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2009年3月

2009年3月26日 (木)

「ニュー・ブレイン」---「脳死、脳死」と歌いながらタンゴを踊る世界

 シアタークリエでの観劇。
 撮影用カメラが一台入ってました。後方下手席に一台のみ。記録用かな?

 ストーリーはごく単純。
 売れない音楽家ゴードン(石丸幹二)は、子ども番組用の作曲で生活費を稼いでいる。そんな自分の生活へのコンプレックスやら不満やら愚痴の中の日々。が、ある日、原因不明の脳の病気で入院することになり脳手術を受けることに。劣等感や焦燥感でぐちゃぐちゃの彼の脳内イメージが現実と錯綜しながら綴られていく世界。

 好き嫌いが分かれる作品なんだろうなあ、と思った^^;
 ここで手拍子入れたいなあと思うような部分で客席の反応がそんなふうじゃなかったし。終演後の客席の反応も盛り上がっているとは言いにくいし。

 私はこの作品楽しかったし好きなんだけど。
 いいの、私はいつも少数派^^;

 シュールでキッチュ。
 手術後に意識が戻らないゴードンの脳内イメージ。
「のうし、のうし」
とリフレインしながら恋人のロジャーとタンゴを踊るシーンとか。(のうしってのは脳死です)
 ナンバーは歌いあげ系があまり多くない。意識の流れをわざととぎらせるような感じの曲つながり。

 でも美声でドラマチックに聞かせる歌い手さんがいっぱいで、とっても楽しかったです
 ごく普通の青年のリアルな劣等感や焦りを演じる石丸幹二さん、なんだかとても楽しそうだなあ、とカーテンコールで感じる。
 恋人ロジャーの畠中洋さんとの並びも好きだな。畠中さんって、愛しているっていうあたたかさが合う人。熱さじゃなく、あたたかいという印象だった今回の舞台。石丸さんは愛されている柔らかさが似合うし。なんといっても美声カップル☆

 中村桃花ちゃんは、Rカンパニーで演じていたような役よりも、この手の、ちょっとアクを見せるような役の方が彼女の雰囲気が生きるなあと思うし。
 ローダの樹里ちゃん(樹里咲穂)の明るくて元気な舞台姿も素敵。
 ホームレスの女のマルシア。ソロをパワフルに唄えば彼女の独壇場。
 パパイヤ鈴木の暑苦しいナースもいい味だしてますねえ☆

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2009年3月23日 (月)

ナベルビン6回目

 待合室のテレビの前の席がかなり混んでいた。
 一つ席を見つけたのだけど、手提げだけ置いてちょっと席を離れて血圧をはかりにいって戻ったら、その手提げを背もたれにして座っている高年の女の方が一名^^;

 そのただごとでない事態は、その席が待合室の大型テレビが見やすい位置であるからこそきているのであった。
 点滴中のおじいさんも注射室のベッドではなく待合室の椅子に座ってテレビ見ているし。
 トイレ休憩をとっているはずの外来の先生がテレビの前で立ち止まっているし。
 エレベーターから降りてきた病棟の看護師さん&車いすの患者さんも、テレビの前で長時間立ち止まっているし。

 WBCって、こんなにも熱気のある注目をされるようなものだったんですね^^;
 新聞のスポーツ欄はよみとばすための頁、テレビのニュース放映時はスポーツニュースを中座タイムに決めている、という私は、WBCについては≪なんか今やっているらしい≫≪イチローが日本のチームで出てるらしい≫ということくらいしか把握してない。イチローだけは顔と名前が一致します。彼は三谷の古畑ドラマの犯人役やった経歴有りの人だから(笑)

 あまりの熱気に笑ってしまいながら、最初に確保していたはずの座席は快く譲り、テレビが見づらい位置の座席に移動しました。最初からそうしておくべきだった^^;

「今日の血管は難しい」
と嘆きながらも、先生は一発で針刺しに成功して下さいました!

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2009年3月16日 (月)

宝塚星組「My dear New Orleans」のアルバートさん

 すずみん(涼紫央)演じるアルバート・ジョーダンが好きです(#^^#)
 ニューオリンズ時代のジョイの才能を発見・発掘し、彼をニューヨークに招いて成功に導くことになる音楽プロモーター。

 すずみんのファンはこの手の役ばかりですずみんが評価されるのは嫌かもしれないなあと思ったりもするのだけど。
 でも、人が好く嫌味のないお坊ちゃんという芸風において、他の追随を許さない域までいっていると思うのですよ、この人は。

 だからこそのアルバート。
「さすが南部だ。このねっとりとした蒸し暑さ」
と言って汗を拭きながら登場するにもかかわらず、彼にはその場にそぐわない爽やかな風を思わせる存在感。

 そして、ストーリーヴィル閉鎖が決まって稼ぎ口を失い絶望するジョイの前にあらわれジョイをニューヨークに誘ったアルバート。
「ニューオリンズ♪」
と彼が歌い出すと・・・・・・・・・やはりいきなり舞台上の空気がかわります。ねっとりとしたじめじめとした空気を、軽く爽やかな風となって動かすのです。

 登場場面こそ多くはないかもしれないけれど、こんなふうに舞台を動かすすずみんのアルバートはおいしい役だと思うし、いろいろと想像力をかきたてられる役だとも思うのですよ。

 ルルのその後を記者に尋ねられて
「サンフランシスコに移った後すぐ、肺病が悪化して亡くなったという噂を聞いた」
と答えるアルバート。

 ルルは大金持ちのパトロンを持つとはいえ、ただの無名な女。サンフランシスコに移ってからは病状も悪化し、パーティーひとつ満足に開けなかった可能性だってある。ニューオリンズで有名だったようにサンフランシスコでも有名な女であったとは思えない。ムッシュ・アンダーソンはそんな彼女に最良の最期を提供すべく金を惜しむことはなかっただろうけれど・・・・・・・・・・・そんなことは大した噂になるもんではないでしょう。少なくとも、西海岸での噂が東海岸に到達するような類のもんではありますまい。

 ということは、情報ゲットは噂なんかじゃありえませんって、当然。
 誰かがルルのサンフランシスコでの動向を知るべく努力をしたからこそ、アルバートもジョイもルルが死んだという事実を知っているわけで。

 でも、ジョイは、ルルと別れた直後の時点でそんな努力ができたとはとても思えない。 ルルを追いかけきれなかった彼。
「俺が勝手に惚れた・・・・・惚れちまったんだ」
という言葉の中にひきこもり、ルルの存在を自分の内面の中に封じて歌を完成させた彼。
 はじめての地のニューヨークで、周囲の人種構成の違い(アルバートがジョイを引き回す社会は白人構成が圧倒的に高いだろうし)にとまどったり疲れたり憤慨したりしながら成功すべく音楽に打ち込む彼。

 そんな彼には、その時点では、今ルルはどうしているんだなんて考えたりすることもできなかったものと思われる。もう一度拒絶されるという事実が恐ろしいという思いもあっただろうとも思われる。

 そんな毎日を過ごす中、アルバートがジョイを酒に誘ったりするわけですよ。
 疲れていたジョイは酔いにまかせてついつい冗談のごとく愚痴ったりするわけですよ。自分が勝手に惚れちまった女が自分を捨てて去っていったことを。

 アルバートは心優しく頭も切れるお金持ちなわけです。
 彼は不思議に思うことでしょう。
 何故ルルは突然ジョイを捨てたのだろう?何か事情があったのではないだろうか?
 ジョイが考えなかった≪何か事情があったのではないだろうか≫ということをアルバートのような人であれば当然考えることでしょう。
 ニューヨークで生活するジョイが女をこれっぽっちも寄せ付けないで生きているという事実にも、すっかり納得したことでしょう。

 自らも素晴らしいと惚れこまずにはいられない美しい歌「Sweet Black Bird」で歌われる女に関心がわかないはずもない。

 だからアルバートはジョイには内緒でサンフランシスコを調査させたりしたわけですよ、絶対。
 そして、ルルの居場所をつきとめる。ルルの病状を知る。彼女の生きられる時がもうほとんど残されていないことを知る。
 成功を目前としたジョイには伝えられない。ジョイが傷ついて自暴自棄になりすべてを投げ出す姿も見たくはない。

 だからアルバートはジョイには内緒でこっそりと、「Sweet Black Bird」のレコードをルルに送付したのだと、想像というか確信してしまっている私です。これはジョイの作った歌なのだと伝える手紙を添えて。≪あなたを想って歌った歌だ≫とか不要な言葉は綴らない。歌を聴けばルルは、その歌でジョイが何を思ったかを理解できるだろうと、アルバートにもわかっているから。

 西海岸にいた病のルルが東海岸で売り出し始めようとしていたジョイのレコードを聴けたのには、きっとそんな裏事情があるんでしょう。

 成功したジョイは少し精神的な余裕ができてルルのその後を知りたいという動きを始めようとしたかもしれない。が、ルルの最期をも既に知っていたアルバートはやんわりとそれをとめ、ルルが死んだ事実を静かな口調で語る。
 酔い荒れ狂うジョイは、その時にでも自分のルルとの出会い、ルルとの再会、ルルとのキスや抱擁、その時に感じたとまどいや彼女をこう気持を、すべてアルバートにさらけ出し・・・・・・・・・・。

 といったような裏話がきっとあるような二人の関係なんだと楽しく想像しております。 

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2009年3月14日 (土)

「獣の奏者エリン」雑感

 こども向けにされているなあ、ヒロインが原作より明るく元気な印象であるあたりもこども向けかなあと思いつつも、アニメ「獣の奏者エリン」を毎週欠かさず見ております。
 ソヨンが処刑されるシーンの描き方が若干ぼかされているのもターゲットが子どもだからかな。水に落とされた時に闘蛇をおびきよせるために既に怪我をさせられていて血まみれになっていた、という描写がないと、ソヨンが自分の生命が助かる可能性についてかけらも考えなかった理由についてこどもにはわかりづらくない?掟を守る、という側面だけで納得させるのか。卵泥棒というオリジナルキャラを出すことは、原作のエリンが王獣にのめりこんでいく理由・背景ともなっている人間世界における徹底的な孤独感、幸せな時もあった過去をいつも遠く彼方に置き去りにしなくてはいけない孤独感、限定された人以外には打ち解けられない孤独感が減じた印象になってしまわないかなあ。

 いろいろ言いながら見ておりましたが。
 イアルがもうここで登場かあ。早いっ!
 ここで登場させ、竪琴までイアルから譲り受けたとかいう設定にしたんだとすると。後半重要キャラとして活躍するんだぞ、と今からしっかり売りこんでいるということですね。
 予想していたよりもイケメンさんの顔で描かれているし。
 といっても、娘はばっさりと
「被り物をとったら普通じゃない?」
とかコメントしておりましたが。
 ついつい男女フラグで小説読んでしまう私としては、原作でも単なる信頼関係とだけでは表現しきれない微妙な緊迫した空気を漂わせるエリンとイアルの関係性が好きだったので、イアルがイケメンさんとして描かれているのは素直に嬉しいですよ(笑)

 原作のエンディングは、エリンと王獣のかかわりがどうなっていったかという点においては、非常に綺麗な終わり方をしたけれど、最後の最後で
「で、イアルはどうなるの?」
という疑問を脳内補完していかなければいけない事態に若干の疑問もあったりしたので、今年の夏に続刊が出るというのは嬉しいですね。アニメの方も、続刊合わせでその後にも言及していくのかな?

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2009年3月13日 (金)

宝塚星組「My dear New Orleans」感想文

 植田景子式メロドラマだった星組公演「My dear New Orleans 愛する我が街」
 あれこれ脳内補完が必要な脚本ではあったけれど。ありがちな物語ではあったけれど。
 ヒロインのルルにどっぷり感情移入し、ルルの目線でジョイを見つめ、ルルがいない場面においても、時空を超えた場でこの場面を見ている私=ルルという気持で、この物語を見ておりました。
 眼の力と声音の力で魂の結びつきを演じる安蘭けいと遠野あすかという二人の演者が大好きだった。この二人が作り出す世界が大好きだった。
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 舞台はニューオリンズ。
 1928年夏。ブラック・ミュージックで成功したクレオールの男としてジョイは登場し、成功のきっかけとなった歌「Sweet Black Bird」の中で歌った女の回想へ。
 そして時は1917年。

 高級ダンスホールでの誕生会。ニューオリンズ一の美しいクレオール女と噂されるルルは、故国に妻子のある富豪のフランス人アンダーソンに囲われて生きている。

 彼女は人生に絶望している。家族がいるからこの生活の中にいなければならない。ひもじさに涙した日々に戻る気なんてないが、富裕な今の生活にも喜びはない。

 偽りの笑顔をふりまきながら生き続けていたある日、突然彼女の耳に、懐かしい歌、懐かしい歌声、懐かしい歌詞がとびこんでくる。生きることに絶望していた昔、助けてくれようとして警察につかまってしまった少年。絶望していた自分を必死に慰め力づけてくれようとした少年。
「きっといつか笑える日もくる
 生きる喜びかみしめる時が」
喜びという名の少年ジョイが歌ってくれたあの歌。忘れられないあの歌。
 大人になったあの少年が、あの出会いを思い出してほしいと歌で語りかけてくる。住む世界が全く違うのに、大人になった彼はまっすぐな眼差しを自分に対して向けてくる。何から話していいかわからないといった様子で、けれども、この再会に震えるような喜びととまどいをおぼえていることは伝わってくる、彼の目を見れば。
 生きる世界は全然違うのに。だからそれをわざと見せつけるために、
「お礼のキスよ、10年前の」
と言って、彼の唇にキスをする。自分は変わってしまった。過去のあの日のような純朴な部分なんてもう残っていない。今の自分はこんなふうに軽くキスができる女になってしまった。お礼という言葉自体は嘘ではないけれど、このキスにはあの日との決別の思いもある。自分は変わってしまってもう戻れないのだと彼に見せつける意図もある。
 けれど、そのキスにより、再会の現実の前でとまどっていたジョイは、目の前にあらわれたルルを異性の女としてはっきりと意識する。魂をひきつけて離さない運命の女として。

 だから彼は、彼女の住処を必死で探して再び彼女の前に姿を現す。
「何?待ちぶせ?」
と笑うルル。でもその言葉には、彼が自分に再び会おうとしてくれたことへの嬉しさが滲み出てしまう。真っ直ぐに自分に対して想いをぶつけてくることへの喜びを感じてしまう。今の生活を変える気なんて全くないのに。変えることができるわけもないのに。
 そして彼は再び彼女のために歌うのだ。彼女への想いを真っ直ぐに伝えようとする新しい歌を。
 歌によって彼という人を知り、歌によって彼と再び出会った。その彼が再び彼女のために歌う。
 世界が逆流するような想いにとらわれる。

 でも、一緒に暮らしていける人と最愛の人はイコールじゃない。

 人生の汚濁の様々な部分を味わいつくし絶望してきた女ルルはそれを知っている。
 汚濁を味わってきているにもかかわらず真っ直ぐに生きる意思を手放さない男ジョイは最後までそれを知らない。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 美しいラブストーリーでした。
 この二人、一緒に暮らしていたら精神的にも経済的にも破滅にしかたどりつけなかっただろうけれど^^; 別れざるをえなかったからこそ永遠に魂が結びついたわけなので、ハッピーエンドの物語であったとうけとめております。魂が結びついたととらえるのも、ある意味幻想なんでしょうけれど、幻想だからこそ真実のままであり続けられた運命の恋の物語だったのだとうけとめております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 のめりこんで見たので観劇後に痛いものを書きなぐってしまったけれど、途方もなく痛いのでこっそりと某所に置いてみる。


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2009年3月11日 (水)

旅の翌々日というか翌日というか

 ホセ・メンドーサとの試合を終えた矢吹丈の心境。

 今の気持はこれに近いかも(笑)

 日曜日の11時公演開始直前に鎮痛剤を飲んだ後、薬のことをすっかり忘れていたら15時公演の真っ最中に鎮痛剤の効果が切れて痛みがきた、等、いろいろとドタバタはありましたが、火曜日の午前零時をちょっとまわった頃に無事に帰還しました。

 今度の日曜日には日生劇場に行きますので、それまでにはホテルで殴り書きした舞台感想メモをパソコンに放出しておきたいなとは思っております。

超私信

 サリーのTNさんへ

 こんな生活なので暫くまともに反応できそうもないです、すみません。
 そのうち時間見つけて、読書記録というか本の感想と漫画感想もいろいろアップしまーす。(今週は宝塚観劇記を書くので終わりそう^^;)

 ・・・・・・・・・・・・
 ちなみに私も「あしながおじさん」は続編の方が好き。

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2009年3月10日 (火)

宝塚星組ショー「ア ビヤント」感想だらだら語り

○タイトル発表時

 とうこちゃん退団はまだ発表されてませんでしたが、「ア ビヤント」がフランス語で「またね」という意味であるとの解説文がアップされていたので・・・・・・・・・・不測の事態でも起こらない限り、これは最後のショーだからこそのタイトルだな、と予想はつきました。
 トップになってからは荻田浩一ショーに当たれなかった、というのは寂しくはあったけれど、「バビロン」でも「ドルチェ・ヴィータ」でも良い役、良いシーンを当ててもらっていたし、贅沢言ったら罰があたるわよ、と自分に言い聞かせたりも。

○観劇前

 藤井大介くん演出のショー。
 彼の今までのショーへの感想で真っ先に出てくるのは「明るい」「変なカツラ」。

 そんなわけで、
「最後のショーでとうこちゃん(安蘭けい)に変なカツラかぶせて通し役とかさせたら許さないわよ!」
とか思ってたのですが。

 初日映像を見たところ、どうやらとうこちゃんは普通の男役だ。
 ただ、礼音くんは・・・・・・・?^^; 遠し役で変なカツラ?

○プログラム

 各章タイトルに「アミューズ・グール」「オードブル」「サラード」「ポタージュ」「ポワソン」「ビアンド」「フロマージュ」「デセール」とあるけれど、場面内容とのつながりを語るのは不可能なプログラム用お遊びにすぎない気がするので、以下の感想は章番号のみで整理するにとどめます。

○序

 古びたレビュー小屋で老掃除夫が掃除をしている所に現れた時間の妖精。

 幕の中央から一瞬姿をあらわしてすぐに引っ込んだ後、また姿を現す。藤井くん式白カツラ。
 音楽の流れ、物語の流れを考えると、この出で拍手をするのは流れを壊すような気もするんだけど、二番手の礼音くんの登場シーンだしなあ、と複雑な気分になったりも。
 幕が開くと、階段にちょこんと座っている妖精の女の子が。よく見ると星風エレナさん。最後の最後になって、なんと可愛らしい役が(@_@。

○第1章

 普通に華やかなショー序盤。歌詞をよく聞いているとサヨナラ仕様だなあと思いますが、ここは軽く明るく流してみることができます。

 第2章へのつなぎは、とうこちゃんを中心にしいちゃん(立樹遥)、すずみん(涼紫央)と銀橋で三人コミカルに。

○第2章

 退団するしみこちゃん(和涼華)が芯になる場面。この場面の相手役は夢咲ねねちゃん。

 のはずであったが。
 この一連の場面の中で一番強烈な印象を残すのは、こわーい女振付師のきんさん(朝峰ひかり)であった^^;

 レッスンシーンで踊っている子達、若手に無知な私にはお顔と名前が一致しない生徒さんが多いんだけど、踊れる子が多かったなあという印象。ちゃんとお名前をチェックしておこう・・・・・・。

第3章

 耽美シーン・・・・・・・・のはず(笑)
 ただし、人選が・・・・・・。誘惑する影があかし(彩海早矢)で誘惑される男が柚希礼音くんって。
 どうしてこの人選なの?センターでがんがん踊れる男役二人をピックアップしたらこうなった、とかいう答え?
 でも、礼音くんは健康なムードのがっちり系男役だし、あかしも「エル・アルコン」のマスターズとかめちゃくちゃカッコ良かったけれど、やはり基本的には元気な野郎系統の男役だと思っているんだけど。
 耽美シーンは、少なくともかたっぽは、危なげある美しさやら線の細い儚さやらが前面に出るタイプの人を置かないといけないという気がするんだけど、藤井くんの人選はよくわかりません^^;

 第2章のしみこちゃんと、このシーンの礼音くん、チェンジするわけにはいかなかったかしら。

 とぐちゃぐちゃ言ってますが、このシーンは耳福シーンでもあります。
 カゲ台詞に稀鳥まりやちゃんの不思議系の声。
 そしてカゲソロの水輝涼くんの歌声が素晴らしい。ドラマチックに音が上下する歌声。気合はいりまくりのシャウト。めちゃくちゃうまいです。歌がうまいということを星組ファンは知っているけれど、大劇場でここまで歌で目立ちまくれる場面ははじめてかな。もっともっと歌場面で起用されてほしい人。

第4章

 ジゴロとして登場する安蘭けい。
 アダルトに情熱的に歌うシャンソン。合っていて素敵だ。なんとなく轟さん系歌い方だなあ、とちらりと思ったりも。。。。。
 おきまり、三角関係シーン。歌手ジザベルの遠野あすかちゃんとのアダルトなダンス。振付は前場面に続き平澤智さん!ジザベルのパトロンのしいちゃんの横に立つガードの男の紅ゆずる君は立っているだけで美しい。

間奏曲

 百年ぶりの新作ショーが始まるよ、というあっかるーいつなぎシーン。
 舞台上ではすずみんが芯。

第5章
  
 中詰めはシャンソンメドレー。

 特筆すべきは、夢咲ねねちゃんの「フルフル」
 超絶的な破壊的な悶絶させられそうな可愛らしさなのである。
 ねねちゃんは、可憐な普通の娘役よりも爆裂系の女の子をやる方が好さが出る人なんじゃないかな、というのが「オクラホマ!」を見た時から抱いている印象なんだけど、やはり・・・・・・・・・。

 スター達のメドレーが続いた後、中央セリから登場するその人は、プログラムでは≪究極に美しいレビューの華≫と紹介されてますが・・・・・・・・・・・・・。

 笑うところですよね、ここって?^^;

 トップ男役の女装というシーンは過去いろんな形であったけれど、ここで感じた既視感をたどってみて思いだしてしまったのは「ラバーズコンチェルト」のカリンチョさん(杜けあき)女装だ。その公演にはまだとうこちゃんは出てないのに。雪組男役の中で受け継がれてきたものってのがあるのかしら^^;

 大楽では髪飾りにひこにゃんをくっつけて、何度も上手側に顔を向けて鬘の右側のその飾りをアピール。客席には、大受けする人もいれば、≪何かやっているらしい、でも何?≫といった感じの反応をする人も。ばらばらの反応をまとめあげるのが、とうこちゃんの歌の最後の部分。
「浮気な私は・・・・・・・ひこにゃん!!!!」
客席大爆笑に。。。。。。。。
 
 そして、舞台中央でとうこちゃんはアクセサリーを取り、羽織っていた衣装を脱ぎ棄て、鬘も取り去り。
 男役姿に。
 この衣装替えを堂々と見せるってのは、やはり女装シーンは笑うべきところだったという理解で間違いないわけですね^^;

 礼音くんとがっつり二人でダンスシーン。カゲソロに毬乃ゆいちゃんの美声。
 プログラムには「男二人きりのアダルトな駆け引き」とかあるけれど、舞台上の印象は全然異なる。
 男役トップから男役準トップへの引き継ぎ儀式シーン。次はよろしくシーンだ。
 がっしりと礼音くんを抱きしめるとうこちゃん。一瞬びくりとしたように両手が泳ぐ礼音くん。
 そんな二人のどこに、アダルトな駆け引きなんてものを感じろと?(笑)

 そしてその次が、華やかな大カンカンシーン。あすかちゃん可愛い。そしてカンカンボーイにしいちゃん以下男役スター達も入って、大人数で華やか華やか華やか。これぞ宝塚の楽しい華やかさ。

第6章

 さりげなく感じさせていたサヨナラショー仕様は、ここから全開になっていく。泣け泣け泣け、と言わんばかりに。あざといまでに。私は素直だから泣きましたとも。この公演がサヨナラ公演なんだという意識どっぷり状態で観るのではない普通のお客さんにはどう映るのかわからないけれど。

 ガウン姿のとうこちゃんが鏡の前で過去を思い出しながら静かに歌い出す。

「私の歩いた人生
 誇りに満ちて悔いはない」
なんて歌っちゃうんですね。宝塚でのいろんな日々がざーっと目の前によみがえってきます。平坦な道ではなかったけれど、それすらもすべて糧にしていったとうこちゃんの姿には力づけられる日々だった。

「もしも許されるなら
 少しでいい、時間を止めて」
なんて歌っちゃうんですね。
 でも時間はとまってくれません。と、挨拶で組長さんも言っていた。あざといばかりに、泣け泣け泣けと言わんばかりのサヨナラショー仕様。 

 そして、送り出す組子達の大合唱。

 明るいです。歌詞がベタです。あまりにも直接的ですってば。
「ありがとう、このひとことしかやっぱり出てこないけど」
とか歌うとうこちゃん。
 銀橋を渡り歩くとうこちゃんを、明るくダンスしながらの合唱で見送る笑顔の組子達が「またね またね きっと必ず出逢える」
とか
「今はつらいけれど勇気だして笑顔でさよなら」
とか歌うんですよ。銀橋に立つとうこちゃんが客席に背中見せて組子達を見つめるの。

 この明るい色合いが良い。涙腺大決壊。
 藤井くん、ありがとう、素敵なお見送りシーンをつくってくれて。

 この「またね」大合唱シーンにはあすかちゃんはいない。
 大合唱が終わり、大階段をとうこちゃんがのぼっていって消え、舞台が静かになった後、上手側花道から花束を持って登場。

「まにあわなかったのね」
と嘆く彼女が彼を思って銀橋で歌う。

 できることなら時間をとめて。
 もう一度夢をみせて。

 ファンの思いを体現する形で、もう一度の夢へ。

第7章

 大階段にとうこちゃんが再登場。

 とうこちゃん&あすかちゃんの最後のデュエットダンス。
 音楽は「愛の賛歌」だ。なんというベタな選曲だ。でもいいのよ、最後だもん。歌ってくれるのは美穂圭子さんだ。

 いいコンビでした。
 ピンでも輝くし、可憐な娘役も気丈な女役も、色の違う役をいろいろこなしちゃうあすかちゃん。そのあすかちゃんが、とうこちゃんに対して可憐な可愛らしい笑顔をいっぱいに向ける。
 とうこちゃんがデュエットダンスの時にあすかちゃんに向ける笑顔は、信頼感とか安心感を持っていることをはっきりと感じさせるものだった。

 ヘイズ・コードや博多座公演など、とうこちゃんが喉の調子を悪くしちゃった時に、がっちりと支えてくれて、声の出し方やトーンなど絶妙な合わせ方をしてくれていたあすかちゃん。

 別々の組にいたとうこちゃんとあすかちゃんの組み合わせなんて想像すらしたことなかったのに「コパカバーナ」で組んだ姿を見たら思いのほか似合っていて、この公演のみで終わるコンビでは嫌だ、とか思ったりした・・・・・・。
 なんかいろんなシーンがよみがえってくるなあ。

 あすかちゃんが大階段をのぼっていって去り、他の人達が登場。送り出す歌を礼音くん。そしてとうこちゃんも大階段をのぼって去っていく。

 エトワールで歌うのはあすかちゃん。
 大階段中央に一人。
 一人だけでそこに立っても舞台上の空気を埋め尽くせる存在感をしっかり出せるあすかちゃん。

 そしてグランドフィナーレへ。
 ああ終わってしまうーーーーー。
 いまはまだ「アビヤント!」って言えるけれど・・・・・・・・あとちょっとしたら、「アビヤント!」の意味合いがかわってきてしまう。
 時間がとまってくれればいいのに。

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2009年3月 9日 (月)

おのぼりさんの素人ファンがお祭りに潜入する

 宝塚ファン自体はそこそこ長くやっている私。はじめて観たのは亡き鴨川清作氏のレビュー「インスピレーション」。はじめてどっぷりとはまったのが「ベルサイユのばら」。はじめて覚えたスターの名前はオスカルを演じた安奈淳とアントワネットの上原まり。ベルばらの後少し長めのブランクを経て、平成ベルばら再演の少し前頃から観劇復帰。今度は自分で「歌劇」「宝塚グラフ」といった類の雑誌も買い始め、東京宝塚劇場だけでなく日本青年館等の他会場で行われる公演にも少しずつ注意を向け始める。「ノバ・ボサ・ノバ」が、宝塚ではないミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール」大阪公演と同時期だったこともあり、ラ・カージュに出演する贔屓の役は多分東京公演がこの後あっても別の役者さんにまわるだろうという予感がなんとなくあったので、「西が私を呼んでいる♪」と解釈し、当時2歳の娘を連れてはじめての観劇遠征。宝塚の方は託児ルームがあるので問題なかったんだけど、ラ・カージュの方はどうしようと悩んだ挙句、いつも利用しているベビーシッター会社と交渉して大阪で劇場近辺で子どもをみて下される方を探して下さいとお願いする。担当してくださったシッターさんが昔の劇団四季の熱烈なファンだったという方で、事前の打ち合わせ段階からとてもいい感じでお話が出来たのもとっても懐かしい思い出。その後、博多座で「凱旋門」「パッサージュ」が上演された時は天神の託児所の一時保育使用。が、だんだん娘が大きくなってくると夫に長時間まかせることにも不安はなくなってきたので宿泊や託児はやめて夫にまかせての日帰り観劇に切り替えていった・・・・・・・・。

 そんな生活をおくるようになったが、入り待ち・出待ち、ファンクラブ入会、お茶会参加といったようなことはやったことがなかった。理由は・・・・・・・・うーーーーーん、興味の対象が基本的に観劇一筋で、劇場に行って観ることさえ出来れば満足感と幸福感は味わいつくせるので、それ以外のことに関しては思い入れたり羨ましく思ったりということがさほど大きくなかったのかな。その後、ファンクラブでのチケット申込がいっぱいあることが劇団からその役者さんへの評価の高低につながるということも知ったりして少し揺れるものもあったけれど、
「私は金持ちじゃないから一応やれることには線をひいておこう。チケット目的で劇団自体のファンクラブに入るのはOK、役者さん個人応援のファンクラブに入るのはNGという形で、自分のやれることを区別しておこう」
と考えてそのままに。なにせ、ボーナスシーズンがくるたびに
「きゃあ、奨学金返済のお金がとんでいくーーー」
「うわあ、NGOの会費がとんでいくーーーー」
と嘆く身だった・・・・・・・・。その後、宝塚じゃない某役者さんのファンクラブに入会するなんてこともあったりしたので自分の中の原則は完全に守ったりしてはいないのですが^^あれは、私個人の特性を把握されつくされた上での勧誘で絶妙すぎたので、
「こういう場合は流れに身を任せてみるのも面白いかもしれない」
なんて考えたりしたのだけど、それはまた別の話。

 と前置きが長くなりましたが、2009年。大変久しぶりの、宿泊を伴う観劇遠征。
 3/8のOMC貸切、前楽、3/9の大楽。OMCの方は、席は並びではないけれど娘と一緒。前楽はMさんが当てて下さった友の会席。大楽はKさんが当てて下さった友の会席。OMCも当てていただいた1階席。こうやって書いているとしみじみ、私って友達に恵まれていて幸せなんだよなあと思う・・・・・・・・・・。

 前楽の時間帯、娘には劇場近辺で待っててもらうことに。フルールは一人では居づらかったとやらで早々に退散したらしいが(私自身はフルールに長時間を居づらいと思ったことがなかったのだけど、前楽の時間帯というのは普段とは雰囲気が違ったのかな????)、暫く宝塚に来ていないうちにいつのまにやら大きな本屋が駅のそばに出来ていたこともあり、待つことは苦痛ではなかったらしい娘だ。天気が良かったので武庫川を眺めながらぼうっと過ごすことも出来たようだし。

 当初の予定では、前楽が終わったら娘を新大阪まで送って一人で新幹線に乗せるつもりだったのだけど、それだと自宅到着時刻は十代前半の女の子一人で歩かせたくないような時間帯。娘は「平気、平気☆」と主張したが・・・・・・・やめた^^; というわけで、新大阪に二人で泊まるべく宿を確保。幼児の時にホテルに泊まったことはあれでも、ちゃんとしたお一人様カウントでホテルに泊まるのははじめての娘。安いホテルだったんだけど暫く浮かれまくってテレビ等をいじり倒していた。

 朝、駅弁を買って娘を新幹線に乗せた後、暫くうだうだ過ごし、それからゆっくりと宝塚に向かった。

 入り待ちはもう終わっている。私は入りや出のコツも作法も全く知らないので、入り待ち見学もみおくった。体調万全ではないから観劇に集中するための体力を温存しておく必要があったし。

 それにしても、考えてみれば、平日に宝塚に来るのははじめての私。なんか街の雰囲気が違うような?平日だから違うのか、大楽だから違うのか?

 劇場前には青シートがいっぱい。あ、もしかすると、楽に出待ちする人達って青シートで場所確保するものなのか?????そんなことすら知らない私は当然、東京宝塚劇場のファンが入り出で何をしているかもよく知らない^^;

 それから、白い服の人がいっぱいであることにびっくりする。
 あ、退団公演千秋楽というのは、白い会服でお見送りをするというものなのか?それともそれはこの公演限定で、他の退団公演では別の色でまとめられたりするものだったりするのか?
 そうした知識も何もない私は、普通に黒いスカートと赤いカーディガンだった・・・・・・。一応、主演者の代表作を意識した配色ではありますわよね?^^;

 そしてなんとなく漂う異様な緊張感、緊迫感。
 報道マンもあちこちにいる?
 気分はすっかりおのぼりさん。なんだかすごい所に来てしまったぁぁという気がしてしまう。

 開場前に劇場についたので、キャトルレーブに入ってグッズ類を眺めながら過ごしていたら・・・・・・・・店内に流れているのは「ARAN Kei Single Collection」の歌。
 家で聞いていた時はのんびりと冷静に聴いていたのに、今聴いていると、あれやこれやの公演の数々が思い出されて、ひどくセンチメンタルな気分になってくる。
 緊張が異様に高まる。この街に漂う緊張感、緊迫感に、私自身もどうやら思いっきり貢献しておりますな^^;

 さて開場。
 千秋楽なので、座席につくとペンライトが置いてある。イカロスの「ローズ」とスカーレット・ピンパーネルの「ひとかけらの勇気」のところでペンライトを振るようにとの指示の紙。
 が、しかし。
 このペンライト、いつものペンライトと違う?いつもっていっても、私がペンライト振った最後の経験は・・・・・・ええと、「龍星」楽だったっけ?
 隣に座ってた方も楽をあまり経験したことない方だったらしくとまどっていたようだったけれど、私よりも先に使い方を理解して教えて下さった。ありがとうございます(#^.^#)
 あまり楽に慣れてない者同士が隣り合わせてとまどうというのは、友の会席だったからこそ、ですね^^;
 お芝居の開演前にオケの誰かが「雨に唄えば」のナンバーを練習していることに気づく。開演前からサヨナラショー用の曲を練習しているものなのね☆

 お芝居、ショーの感想は別記するので省略しますが。
 最後の大劇場公演ということでもしかしたら芝居や歌が崩れることもあるかなと若干危惧していたのだけど、最後だからこそ丁寧に演じあげよう、という決意がどうやらあったかな、安定感のある舞台だったなという印象。

 あ、千秋楽って幕間のトイレ列の雰囲気もいつもと違うんだということもはじめて得た知識だった。普段は、第二部が始まる直前になると列はかなり短くなるのだけど、楽はそうでもないのね^^;
 そして、ショーの後、サヨナラショーが始まる前。組長さんが挨拶して退団者の挨拶のお手紙を読み上げる間・・・・・・。離席する人が結構多いという事実にもびっくり。サヨナラショーが終わった後に向けていろいろ準備を担当している人が多かったりするものかな。ショー&組長さんの挨拶&サヨナラショー&退団者挨拶となると、かかる時間も膨大になるから今のうちにトイレに行っておこうと考える方も多かったりするのか?そんなことすら知らなかった私だ。
 
 退団者挨拶では、遠野あすかちゃんが・・・・・・・・・・途中泣き崩れ、お客さんがあちこちで涙に巻き込まれてましたね^^;
 とうこちゃん(安蘭けい)は結構冷静をこころがけてる?テレビで見た初日挨拶に比べると・・・・・・・・。というよりも、いったん崩れたら決壊してしまうから崩れないように必死になっているんだろうなというような気もしないでもなかったりもするが。

 何度もカーテンコールがあった後、幕がおりて幕前で挨拶するとうこちゃん。
 下手に去っていく際、
「また東京で。アビヤント」
というとうこちゃん。
 その時の言い方がなんといいますか。
 かつて星組トップだったシメさん(紫苑ゆう)をなんとなく思いだしちゃったぞ。シメさんととうこちゃんに共通点を感じたことなんてかつて一度もなかったんだけど^^; 体型も違うし、似合う衣装も違うし、演技の持ち味や似合う役も違うし。
 なのに、「アビヤント」と言った時の独特の気障り方が・・・・・・なんとなく似てるんだな。似てると思った自分にびっくりだ。関西出身という点で共通しているからイントネーションに共通点が出たのか?????

 終演後、外に出たら、小雨。
「かわいそう」
という声がちらほらと聞こえてくる。出待ちをする人は大変なんだろうな。

 出の見学をしようかな、帰りの新幹線は余裕を持って確保したから出来なくもないかな、とちらりと考えはしたけれど。
 コツも作法も知らないおのぼりさんの私。しかも体調は万全じゃない。多分やめるのが正しい選択だろうと、真っ直ぐ帰ることにした。

 新幹線に乗ったら緊張感が一気にとけて、一気に疲労が出てきて、往復時間に読むはずだった本は結局開くこともなく爆睡。隣の席は4人連席だったようで京都からかなりにぎやかだったけれど、にぎやかさが全く気にならない爆睡^^; 新幹線の中でこんなに寝たのははじめてだったな。

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2009年3月 8日 (日)

いろんな意味で「らしい」サヨナラ

 星組大劇場公演前楽のチケットをあてて下さったMさんに
「幕間のオケの練習って、サヨナラショーに使われる曲がネタバレになったりするの」
と教えていただいていたのだけど。

 久しぶりに出かけた宝塚大劇場。トイレの列をスムーズに乗り切るコツをすっかり忘れ果てていたため、ネタバレ練習にぶつかるチャンスのないまま見ることとなったサヨナラショー。

 なんの公演であっても初日を見るということはめったにない私、完全になんの情報のないまま観劇にのぞむのは久しぶりでドキドキする。そもそも、サヨナラショーを劇場で見ることも初体験。
 第二部のショーが終わった後、サヨナラショーが始まるまでの間に組長さんがカーテン前で挨拶をするといったことすらちゃんと把握してなかった私って、一体何年宝塚ファンやってんだ?ってな感じですよね・・・・・・・・。

 とはいっても、サヨナラショーの一曲目。
「ああ、やはり」
と思いましたよ・・・・・・・。
「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金・・・・(以下略)」
の台詞で始まりライトがつき、あらわれるとうこちゃん(安蘭けい)は五右衛門衣装を右肩にひっかけている。

 絶対、「花吹雪恋吹雪」の石川五右衛門ではじまると思ってたのよ!星組組替え後の最初の作品だし、これでブレイクしたといろんな人に思われている作品だし。
 というか、これで幕があがるんじゃなきゃ落ち着きが悪すぎる、とすら思ってたのよ。絶対こうであるべし、という型ではじまり、嬉しいやら安心するやら。

 二曲目。エル・クンバンチェロ。ファンを喜ばせる選曲が続きますな。この歌はとうこちゃんの力強い歌声にばっちり合うと思うので。

 その次が「レビュー・オルキス」の歌だったのは、「レビュー・オルキス」にあまり思い入れのない私としては、一曲もったいないなあとかひどいこと考えたりしてたけど^^;

 とうこちゃんが退場し、他の退団者たちで「ヘイズ・コード」のPCAの歌。
 しいちゃん(立樹遥)のバウのソロ。
 とうこちゃん以外の退団者達で「さくら」の主題歌。

 そして、暗闇の中、せりあがるとうこちゃん。
 ライトがあたると、そこにいるのはグラパン。

 ・・・・・・・・・・・グラパン!?

 「スカーレット・ピンパーネル」のパーシーの変なベルギー人変装。
 そうきますか・・・・・!? 
 冒頭で花吹雪恋吹雪がくることは予想してた。でもこれは予想しなかった。
 しかし、よく考えてみれば、いかにも、とうこちゃんらしいではないか。爆笑する客席の反応見て大喜びしているとうこちゃん(笑)ここでこの登場って、絶対、演出スタッフアイディアじゃなくて本人アイディアだと思う^^; 笑い死ぬかと思うほど笑い転げましたよ・・・・・・・・・・・・・・。 ここのインパクトが大きすぎて、ショー後半の印象がかなりとんでいってしまったけれど^^;

 グラパンで歌った後、衣装を脱いで「雨に唄えば」。あすかちゃんと一緒。
 その次は「コパカバーナ」でリコが歌った歌。

 韓国公演で歌った韓国語のソロナンバー。

 その次の曲はシークレットハンターのナンバーだったかな?

 エル・アルコンの主題歌。他の退団者も一緒。
 なんかこのあたり順番があやふやだけど、「アビヤント」の主題歌も入ってたかな。

「凍てついた明日」のブルース・レクイエム。この曲が入るとは思わなかったので(タータンのサヨナラで歌ったし、星組での代表作いっぱいありすぎるし)、イントロ聞いた瞬間嬉しくて泣きそうになっちゃいました。

 あすかちゃんが一人でスカーレット・ピンパーネルのソロナンバー。白いドレス姿。素晴らしい歌唱。

 大階段からとうこちゃんが再度登場して「赤と黒」のジュリアンとレナール夫人。

 とうこちゃんが一人舞台に残り「イカロス」のROSE。懐かしい雪組公演の歌がここでも!青年館の最前列で見たのよーーー!イカロスの立つ位置は舞台奥が多くて最前列でもとうこちゃんはちょっと遠かったんだけど^^;

 とうこちゃんが銀橋をうたわず歩き舞台上では他の人達が。柚希礼音くんが「龍星」の「星を継ぐ者」を歌う。

 最後はスカーレット・ピンパーネルの「ひとかけらの勇気」。
 サビの部分の前半は、銀橋のとうこちゃんは歌わず、舞台上の他の人達が歌い、サビの部分の後半をとうこちゃんが歌い継ぐ。この歌い継ぎ方がいかにもお別れといった感じで泣ける・・・・・・・・・。

 聞きたかった歌はまだまだいっぱいあったりもしたけれど、懐かしい歌をあれやこれやと沢山並べて聞かせてもらえて。DS等に行かない私は、そもそも、こんなにずーーーーっと歌いづくしというのを聞くことすらはじめてなんじゃないだろうか。いやもう最高に幸せな時間でありました。

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2009年3月 7日 (土)

旅の前日

 私がとうこファンになったきっかけ・・・・・・・。

 絶対に絶対に自分は少数派に属しているという自覚ありありです(笑)

 雪組「風と共に去りぬ」ツアー公演(1998年)のアシュレは、とうこちゃん自身が好きだった役にはあげないし、代表作にカウントされることもない。一般的評価は高くないどころか低い方に分類されるであろう役。
 でも、あの公演がなければ私の今の状態はなかったんですよね^^;

 観劇前は、期待よりもどんよりと不安でしたっけ。
 レット・バトラー役の轟悠ファンの私としては、隣県での公演があるなら見に行かないという選択はありえない。しかし、スカーレットがタータン(香寿たつき)でアシュレがとうこちゃん(安蘭けい)という配役に感じるのは、とてつもないバランスの悪さ。タータンは重厚な男を演じる時に最も魅力を放つ人だったからスカーレットを観たいなんて考えたこともなかったし、そのタータンと並んだら小柄で若いとうこちゃんはちんまりした印象が勝ちそう・・・・・・・。
 一般発売日に会場に電話をかけたら一発でつながってチケットが確保できてしまったことにも、まずは嬉しさを感じるべきでしょうに、押し寄せてくる不安。皆、私と同じように不安の方が大きいからこそのとりやすさ?当時の雪組って強烈に動員力のない時期だったんですよね。
 轟は大好きだけど、一路スカーレットの時に東京宝塚劇場で見た轟レットはあまり良いとは思えなかった私には、轟レットは≪ファンだもん、観劇ゼロ回ってのはないもん≫という気持しかなく・・・・。その数年後に日生劇場でコムちゃん(朝海ひかる)相手にやった轟レットは嘘みたいに素敵に化けてたので、轟さんは相手役をかわいこちゃんと高い位置から愛でる関係性でないと恋愛演じられない体質なのだろうか^^; と、その不器用さを愛おしく思ったものでしたが。

 と、話がそれてますが、雪ツアー風共。
 1幕は、なんとも予想通りだなあ、とみておりましたっけ。バランス悪っ!あまりのバランスの悪さにくらくら。それにもともと私は植田脚本風共が苦手だし。
 そういえば、ベル・ワットリングをこの時演じたのはまゆみさん(五峰亜季)だったんですよね。配役を聞いた瞬間
「おおっ、綺麗だろうなあ。すれた感じが合っていそうだなあ。でも、まゆみベルならツアー版のベルのソロナンバーはカットなんだろうな」
と失礼なことを確信していた私、ベルが歌い出した瞬間、腰が抜けるほど驚いたものでしたっけ・・・・・・(失礼な)

 2幕。
 アシュレ登場。「故郷は緑なり」とソロを歌った後、スカーレットとの二人場面。
「あなたは私を愛しているのよ!!」
と言われ、
「愛してなんかいない!!!!」
と叫ぶアシュレ。

 その瞬間、世界がかわりました(笑)

 とうこちゃんがアシュレに合っているか否かなんてどうでもよくなり、舞台上とうこちゃんが他の人とバランスが悪いのもどうでもよくなった。「愛してなんかいない!」という叫びつつも心では別の言葉を叫ぶ悲痛な苦しみが迫ってくる。

 この人が演じる苦しいラブストーリーをいろいろ見てみたい、言葉とは裏腹の気持を声で見せ眼で見せる慟哭芝居をいろいろ見てみたい。
 そんなことを思った・・・・・。

 帰り道、頭の中では「愛してなんかいない」という台詞がリフレインしまくり。
 確か、あの日の帰り道は電車がとまってしまい別の路線にまわって帰る羽目に陥ったんだよなあ。当時娘がちっちゃくて、電車の遅れというのは延長保育代激増に直結するものだったんだけど、そんな嘆きも薄らぐほどに頭の中は「愛してなんかいない」という言葉でいっぱい(笑)
 その後、ファンになったという自覚と共にとうこちゃんを見るようになりました。
 とうこちゃんの星組への組替え(2000年)は、≪安蘭けいを雪組トップ候補からはずす≫という宝塚歌劇団の思惑が透けて見えるもので非常にショックだったけれど、私的には
「ああこれからは雪は轟、星は安蘭という形での集中観劇が出来るから大分楽になるわ」とかいう思いもちらりとあったりして。「凱旋門」を大劇場に見に行った時は、東京にとうこちゃんが来ないことが事前にわかっていたので、轟ラヴィックについては東京で集中することにしようと決め、二人とも舞台にいる時にはとうこちゃんの方に集中^^; 良い作品に良い気分で帰宅して二日後に、好演していたタータンのボリスが組替えで東京公演に来ないと知った時には愕然とし、「東京に来ると思ってたから安蘭に集中、次に轟に集中、といった形で見ていたのに!知ってたらタータンのことも、もっともっともっとしっかり見つめてきたわよ!」と地団太を踏んだものだったなあ・・・・・・・・。とても好きな生徒さんは分散していてくれた方が見る側は楽だ・・・・・・。

 そして星組にうつっての最初の公演が「花吹雪・恋吹雪」の石川五右衛門。
 バウには行ってません。青年館のみで観劇。シドニーオリンピックの女子マラソン中継を携帯ラジオで聞きながらぴあ窓口に並んだのも懐かしい思い出。

 「絶景かな絶景かな」の声にて始まる公演。よく通る美しい声と、強い威力を持つ目。共演者も素敵な人ばかりで、物語はハチャメチャだったけれどキャストのバランスはとても良くて。相手役のそんちゃん(秋園美緒)とのビジュアル的なバランスについてはかなり心配していたんですが、実際に見てみたら、とうこちゃんの声とそんちゃんの美しい声がハモる素晴らしさに大興奮。そして。
「あたしに溺れてみない?」
と言うそんちゃんのモニカに無言でもたれかかるとうこ五右衛門。寂しさ。切なさ。弱さ。普段は強いのにここだけで見せる弱さ、脆さ。今は亡き愛する女の面ざしの彼女にのみ見せる脆さ。
 アシュレでおちたってのは少数派である自覚はあるけれど、この場面でおちたっていうのは少数派ではないはず(笑)

 その後、「プラハの春」のヤン、「ガラスの風景」のミラー警部、「バビロン」の黒い鳩、「雨に唄えば」のドン、「王家に捧ぐ歌」のアイーダ、「巌流」の佐々木小次郎・・・・・・すさまじい勢いで代表作にカウントされるものが増えていき、強烈に幸せなファン生活となり。弾きとばされた、と当時は思えた組替えがなければ、うまれなかったかもしれない様々な作品。あの組替えがなければなかったかもしれない、隠した脆さを男役の魅力として魅せる力。

 そして今となっています。

 というわけで、明日から観劇の旅に出かけてきまーす。
 サヨナラショーでとうこちゃんの「絶景かな絶景かな」が聞けるといいなあ・・・・・・。

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2009年3月 4日 (水)

純愛小説(?)で苦い爆笑

 本当は去年の秋に読んでたのだけど、あえてここに感想文をのっけるのを大幅に後回しにした^^;

 新藤冬樹「忘れ雪」(角川文庫)を去年9月に読んだ。
 キムちゃん(音月桂)主演の宝塚雪組公演で上演されるとのことなので、どんなお話なんだろうと気になったからだ。
 娘の中学受験直前だから1月下旬じゃ見にいけない。(演出家次第では無理して行ったかもしれないけれど。)キムちゃんの東京での初単独主演公演に行けないのは非常に悔しい。せめて原作を読んで、上演前のわくわく感だけでも味わっておきたいなあ、というのが読み始めた動機だった。

 しかし。
 わくわく感にはならなかった。
 読書感想文を上演前にアップするのはやめとかねば、と思った。このブログは辺境の地ではあるけれど、それでも、事前に上演意欲をそぐようなもんをうっかり読んでもらいたくないくらいには、私はキムちゃんに愛着があるんだもん。
 さて、上演終わって大分だったことだし、観劇我慢祈願が効いたのか娘は志望校に合格したし、もうそろそろいいわよね、ということで、ぶっちゃけた感想を書いてしまいましょう。

 娘の受験さえなければ、キムちゃん主演公演だし、間違いなく足を運んだはずの私。
 そして、その場合、終演後、怒りにふるえてふるえてふるえまくっていたことでしょう・・・・・・・・・・・。まあ、作・演出が児玉明子という名であったので、怒りにふるえつつも≪ここまでとは、と予想しなかった私が悪かったよ・・・・・≫と自嘲しつつの感想になった可能性大だけど。上演後の観劇感想のネットめぐりはしてみたけれど、どうやらストーリーに大きな改変はなかったようで・・・・・^^;


(本に紹介されているあらすじ)

『瀕死の子犬を偶然拾った深雪は、“忘れ雪に願いをかければ必ず叶う”という祖母の教えを信じて、子犬の回復を願った。そこへ獣医を目指す桜木が通りかかり子犬を治してしまった。忘れ雪の力は本当だったのだ!不思議な力に導かれて出会ったふたりは、次第に惹かれあってゆく。やがて別れの時を迎えた深雪と桜木は、“7年後の同じ時間、同じ場所”での再会を約束するが…。愛しているのにすれ違うふたりの、美しくも儚い純愛物語。』

 この段階では期待しましたよ、そりゃあ。
 美しい恋愛小説は大・大・大好きですから。

 けれども。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 前半。主人公の青年・桜木の言動を読みながら、その愚直なまでの優しさ・誠実さとか不器用な真面目っぷりなどに、若き日の上川隆也さんをイメージ。押し出しが強く攻撃的な芸風のキムちゃんのイメージとはちょこっと違うかなあと思ったりもした。
 ひっかかる突っ込みどころはいくつかあったけれども、綺麗な展開。親を亡くした薄幸の少女と、彼女が一途に憧れる誠実な青年。「雪の断章」などを書いた佐々木丸美の小説を思い出させる切なさと透明感。

 前半はね・・・・・・・・・・。

 しかし、後半。

 心の底から思った。

「大映ドラマとか東海テレビの昼メロ風のジェットコースター物なら、最初からそうと言っておいてくれよっ!!そうしたら、その心構えで楽しむから。佐々木丸美読書モードじゃなくて、違うスイッチを入れて読むから!」

 登場人物の壊れっぷりがすごい。
 どんでん返しの連続に爆笑。さて次は何がくる?きたきた、こう来たかーーーーー(笑)
 ってな感じになってしまった後半。

 この小説を舞台化するのが児玉明子氏だということに心の底から納得してしまいました。後半のこの爆笑昼メロ展開、登場人物のこの壊れっぷり。児玉作品のあれやらこれやらを思い出すわ。とにかく彼女は、美しいものへのこだわりが強い宝塚ファンと認識を共有しないどろどろっぷりが好きな人だ。

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2009年3月 3日 (火)

シャボン玉思い出語り

 1991年当時の私はミュージカルといったら東宝と宝塚と四季くらいしか知らなかった。
 ただ、1990年に「ジェニーの肖像」というミュージカルに感動して、うまれてはじめて≪同一キャストの公演を同一公演内に複数回見る≫という行動。上演情報をしっかりチェックして、好きそうなタイプの舞台は逃さないようにしていきたいなと考えるようになった。

 そんなわけで、「ミュージカル」誌で紹介されていた音楽座という劇団の舞台も試しに見てみようかな、と思いたち、青山劇場の当日券売り場に出かけていった。
 日曜マチネ。特に早い時刻に並び始めたわけでもないので、チケットが購入できるかどうか際どい人数。でもなんとか2階最後列端の席をゲット。

 「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」
 
 あらすじも知らない。出演者も知らない。予備知識はなく、本当に≪なんとなく≫やってきた劇場。プログラムをぱらぱらとめくり、室町あかねさんや瀬川佳英さんは宝塚OGさんよね、石富由美子さんはレ・ミゼラブルで知っている。その程度にしかわからない。

 舞台が始まる。
 SFファンタジー的にはじまる導入部。養父であるヤクザ男のおっちゃんに乱暴され殺された少女・佳代。彼女は、事故で瀕死の重傷を負った仲間のために生命をおくための仮の体を探していた宇宙人達の力によって、死んで終わったと思っていた人生を再びおくれることになる。それを機会に、育った場所を逃げ出し。
 しかし、相変わらず巧妙にスリを続けながら生きる刹那の日々。
 そんな生活を送る日々の中で、作曲家になることを目指す青年・悠介に出会う。不器用な彼に呆れつつも一途に夢を追う彼に惹かれる佳代。お佳代、悠あんちゃんと呼び合う二人は愛し合うようになる。
 が 佳代を殺したはずの男との再会が二人の人生を狂わせていく。幸せな日々にはいくつもの影が襲いかかってくる。

 綺麗な高音でぶっきら棒に関西弁を喋る佳代の土居裕子さんの舞台をこの日はじめて見た。素敵だなあ、この人(#^.^#) 歌声がそりゃまた素敵で。
 出会ったばかりの幸せな頃の佳代と悠あんちゃん。愉快でコミカルな舞台展開が2幕では一転していく。

 どうなってしまうんだろう、この二人は。
 手に汗を握りながら見つめる。
 多分、幸せになるよね。幸せにならなきゃいや。
 そう思う一方で。

 ただのラブラブハッピーエンドってのもちょっと単純すぎるだろうなあ、とか思ってしまう自分もいたりする。

 しかしラストは自分の予想斜め上の展開だった。

 こう来るのか!瞠目した。
 伏線はしっかり回収される。
 形はかわり記憶はなくなっても愛は続いていく。ずっとずっと・・・・・・・・。言葉ではなく仕草でそれが示される。
 終演後、しばらく席を立つことが出来なかった。ぼろぼろ泣き続けていたような気がする。あまりにも美しい終わり方に。

 この公演で土居裕子さんという人を覚えた。
 音楽座の作品は次もぜひ見てみようと思ったら、その次に上演されたのは「マドモアゼル・モーツァルト」だった。
 一生ついていきます!と思った。

 当時はまだちゃんと認識していなかったのだけど、はじめて見たシャボン玉には、その後大好きになる畠中洋さん、吉野圭吾くん、駒田一さんも出演してたんですよね。贅沢な並びだったなあ(#^.^#)(その人達が2008年の「タン・ビエットの唄」で共演ってのは嬉しかったですねえ)

 今年6月にRカンパニーで「シャボン玉とんだ宇宙までとんだ」が再演されるということなので、ちょっと思い出語りなんぞをしてみました。

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2009年3月 2日 (月)

弥生

 あらら、いつのまにやら3月です。
 2月末日までゲーム三昧だった娘は3月1日から中学の宿題などを開始してます。といっても、3月1日は日曜日だったので、3時間弱で英語・数学・漢字をぱぱっとすませた後、ゲームしてましたが^^; 何年も昔に発売された「リリーのアトリエ」にどっぷりはまって錬金術にいそしむわが娘。

 今月の観劇予定

 星組、星組、星組、マルグリット、ニュー・ブレイン

 ムラで3回星組を見ます。
 とうこちゃんのラストを見たいという思いを助けて協力してくれた友人たちのおかげで、OMC貸切&前楽&大楽と、2日で3連チャンです。
 友の会抽選確認日の前夜「こんなふうに何人もの友達が私がラストを見られるように祈っててくれるなんて、なんて幸せなことなんだろう」と幸せをかみしめていたのですが。抽選結果を聞いて、まず最初にひっくり返りそうになりました^^; その後、ふるえてきたり泣けてきたり。友の会カードを持っている友達も持ってない友達も、ありえないような結果をとても喜んでくれて、当選そのこと自体も嬉しいけれど、本当に幸せなのはこうやって喜んでくれる友達が何人もいるということだな、と自分の幸せをしみじみ実感。
 幸せをかみしめながら公演を目にやきつけてきたいと思ってます。

 とりあえずは体調をしっかり整えておかなくてはーーーーーー。

 昨夜は「ボルタレンが効かない!耐えられない!」とのたうちまわっていたのですが、今朝起きたら「今日は痛み止め無で過ごせそう?」といった感じ。
 昨日は朝、図書館に本を10冊返却してまた借り直して、スーパーで買い物しまくって、夫&娘の服を安い店で買いまくって、とやって大荷物抱えたのがまずかったかな。先月も、スーパーで10キロ米買ったら、その後激痛がやってきたし。
 自分の住んでいる区と隣接区の図書館で常に貸出限度数いっぱいの本を借りるという生活にも見直しをかけていかなければならないのかしら^^; 米は家族に頼めるかもしれないけれど(10キロは嫌だ5キロなら、とか言われそうだけど)、頻度の高い図書館行きは家族には頼めないのが困りもの。

 万全の体調でムラに行くためには、「渋谷アリス」観劇はやはり諦めざるをえないかな。荻田浩一演出全開なんじゃないかという気がするのでみてみたい気持ちはあるのだけど。

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