃない!と怒りに震えたものだったなあ。
その後もいろんな変なベルナールを見てきたものだわ。
組の二枚目スターとはちょっと違う位置の人が演じることも多かった。なんで????
結局、ロザリーのダンナ、良心的な革命家ってことで、物語に応じて適当な台詞を割り当てられるだけの存在。だからその時々によって原作とは全く異なる妙な人物がうまれたりする。2006年の雪組公演で、恋するロザリー相手に興奮して≪難しい演説≫をぶちあげる男を見た時にはもうどうしようかと。
だから、期待してなかった。
「とにかくむかむかさせないでくれ」「変な新場面つくらないでくれ」とただ祈っていた。ジェローデル編とアラン編は見に行かなかった。行けなかった。植田新作は怖すぎる。とうこちゃん(安蘭けい)主演じゃなければベルナール編に行くつもりもなかった。
ベルナール編の初日があけたら、良い評判が聞こえてきて、「??????」と思った。
なんか、ゴーストライター説がまかり通っているらしい????
ゴーストライターが脚本書いたかもしれないと受けとめる人が多いのなら。
もしかしたら、いつもの植田新作と恐怖しなくてよいかもしれない。ゴーストライター大歓迎!植田紳爾氏は自分の名前を権威あるものにしておきたいなら、新作発表時には絶対ゴーストライターを使うべきだと思うのよ。
というわけで、少しだけ楽しみになってきた。
前置きが長かったけれど、そんなこんなで、さいたま市文化センターまではるばる出かけていったのでありました。3階最後列。オペラグラス必須の貧乏席。隣の席の方はきっと私が誰のファンなのかオペラグラスの動きで明らかにわかったと思う・・・・・・・。
以下、プログラムの場面割りを元に感想・印象などを書きなぐり。
ネタバレ全開。
○第1場 プロローグA
おおっ、なんか知らないメロディで始まった。
でだしは悪くないかなと思ったけれど、聞いているうちにそのメロディに飽きた^^;
ベルばらのプロローグってのはピンクでなきゃいけないんだろうか。
それにしても、「愛したことはありますか、愛されたことはありますか?」って変な歌詞。外伝共通歌詞なの?そして、一体、物語とどういう関係が?
○第2場 プロローグB
ベルナール登場。
ロングブーツ・・・・・・・・・・・・・・?^^;
^^;
気を取り直して、視覚よりも聴覚をより多く働かせるようにしながら集中。でも大丈夫。黒衣である分、かつて見たフェルゼン様よりは視覚的にも・・・^^;
なんとなく、歌詞の言葉の並びが植田風に聞こえないのは、先入観のせい?
いえ、「革命のオベリスク」の部分をリフレインするあたりなんかは植田風に聞こえるんだけど、「時の砂はあまりにも早くあまたのものを埋めていくけれど」とかって、別の人が詞を書いてません??????????
声が美しくてドラマチックな歌いあげ方の人が歌うからか、いい歌だったような気がする・・・・・・・・・・。
○第3場 仮面舞踏会
貴婦人達・・・・・・やかましい。
四人の貴婦人のセンターで喧しいのは、きんさん(朝峰ひかり)&ももさり(百花沙里)のお二人。このタイプの女役さんは星組では永遠に途切れないのか、となんだか感心してしまう。きんさんは元男役だしももさりちゃんは元花組なのに、なんかすっかり、星組風の伝統的なうるさ型女役さんなんだなあ・・・・・・・・・。そして、そういった路線には絶対に染まらなさそうな生粋星娘コトコト(琴まりえ)がちんまりととりまきご婦人をしているのがなんだか笑える^^;(と思ったら、ショーのロケットのセンターで、「ここは私の場面よ!」という勢いだったコトコトに激しく受けた)
オスカル登場はやはり効果音つきなのね♪
○第4場 ユリカーテン
カーテン前にて、アンドレ&近衛士官4名による、説明台詞場面。
○第5場 宮廷の控え室
やかましい貴婦人四人のセンターに万里柚美姐さんの貴婦人が入ってきて、やかましい二人を上品に強引に黙らせる。
そして、ようやくようやくようやく主役登場。変な格好で。声で主役とわかるが変な格好。ついこの前見た作品でもそんなふうに登場しましたわね^^;
「スカーレット・ピンパーネル」のショーヴランやロベスピエールと違い、ベルナールに対するオスカルは、怪しい奴だと看破している(笑)のこのこと登場して看破される方も変だけど、看破する方もその理由がものすごい。幼い頃からバイオリンで培ってきた音感があるから、だからこそ声でわかったんだとか。オスカルのバイオリンってそういうネタに使えるアイテムだったのか・・・・・・・・・・・。
○第6場 ユリカーテン
ロザリー&マロン・グラッセによる、カーテン前での説明台詞場面。
ロザリーの遠野あすかちゃん、若いぞ、可愛いぞ。
クセのある女役ができる人だと演出家に思われてそういった役をあてられることも多いけれど、あすかちゃんの真骨頂は可愛らしい女の子の役だなあと思う。
○第7場 オスカルの居間
ベルナールを見て、かつて母を失った時に支えてくれた人だと驚くロザリー。
それを聞いて、驚きながら、その時のロザリーを思い出すベルナール。
原作ではベルナールはロザリーを見て自分から気付いているけれど、このベルナールは最初はロザリーを目にしてもなんにも反応しない。ロザリーの言葉を聞いて思い出し、そして思い出を反芻する。
この書き換え、好きだな。
原作の「おまえが撃つなんて」というところは大好きな場面だったんだけど、そのエピソードを入れないのなら、こういった書き換え方をするのはうまいな、と思った。
かつてのロザリーは、とても幼い娘だった。でも、「貴族なんて皆殺してやる!」という言い方が妙に心に残る娘だった。
その娘が今、年頃の女性らしい柔らかさと落ち着きを得て、目の前に突然あらわれた。目の前の娘が、遠い日の光景の中のコドモと重なる。その衝撃は、いかにも恋のはじまりにはふさわしい♪
無邪気に喜ぶロザリーと、衝撃をかみしめるベルナール。
○第8場 ユリカーテン
オスカルの命令に忠実なロザリーは片時もベルナールから目を離さず、くっついてまわる。困り果てるベルナール。
可愛い(笑) 可愛すぎるぞ、この二人。
オスカルを嘲笑しつつロザリーを人質にして逃げることだって出来るんだと言うベルナール。
おおっ、ここも微妙に原作とかえている。
原作ロザリーはそれを言われた時おびえていたけれど、このロザリーはにっこり笑って取り合わない。あなたはそんなことをする人ではないとオスカル様が言ったと、微笑む。オスカルへの絶対の信頼。そしてベルナールその人への信頼も無邪気に見せる。その無邪気な信頼に我を失い、そして、彼女のオスカルへの絶対の信頼に嫉妬もしちゃうベルナール(笑)可愛いったらありゃしない。
○第9場 オスカルの居間
黒い騎士に対し、奪った銃の代金をよこせ、まけてやる、と言うオスカル。
この場面、この場面、原作で好きな場面だったのよ。トランプの札を見せながら勝手に商談成立とか言ってベルナールの苛立ちを封じ込めるクールなオスカル様!ベルばら初観劇してから30年以上。はじめて舞台でお目にかかりましたーーーーーー!!!!!! この場面のすずみん(涼紫央)のオスカル様がかっこいい!
そして!
ロザリーに対してのベルナールの台詞。
「好きになっても・・・・・・・・いいか?」
きゃああああああ、原作のこの台詞の場面、大好きだったのよ!とてもとても好きだったのよ。その台詞を、とうこちゃんが!!!!!!!!!
悶絶するかと思いました・・・・・・・・・・・。
社会の中での信念に関しては真っ直ぐでものおじしない彼が、いとしい少女に対しては強引になれず臆病ですらあり、いとしい少女の反応を期待しつつ怯えつつ待っているのよねっ!優しい少女は多分頷いてくれるとは思っている。でも、自信満々に強く出ることは出来ず、あくまでも彼女の反応をうかがう。
対する遠野あすかちゃんのロザリー。可愛らしく少女らしく、それでいて、柔らかな母性を感じさせる、ロザリーそのもの。
あ、その前の、「おまえは私のママンに似ている」の台詞も嬉しい。
そうよ、そうよ、ロザリーとベルナールの関係を描くには、この二つの台詞は不可欠よね!!!!!!!!!!!!!!
本当は似てない。儚げ・・・・・・・・・だから最初に目をとめた。だけど、儚いと最初に感じた少女は実は芯の強さを備えた少女で、成長する少女で。その意外性ゆえに、彼は彼女から目を離せなくなってしまうわけで。
そして、強い人、信念の人、自分を助けてくれた人だったベルナールがふと垣間見せた脆い部分を目の当たりにしたからこそ、彼を支える存在でいたいとロザリーが感じるきっかけの言葉だったわけで。
そうした二人の歴史を語るうえでは、この台詞は絶対必要なわけだと思うのよ!
新場面万歳。
○第10場 ユリカーテン
パリの街をベルナールに案内してもらうと言うオスカル。
オスカルを心配し気遣うアンドレ。
短い場面でも、しいちゃん(立樹遥)のアンドレはあたたかさと誠実さをしっかり見せて、二人の結びつきに心が熱くなる。
「私の愛に墓標はない」とリフレインするアンドレ。最初、墓標という語が聞き取れなくて何を歌っているのかわからなかった・・・・・・・。墓標とわかった瞬間、いかにも植田歌詞だと思った^^;
○第11場 オスカルの居間
オスカルを心配するチャルさん(箙かおる)のジャルジェ将軍、可愛らしゅうございます(笑)
パリから戻ったオスカル。ジャルジェ将軍の雷を避けてこっそりと居間に入ってくるお茶目っぷりが、原作オスカルがたまに見せるお茶目っぷりとシンクロ。この手の軽快さをベルばら舞台のオスカルではじめて観るような気がして新鮮だ。(貴族女性達に接する時のオスカルを植田爺様はオスカルの軽快な部分として描いているつもりなのかもしれないけれど、上から目線オスカルといった印象で軽快なお茶目さという印象じゃなかったのよね。)
すずみんのオスカルは「行ってしまった、私の春風」の台詞がとても似合うオスカルだ。クールでかっこいいんだけど、ロザリーと対比される存在としての女性なんだな。
脚本ではアンドレとの関係は過剰に描かれず、≪オスカルを見つめるアンドレ→アンドレの視線を感謝しつつ受けとめるオスカル≫という関係性にとどまっているので、オスカルのクールな印象が高まっている。
○第12場 ユリカーテン
明るい家庭をつくっていこうと誓うベルナールとロザリー。
パリに戻ってきたベルナールの幸せを祝福する人達。
いかにも新婚さんカップルの照れ方の二人が可愛すぎる。
そして、いかにも新婚さんカップルなんだけど、微妙にしっかり者の雰囲気を可愛らしく垣間見せるロザリー。なんだか不器用さ全開ベルナール。いいコンビだ。
○第13場 パリ市民
○第14場 革命
自由・平等・博愛を訴える演説のベルナール。
アンシャン・レジームの終焉を叫ぶベルナール。
・・・・・・・・・とうこちゃんにはやはり革命家が似合うわ(*^_^*)
(「プラハの春」のヤン・パラフ大好きだったぁぁ(*^_^*))
そしてバスティーユへ。
演出・音楽・振付が異なるバスティーユ襲撃シーン。
しかし、革命家をセンターに盛り上がる。
場面の最後、盛り上がる勇壮な音楽の中、舞台中央にふらふらと登場し、剣を抱きしめて泣きながらうずくまるロザリー。
革命の歓喜の中で、台詞では語られない形でオスカルの最期がそうやって表現されているわけなのですね。
でも、脚本前半のオスカルの主役っぷりを思うと、もう少し場面の中で語ってもよいような気もしないでもないんだけど。
○第15場 ユリカーテン
あれから十年。
信頼と愛情で結びついているベルナール&ロザリー夫婦。
時の経過をしっかり表現している二人のお芝居・・・・・・・。
○第16場 執務室
○第17場 ユリカーテン
隻腕将軍アラン・ド・ソワソンのもとを訪れるベルナール&ロザリー。
戦災孤児を養うアラン?アランってそういうキャラなの?
でも、しいちゃん(立樹遥・二役)が演じる男がそういうキャラであるということには、ものすごく納得する(笑)
アランとジェローデルが企てるナポレオン暗殺計画に参加したいと言うベルナール。
名前だけ登場のジェローデル・・・・・・・・・・。
ジェローデルがその時何をしていたか知りたい人は前にやった外伝舞台を見てねってことなんですか。なんか、マルチエンディングのゲームでD君のEDを見た際に、「それであの目立ちまくっていたA君は一体どうなったの?あ、そうですか、A君のEDを見ないと何もわからないということなのね、はいはい・・・・・・・・・」と感じるような、そんな気分。
(まあ、いっか。私はジェローデルって実はあまり好きじゃないし)
ロザリーの反応を封じ込めるベルナール。
封じ込めているなあ・・・・・・・・・・・信頼で結びついているはずの二人なんだけど、彼女はわかってくれるはずだという甘えがあるんだな。その甘えがあってこそのとうこベルナールであり、その甘えを許してしまう母性があるからこそのあすかロザリーで、そうした甘えのある様もまたいとおしいんですが。
○第18場 パリ市内
ナポレオン暗殺に加担しようとするベルナールに対し、彼を愛するがゆえのロザリーの裏切り。
「その朝は来ない」という歌詞が哀しく怖い^^;
植田ベルばらのロザリーっていろんな局面で裏切り行為を働くけれど、彼を愛するがゆえに手紙を破り捨てるというのは、「幸せにしてください」と彼に抱きついた彼女があってこそなので、すんなり納得がいくものだったな。
○第19場 ユリカーテン
○第20場 市内
ロザリーの裏切りを知り、アランの哀しい最期を思い、激昂するベルナール。
愛しい可愛い妻を殴るなよ・・・・・・・・・・。
アランが養っていた戦災孤児たちが、アランの真の思いを伝える手紙を持ってやってくる。
筆の力(要するに、ペンの力、ですね^^;)で、革命に生きて革命に死んだ人達の思いを後世の人達に伝えていこうと決意するベルナール。子供ができたことを知り、新たな生と未来に思いをはせる、ベルナール&ロザリー。
とうこベルナール&あすかロザリーの歌う中、舞台後方、紗幕の向こうに、ベルばら本編の四人の主人公が浮かび上がる。
○雑感
今月はじめに書いた日記より。
「母の理不尽な死で貴族への怒りを爆発させる少女ロザリーとの出会い、貴族社会の中で成長して以前と違った雰囲気を持つようになったロザリーとの再会をポイントに織り込みつつ、平民の窮乏に怒りながら立ち上がっていく彼を見たかったのよ。何も変わったこと言ってないですよね?ごくごく普通の希望ですよね、それって。
ああどうかどうか、ベルナールという人が、普通に納得できるキャラクターでありますように」
なんか希望が結構かなってたような気がする・・・・・・・・・・・・・・・。
傑作かと問われたら違うけれど、普通に面白かった。
普通に面白くて、主役二人がちゃんと恋愛してて、ときめきを感じさせてくれるツボをしっかりおさえていて、表情たっぷりのお芝居をしていたりするから。
のめりこめる面白さでありました。
併演の「ネオ・ダンディズムIII」もごくごく普通のショーなんだけど、主役二人が好きだとこれほどまでにのめりこめるものなんだなあ。とうこトップの本公演のショーって、普通の正統派のショーがなかったから(お披露目は日本物、二作目は草野ハズレ作)なんだか嬉しい。
「明日へのエナジー」熱唱。
「オール・バイ・マイセルフ」熱唱。
3階席だと客席登場での歌は聴いているだけで姿を見るのはあきらめるしかないんだけど・・・・・・・・いいんです、その美しい声での熱唱を堪能できたから。
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