« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月

2011年5月31日 (火)

5月に読んだ本(物語)---荻原規子、小野不由美、有川浩、野村美月、神永学、橘香いくの、本宮ことは、ジェイン・アン・クレンツ、アイリス・ジョハンセン

 本の置き場所がどんどん減っているにもかかわらず、本を買い込んでしまった今月。
 シェイクスピア「オセロー」(ちくま文庫)と上橋菜穂子「天と地の守り人」上中下巻(新潮文庫)も購入。上橋菜穂子&荻原規子&佐藤多佳子の長い鼎談が載っているのが嬉しい文庫版守り人。上橋菜穂子の守り人シリーズと有川浩の図書館戦争シリーズは、文庫購入と共にハードカバー単行本は手放す予定。レッドデータガールの文庫化も始まるようだけど、こちらは単行本の装丁が好きなので文庫を買い直すのでなくハードカバーをそのまま持っていようかな。


荻原規子「RDG4 レッドデータガール 世界遺産の少女」(角川書店)

 角川アニメによるPVも作られたりして、角川が気合い入れて売ろうとしていることが伺える一冊。アニメ化でも狙ってたりする?最終巻が何巻になるか、それがいつ頃になるかがもし現段階で見えているのであれば、アニメ化話が動き出しててもおかしくないような気も。やっつけアニメだった1クールの「西の善き魔女」みたいな物なら絶対見たくはないけれど、上橋菜穂子作品のアニメ化みたいに丁寧に作られる物なら見てみたいような気もする。

 荻原規子の小説のヒロインははっきりきっぱりで行動力のある少女が多かったから、泉水子ちゃんのような内向的な女の子でずっと続いているというのはなんだかとても新鮮で楽しい。十代半ばの彼女が、自分の周辺の優秀な生徒達に圧倒されながら、行きつ戻りつしながら自分を成長させようとあがいている姿が、健気で可愛い。不器用な生真面目さが可愛くて可愛くて、彼女を可愛いと好印象持ち続けている真響さんについつい共感してしまう。真響さん自体はあまり好きじゃないんだけど^^;

 泉水子ちゃんに憑依する姫神の謎も、少しずつ少しずつ明らかにされてきている模様。 ずっと年一冊刊行だったけれど、5巻は秋に出るとのこと。楽しみだな。そろそろ深行の泉水子に対するぶっちゃけた本音も知りたいな。

 1-3巻の感想はこちらに。


●小野不由美「ゴーストハント4 死霊遊戯」(メディアファクトリー)

 終盤の、ナルと麻衣の会話、少しカットが入った。このカットは微妙だ。最初の物は、マッドサイエンティストのナルに合わない気遣いと言いまわしかなあという気もしないでもなかったんだけど、でも、なくなってみると寂しい。カップリングでナル麻衣をおしている人は残念がる人が多いのではなかろうか。
 要するに、ナルが、ただ謝罪の言葉を言っているだけ、というのが物足りないのよーー。旧版だと、ナルは、麻衣が依頼者にのめりこみすぎるから辛かっただろうと言及して謝っているのに、その部分がなくなっちゃったのが寂しいのよ。麻衣が依頼者の気持に寄り添い過ぎる、のめりこみすぎるということを、ナルが好意的に把握している描写ってのは、なくしてほしくないものなのよ・・・・・・。
 まあ、作者は、このシリーズが少女小説レーベルから離れたのを機に、カップリングを連想させるような要素もなくしていってしまいたいんでしょうねえ。

 リライトで絶対に直されるだろうと予想していた部分は、そのままだった。
 夜の学校で麻衣が一人、ナルの指示により記録用のテープの交換に向かうくだり。
 危険であるはずの保健室に麻衣と綾子のみ残して他の皆が調査に向かうくだり。

 特に一点目。ナルは夜の調査には慎重であるはずだという設定だと思うんだが、現実にはこういうポカをやらかしているんだよな。霊能者であるか否かが不明のピヨピヨの麻衣を夜の学校で一人で移動させてはいかんでしょうに?有能であるはずのナルの肩書に傷がつくよ?
 二点目も。保健室が危険である可能性を麻衣は一応告げている。そりゃあ麻衣は霊能者としてはひよっこではあるとはいえ、放送室の火事を当てたという実績もつい最近はあったわけだし、彼女の指摘する危険個所にもうちょっと気をつけてあげたっていいじゃないか?少なくとも、倒れた彼女を運びこむ場所として保健室はふさわしくなかろう?
 旧作時代シリーズを通して読んでいて、一番ひっかかっていたのが四作目のこの二点だっただけに、リライトでかわっていなかったのが残念。

 ・・・・・・・と、ここまで書いてから、ネットで感想をあちこち検索してまわった。
 ナルは麻衣の未発達の霊能力をもっとひきだすために、あえて麻衣を危険な目にあわせたんではないかという推測を読んだ。なんだか妙に納得してしまった(笑)その推測でも、もっと書き足さないといろいろ不足な面はあるのだけど、ナルが配慮不足でうっかり麻衣を危険な目に合わせたというよりは、ナルが目的達成およびマッドサイエンティストとしての好奇心を満たすために、故意に麻衣を危険地帯に送り込んだ、の方が断然納得できるんだわ。そんなふうに納得させてしまうナルの性格って極悪・・・・(笑)

 越後屋が「手の者」という語彙をさらりと使っているのには笑った。おいおい。
 彼は大学進学後も、学内に、手の者を従えるような人脈をつくりあげるのだろうか?(笑)そしてその人達についても、手の者と呼ぶのだろうか?

 この後の展開がどうなるかわかっているにもかかわらず、ホラー要素が怖くて楽しい。笑顔全開でホラーを読み、娘に不気味がられる読者の私。
 表紙の温熱加工も大変楽しゅうございました(笑笑笑)私はあの手のしかけは面白がるけれど、心の底から恐怖するという人も多いかもしれない。こわがりの自覚のある人は、手で触ったりして温めるのではなくドライヤーで熱風を吹きかける方がいいのではないかと思われる(笑)


●有川浩「図書館危機」図書館戦争シリーズ (3)(角川文庫)

 短編「ドッグ・ラン」所収。笠原郁&堂上教官の組み合わせ。両想いを互いに確認する前から既に甘々の二人。

 今回は短編よりも、有川浩&児玉清特別対談の方が面白かったかも。児玉清さんって、面白い小説、面白い物に対して貪欲だからこその博学な方だな。大衆小説、ライトノベルだからといったレーベルに惑わされてそのカテゴリーの小説を軽視することがなく、面白い物は面白いんだ、良いものは良いんだとと言って、自身よりもずっとずっとずっと若い作家に対しても敬意をもって接し、学びたがり知りたがるその姿勢、とても素敵だ。年を重ねたらこうありたいという方だったんだなあ・・・・・・・。大衆にとって面白い小説、エンターテイメントを語るにあたってユゴーとデュマに関する言及をしているが、これもとても面白かった。


●野村美月「"葵" ヒカルが地球にいたころ……(1)」(ファミ通文庫)

 恋多き学園の"皇子"ヒカルの幽霊が、是光(これみつ)の前に現れる。
 幽霊につきまとわれ続けたくないから、しかたなくヒカルの"心残り"を晴らす協力をすることにした是光。しかし、ヒカルの心残りの相手である葵は、頑なで話も聞こうとしない。葵の友人である生徒会長・朝衣も是光を不審がる。偶然の機会を利用して、式部の忠告を得ながらなんとかヒカルの思いを葵に伝えようとする是光であるが・・・・。

 源氏物語成分をあちこちに散りばめた学園ラブロマンスおよびライトミステリー。
 イラスト担当は"文学少女"シリーズと同じ、竹岡美穂。淡い色合いと、寂しさの同居する可愛らしさで描かれた少女の絵。
 そこそこ人気が出れば、次巻の夕顔編の後、若紫、朧月夜と続くのだそうな。四巻完結ってこと?さらに続く可能性もありってこと?ちなみに、我が家の娘は源氏物語で一番好きな女君は浮舟なんだそうだ。だから浮舟が出ないと寂しがるかも(笑)

 いかにもライトノベルだなあ、中二的色合いが強いなあという部分もあるけれど、ツンデレな葵は可愛い。数ある女君の中でもまずは葵の上から始まるというあたりが、野村美月作品だ・・・・・・・。

 最初の巻は"文学少女"シリーズとのコラボ小冊子全プレの応募券目当てに購入したけれど、さて次巻以降はどうしようかしら。

 そして、私はこの年にしてプルースト未読なんだけど、やはり読んでおいた方がいいのかな、とちょっと考え込むのであった。本棚の中に三冊ほど置いてはあるんだけど、あるだけ状態・・・・・・。


神永学心霊探偵八雲 1 赤い瞳は知っている」(角川文庫)

 ジャンルとしては、ミステリーなのかな?ビジュアル的には少しホラー的な要素も?

 大学生の斉藤八雲は生まれた時から左目の瞳が赤い。その瞳で死者の魂を見たり、会話することができる能力を持っている。異能ゆえに、他者を寄せつけない孤独でひねくれた性格だったが、幽霊騒動をきっかけに知り合った同じ大学に通う・晴香に少しずつ心を開き始め、叔父・斉藤一心や、幼い時に殺されかけた彼を救ってくれた刑事・後藤和利など、他の人達との関係も変化し始める。次々と巻き起こる、トラブルメーカー・晴香が持ち込んでくる心霊事件の真実に、赤い瞳と洞察力によって近づいていく八雲。

 晴香が八雲の目に対して見せた反応・・・・・・山口美由紀の「フィーメンニンは謳う」でユリウスがラミアドナに見せた反応と似てる(笑)

 2巻から8巻までは、図書館でセットで予約しているんだけど、予約順位を見る限りでは、借りられるのは2、3カ月後かな。去年のアニメ化のおかげか、古書店に結構出回っているようなので、大人買いしちゃおうかしら(笑)
 

橘香いくの「ブランデージの魔法の城 魔王子さまと冥界の罠」(コバルト文庫)

 シリーズ五冊目。クライマックス導入編?これ一冊ではまだ完結していない。
 国王の病状回復。国王と王子ドナティアン・シャルルには和解の兆し。そしてヒロインのアドリエンヌと魔王子ドナティアン・シャルルの婚約が発表される夜がやってきた。しかし、平民であるアドリエンヌに身分を与えるため、彼女を名門貴族の養女にするという話を王子がアドリエンヌの意向を尋ねもせずに勝手に進め、アドリエンヌには寝耳に水という形で聞かされることになったことが原因で、ふたりの間に深刻な溝が生まれそうに。ドナティアン・シャルルのすすめた案は、いずれは王妃にもなるかもしれないアドリエンヌが平民の娘として蔑視されるといういらぬトラブルを避けるための最上の策ではあるのだが、家族を愛し、家族を誇りとし、平民であることにコンプレックスを持たない真っ直ぐなアドリエンヌは、こんな形で「当然喜んで受け入れるだろう」とえさをぶらさげられていたって、それは彼女がすすんで食べたい餌とは思わないのだ。しかし、孤独の中でずっと生きていてアドリエンヌだけが孤独を癒してくれる大事な存在である王子にとって、アドリエンヌの頑なな拒否は「自分よりも家族を選ぶのか」の疑念になってしまうのだ。そんな中、闇の魔術師メナンドロスと、ドナティアン・シャルル王子を憎む王妃の魔の手が・・・・・・・。そしてヒロイン最大の危機!愛する魔王子様は罠で遠ざけられて遠隔の地に。彼女はどうなる?

 ・・・・・ヒロインがその優しく素朴ながらも強靭な性格であるがゆえにいっぱい作れてきた味方の誰かが、助けにうじゃうじゃわいてくるんだろうなあ、そして肝心の魔王子さまは少し遅れて登場したりして、また嫉妬心で苦悩しちゃったりしそうだけど、それも可愛いからいいんじゃないかと。


本宮ことは「狼と勾玉 夜空に月の舟浮かべ」(コバルト文庫)

 シリーズ2冊目。
 表紙イラストを見る限りではとてもそうとは見えないけれど、一応は、和風ファンタジー。
 1冊目から既に主役コンビが両想いとなっているので、シリーズが長くなると、恋愛成分よりも戦い成分が濃くなっていくのかな、この作者の作品の場合。

 乙女ゲームで和風ファンタジーのゲームシナリオを書かせたら面白い物を書けそうな人なんじゃないかなあ、なんてことを思わせる、そんな作風。

 どんどんシリーズが増えていっているあたり、絶好調の若手作家ならではなのだろうけれど、長編シリーズは全部ちゃんと畳んでくれる作家でありますように。ライトノベル世界は、売れ線作家ってシリーズ多発させるものの畳ませることは二の次みたいな風潮がなきにしもあらずに見えるので、その世界の中で下手な方向に足を突っ込みませんように。

○アイリス・ジョハンセン「ふたりの聖なる約束」(二見文庫)

「青き騎士との誓い」のヒロインの妹を主人公とする続編。
 原題「The Treasure」

 美しく成長した少女と、それをいつも見守ってきた戦士の物語、と聞くと、好みのタイプの話かなあ、と期待したいところだったけれど。
 
 自制、意地の張り合い等に関して、理由にいまひとつ一貫性が無く、一貫性が無いがゆえにラブシーンが過剰になりすぎ。しかも淫靡だったりするし・・・・・・・。そういう部分が面白い人がターゲット層ですか?(涙)アイリス・ジョハンセンのロマンス小説は、ラブシーンの印象度の強さとストーリーの面白さが反比例していると思うなあ。

 12世紀末のヨーロッパを舞台とするヒストリカルロマンス。ちょっとファンタジー入り。


○ジェイン・アン・クレンツ「夢を焦がす炎」(二見文庫)

 原題:Fired Up
 アーケイン・ソサエティのシリーズって、作者のお気に入りなんだろうか。読者受けが良くてシリーズとして続いているんだろうか?


○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本
◎図書館で借りた後に購入手続きした本

| | コメント (0)

2011年5月30日 (月)

5月に読んだ本(物語以外)ーーー森崎和江、伊勢崎賢治

○森崎和江・中島岳志「日本断層論―社会の矛盾を生きるために」(NHK新書)

 ノンフィクション作家であり詩人でもある森崎和江の半生を、孫世代の中島岳志が聞き役となって、語ってもらっている一冊。

 植民地という原罪、中央の論理で坑夫たちの生活、運動の中での女性としての様々な思い。硬直化したロゴス的思考にならず、パトスの部分を切り捨てない形でしなやかに思索を続ける森崎和江の数十年に渡る思いと生きざまを、中島岳志が丁寧に聞き出していく。
 巻末に、森作和江の著書紹介とそれに対する中島岳志の寸評なんかがほしかったなあ。でも対談読んでる限りでは、中島岳志は、面白さと圧倒される思いでわくわくしていて、ちゃんとした書評ならともかく≪寸評を並べる≫なんてのは出来ないんだろうなあ(笑)こういう、入門者向けの本だと、紹介におけるそういった親切さは是非ほしいところなのだけど。

 今度、時間をつくって、「からゆきさん」以外の森崎和江著作の一気読みをしてみようっと。
 私事だけど、自分の母が、コミューン的なものに憧憬と幻影と幻滅を抱いてきた人だった。森崎一気読みすることで、四半世紀前に死んだ母の生き方や思いを今よりも理解できるかも???


○「紛争屋の外交論―ニッポンの出口戦略 (NHK出版新書)

 今年刊行された本。

 東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタン等、紛争の最前線で、NGO職員として、あるいは、国連職員として、紛争解決のための活動をしてきたという経験・視点から、日本の外交の現状について批判をまじえて語っている。具体的問題として「拉致問題と北朝鮮」「沖縄『独立』論」「日米同盟VS九条と自衛隊」という章が設けられている。

 「国際問題一般に対して、日本のメディアは独自の発信源がほとんどない」というメディア批判。海外の通信社の報道を買っているだけの部分が多い。主体的に情報収集している所だと、メディアによる高度なでっち上げもうまくなったりするが、主体的情報収集が出来てない日本のメディアには海外メディアの高度なでっち上げを鵜呑みにしやすい土壌がある、と。そうした中、情報の受け手も、売らんかなの劇場型報道の好戦性に巻き込まれていきやすい。そして、好戦性を付与された人々に支持されるような形で、拉致問題でも尖閣諸島の問題でも、非常にまずい外交をやってる、と。

 拉致問題では、相手の面子を立てながらの対話を提案。世論の反発必至かもしれないが、拉致被害者家族の蓮池透さんの見解を紹介しながら、本気で拉致被害者を助ける目的があるのなら対話の主導権を日本が握れる局面に持っていけるように北朝鮮の面子も立てるような対話をもっとうまくやるべきとの主張。戦略的に下手に出るというのは弱みを見せるのとイコールではない。

 実際に、紛争解決屋として喧嘩で前面に立ってきた人ならではの、非常に現実的な提案か。

 沖縄の基地問題に関しても、似たような形での喧嘩法を提案している。分離独立というカードで≪本土≫を脅して、譲歩として、少なくとも在沖縄米軍の地位協定の締結権をまずは≪本土≫から奪い取れ、と。分離独立をちらつかせつつ、その後しぶしぶ妥協するふりをしながら沖縄にとって実のある現実的政治決断を一つでも多く引き出せ、と。
 ≪紛争屋≫の発想ですね、まさに^^; 喧嘩の上手なやり方、といった感じで。

 こうした発想の人だから、いわゆる護憲派の運動のやり方に対しても手厳しい。
 九条護憲、軍事反対、自衛隊反対を掲げる日本のNGOは、国内の政策上のアジェンダのために遠い紛争の国の現実を搾取している、とまで言い切る^^;
 搾取はともかくとして、九条の使い方が下手、日本人に九条はもったいないという視点は確かに、真摯に考えるべき。

 巻末に社会学者の宮台真司氏との対談。領土問題での出口戦略の一つとして国境をソフトボーダーとし、国境を両国で管理する方法を強く主張してる。ここでもやはり、外交において≪損して得取れ≫の戦略的コミュニケーションで自国利益につなげていけ、と。

 去年、この著者の著作を立て続けに読んだ。その時書いた感想文はコチラ

○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本
◎図書館で借りた後に購入手続きした本

| | コメント (0)

2011年5月26日 (木)

「阪急電車」を見てきた

 映画「阪急電車」を見に行ってきた。

◆見に行く前

 原作未読の友達から聞く評判は良かったので楽しみにしてた。

 去年の夏に有川浩の小説を片っ端から読み始めてたので、映画化情報が公開された時点で原作既読だった。文庫化されたら本を買おう、と思ってたので、グッドタイミングな映画化情報だった(*^_^*)

 小さな電車に乗り合わせただけの、人生が交差するはずのない人々が、ちょっとしたことをきっかけに小さな会話をかわす。その会話の後、目の前にみえてくる人生の光景が少しだけかわってくる。ただそれだけの、でもとてもあたたかくて幸せな物語。

 去年の8/29に、西宮に観劇に行く時、往路で阪急今津線にも乗ってきた。車内の雰囲気を味わってこようと思って。
 JRで宝塚駅まで行ってから阪急今津線で西宮駅まで。2009年3月で、宝塚観劇のためにムラに行くのはおしまいにするつもりだったので、宝塚駅にまた来ることがあるなんて自分でもびっくり。通過しただけだけど。
 今津線から見る景色の印象は
「東京だったら、多摩モノレールから見る景色が近いかな」
といった感じだった。閑静な住宅街のど真ん中。あちこちに土手。中規模の川。少し遠く、でも遠すぎない位置に山。高層の建物がぽつりぽつり。

◆討ち入りの彼女ーーー翔子

 中谷美紀が出る!と聞いた時点で、役名を見る前から
「絶対に、討ち入りの彼女の役だ。合ってる合ってる」
と反応してしまった。

 映画の中で一番好きだった場面は、小学生の翔子が
「聞いてないのに教えてくれてありがとう」
という言葉をいじめっ子女子生徒達に言い放ったのを耳にした際につぶやく
「・・・・・お見事!」
という台詞の、その言い方。
 ここから続く、翔子と翔子のやりとりがいい場面だった。原作を読んだ時にこんな感じかなと思い描いていた通りに、いえそれ以上の形で、凛とした少しきつめの喋り方、でも生き方に加わってきている柔らかさが。
 戦い続けてきたオンナ、これからも戦っていくオンナ。世代は全然違うけれど生き方を同じくする者同士の、思いがけない形での交流。小学生の翔子に明日以降待っているのは、やはり一人きりの日々だろうけれど、彼女はこれからは孤独を感じた時に、自分と似てると語りかけてきてくれたお姉さんを思い出して、負けることなく障害を突っ切っていくんだね。

◆人生の機微に触れた彼女---ミサ

 イケメンの彼氏のDVに耐えて耐えて、ついには耐えきれなくなった女子大生の彼女。
 彼の暴力の原因や背景は明らかにはされていないけれど、≪女子大生≫という言葉から世間一般の男性がイメージするところの軽さやきつさに彼女がすっぽりとはまってしまっていることへの苛立ちがあったりする?

 「おばちゃんってサイテー」と、車内マナーがひどいおばちゃん集団に対してすんなりつぶやいちゃう彼女。彼氏が結婚式の常識を知らないと聞くと、ついつい追い詰めるような形で彼の無知を指摘しちゃう彼女。結構きつい・・・・・・。
 けれども、そのおばちゃん集団のうちの一人が胃炎で体を二つ折りにしてしまうと、躊躇することなく助けに入り、一緒に列車を降りてベンチに並んで腰かけて、ストレス性胃炎のおばちゃんに真剣にアドバイスをしたりする。

 きつさと無遠慮スレスレの優しさの同居する、ややアンバランスな彼女。戸田恵梨香、意外と(と言ったら失礼か?)似合ってたーーー♪

 原作のミサは、会社帰りの翔子を車内で見かけても、それが半年前に見た討ち入りの白ドレスの彼女だとは気づかないけれど、映画のミサは顔を見て気づいているのね。
 人生の機微に触れたとお茶しながら語り合う二人は、討ち入りの話なんかも始めたりするんだろうか。ミサはそれに対してどんな反応をするんだろうね?

◆かくありたい年配女性---時江

 映画の中で若干違和感になる場面はほとんどが原作には無い場面だったけれど、一か所だけ、原作にもある場面が。
 凛としたお婆ちゃんの時江さんが、電車の中で、孫を席に座らせて自分は立っている場面^^; そういえば自分の子がまだよちよち歩きだった頃、こどもに席を譲ってくれようとする老齢の女の方が意外と多いというのは、私には結構カルチャーショックだった。抱っこしてる頃だったら、ありがたく譲っていただいてたけれど、でも歩けるこどもが年配の方から席譲っていただくのはあかんあかん絶対あかん、と思ってたので^^; 譲られてすわることに慣れるとすわれない時に愚図る可能性高くなりそうだし、明らかに逆の構図を受け入れてしまうのはこどもの将来のためにも良くない。時江さんみたいな人だったら、孫に
「折角坐れる隙間があるんだからすわりたい!」
とぶつぶつ文句言われても意に介さず
「健康なこどもが我先にと坐って一緒にいる年配の人間を立たせておくというのは、人としてとてもみっともないことなのよ」
とにこやかに厳しく言って孫を立たせておく方が不自然でないような。読者の私と作者の有川浩さんの生活背景の違いによる関心の違いゆえにそんなことを思ってしまうんだろうけれど。

 原作では時江の怒りの喧嘩モードは車内にいた若いカップルにもっていかれちゃうけれど、映画の時江は喧嘩モード大炸裂。常に戦ってきた女は、突然の状況でも勝てるべく研鑽をつんでいる。かっこいいねえ。氷室冴子のエッセイ「とても素晴らしかった旅行について」をなんとなく思い出す。ああいった経験を幾度も重ねながら強くなっていく女たち。ことなかれ主義に陥らず、こんな女でありたいな。

 宮本信子が、どんぴしゃりキャストだった♪

◆素敵なアホ彼のいる彼女ーーー悦子

 いい恋をしているんだ、とミサにこっそり羨ましがられちゃう彼女。
 いい恋をしているのは、彼女がいい子であるからこそ見た目や表書きに左右されることなく中身で彼を選べたからこそ。
 彼はいい男だねえ。ありえないくらい良い男だという気がするけれど、有川浩ってこの手の、耐えるべき時にちゃんと耐えられる男を結構頻出させている。有川浩がいい恋を重ねてきたからこそなのか、いまのダンナさんの性格が反映されているのか?(#^.^#)

 原作の悦子は関学受験を諦めて別の進路に進んだけれど、映画の悦子は浪人して関学を目指すのかな??? 

◆軍オタで美帆オタの彼と野草採取が好きな彼女---圭一と美帆

 その周囲にだけ、違った時間が流れているような、ほんわかカップルの二人。
 でも、周囲の人とは時空の流れが違うとはいえ、今津線という空間には不思議とマッチしているともいえる二人。そんな二人の、出会いから、一線を越える関係になるあたりまで。一線を越える前の描写は、コミカルなエフェクトを入れたりして、真最中の直截的描写は映画ではカットされてたりするのも、このほんわかカップルを描くにはマッチしていたかもしれない。映画化にあたっての原作改変が一番成功しているように見えたのがこの二人に関する描写。映画監督は、この二人の関係がきっととても好きで理解しやすかったんだろうな。

 「雑草っていう名前の草はないのに」とぼやく美帆・・・・・・。さりげなく「植物図鑑」がまざってる?(笑)にんまりした原作者ファンが多いと思われる。

 圭一の自己紹介とゴンちゃんの自己紹介のタイムラグが原作よりも大きいというのも、結構ツボにはまった。落ち込む時間が長いほど、ゴンちゃんの自己紹介を聞いて圭一が感じる喜びは大きいものね。自己紹介を聞いても彼が全く笑うことがなく、笑いをこらえる様子がなかったというのもよかった。あそこで笑うという発想・視点が全くなかった、というのは、軍オタの彼の、人としての在り方の良さを高めていたと思う。

 勝地涼はうまい若手男優さんだなあ。また新感線の舞台で見られるのが楽しみだ。

◆ストレス性胃炎の彼女ーーー康江

 彼女の人づきあいにおけるストレスというのは、ある意味もっともリアルなものだったりするんだけど、彼女の夫と息子の理解の姿はややリアリティに欠けるものだったかなあ(笑)原作だと、あそこまではっきりと優しい理解の言葉は発してない。
 男性である映画監督さんにとっては、あまり身近でない世界だったのかな。

 南果歩という女優さんにはもうちょっときつめのイメージがあるので、やや意外なキャスティングだったかな。でも、メガネは康江のイメージにぴったりだった。

◆幸せになるのが大変そうな彼女ーーーもう一人の翔子

 小学生・翔子。
 彼女をとりまく状況は何ひとつ改善されてはいないけれど、この世界のどこかにはわかってくれる人がいるという実感を獲得したことによって、今後も戦い続けていくであろう彼女。

◆客席と上映後

 通路向こうの隣席にすわった老齢の男性の方、前半はいびきかいて寝てて、後半はちょこちょこと奥さんとおぼしき女性の方と喋ってた。この種の映画は肌に合わないという男性も多いのかなあ。PTA絡みにつきあいでストレス感じているおばちゃんとか、まだ小学生なのに気位の高い綺麗な女の子に嫌がらせをして楽しむ女の子集団とか・・・・そういったものの存在がぴんとこない層の人ってのは確かに多いかもしれないなあ。

 映画が終わってからトイレの列に並んだら、宝塚ファンとおぼしきお嬢さんが、ムラの話で盛り上がっていた(*^_^*)ムラ遠征の際、タクシーをつかまえるには、宝塚駅よりも今津線の○○駅(←聞きとれなかった)がいいんだとか。ムラに観劇に行く時に、阪急宝塚線に乗ったことはあっても今津線に乗ったことはなかった私にはいろいろ新鮮な情報。

| | コメント (0)

2011年5月16日 (月)

春に読んだ漫画

 今月読む漫画は、あとは、海街diary目当てで購入予定の月刊誌「Flowers」だけのはずなので、3月以降に読んだ漫画の感想をここでまとめておく。


●遠藤淑子「なごみクラブ」(3)(竹書房)

 なごみクラブという名のホストクラブを舞台とする連作短編漫画の三冊目。
 ホストクラブといっても、いかがわしかったりあやしかったりする場所ではない。
居酒屋よりももうちょっと、程度の、ささやかな贅沢価格で訪れると、静かで優しい時間がもらえる場所なのだ。10代の娘に読ませても全然問題の無い、健全なあたたかさ。

 連作が続く中で、なごみクラブ以外の場所にも準レギュラーのような登場人物が増えてきている。

 鬱によるひきこもりを脱出しようとコンビニでバイトを始めた男の子。コンビニ初日で巻き込まれた事件にたまたまなごみクラブのマネージャーが居合わせたために、すっかりマネージャーとは顔なじみに。

 ホストのユウヤの妹の由加ちゃん。難病を経て普通の生活に戻ってきている彼女の「ちょっと痛くてもすごく痛くても病気がつらいのはみんな同じなんだよ」はすごくいい言葉だ。これをいつもすんなり言える、思える人間でありたいな。

 電車で年取った方が乗ってきても誰も席を譲らないかと思いきや、いっせいに同じようなタイミングで中腰になった人が沢山いたり、とか。

 本当にちょっとしたエピソードが胸にしみいり、幸せで切なくて何故か泣けてきてしまう物語。

 すごくいい作品なのに、近所の本屋ってば、発売日の翌日に店員さんに尋ねたらバックヤードからこの本を出してきた・・・・・・。店頭に並べずに数日したら返本するつもりだったのか? 娘に話したら、
「あの本屋はマイナー漫画ではいつもそれやってるよ」
と断言してた。確かに、1巻を買った時も店頭じゃなくバックヤードから持ってきたんだよな・・・・・。ひどいわ。


●杉山小弥花「明治失業忍法帖」(1)(秋田書店)

 太平洋戦後の混乱期を舞台にした「当世白浪気質」の次にはどんな作品が来るのかなあ、と、楽しみにしていた。
 前作が好きだった人はこの作品も面白く読めると思う♪ 2巻以降も買い続ける♪

 今回の作品の舞台は、明治維新でかつての価値観がひっくり返っている時代。
 設定はいろいろ違えども、ストーリーの骨子の部分は前作と共通しているともいえるかな。激動の時代の中で生きる、真っ直ぐな気質の少女、および、時代の変質に疲れて斜に構えてしまってる青年の話。その青年が、少女とのかかわりの中に安らぎを見出しながら、少しずつ自分をかえていく。世間知らずで周囲と衝突することも多い角ばった少女は、青年とのかかわりの中で、柔らかさを身につけていくが、人としての根源の部分は変わらずあり続ける。

 ミステリーボニータで連載中の漫画。
 秋田書店の漫画だけど、作風はなんとなく白泉社テイスト。


○こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社)全3巻

 「夕凪の街 桜の国」の作者が、太平洋戦争の時代の呉を舞台にした作品を描いたと聞き、図書館で借りてきて読んだ。(娘も読んでた)

 ヒロインのすずは、広島から呉に嫁いでいった女性。
 ちょっと不器用だけどおっとりとした雰囲気と真面目さを持つ彼女は、夫とも夫の家族ともなごやかな関係。
 日々の生活の衣食住、繰り返す日常のあれこれが丁寧に描かれている。穏やかで幸せな日々が、しのびよる戦争、次第に近づいてきて、激しくなっていく米軍の攻撃の中で少しずつ少しずつかわっていく。以前とかわってしまったそれが日々の日常となっていく。その中で人々は、おっとりと日常の日々を過ごしていく。だが、以前とはやはり違っている。
 声高に反戦をうたうわけではないし、悲劇として戦争を描くわけではない。しのびこんできて日々をかえてしまう、日常としての戦争を細やかに描く物語。


●山口美由紀「天空聖龍~イノセント・ドラゴン~」(9)(白泉社)

 完結巻。

 サニンは大切なカナンに対してしてはならぬことをしてしまったので、彼に救いが訪れる結末にはならないだろうとは思っていたけれど、それにしても救いが無さ過ぎたような気も。山口美由紀の漫画って、短編では容赦ない暗さのものもあるけれど、長編は結構甘めだったりするので、カナンやサニンの迎えた結末は少し意外だった。そして、カナンのお相手であるはずの、そして主役の一人でもあるはずのラムカの印象度が弱まる・・・・・。

 でだしは壮大な印象だったのに、なんとなく尻すぼみで終わってしまったかな。


●樹なつみ「花咲ける青少年 特別編1」(白泉社)

 絵柄は本編の頃と大きくかわってないので、絵柄で脱落させられるということにはならない。もう少し詳しく言うと、男性キャラについては、本編の頃の絵柄に近づけるべく、作者が非常に気合いを入れていることがよくわかる。特に、美しいユージィンについては(笑)それに比べると、花鹿はあまり気合い入れて描いてもらえてないような気がする。この作者、本当に、女性キャラに対する興味が薄いんだな(苦笑)

 この巻には三つの話が収録されている。

 一つ目は、本編の後の物語。結婚式に招かれてラギネイを訪れる登場人物たち。花鹿と立人がラブラブ。立人が実に幸せそうだけど、花鹿は単なる恋する女の子と堕してしまって覇気を失っている。イザックが玲莉につかまることはなかったことがわかり安堵した(笑)
 二つ目はユージィンの過去話。現在の、花鹿と共にいる彼の幸せそうな姿もちらりと。 三つめはカールの過去話。

 ユージィンは今も昔も変わらないけれど、片恋なのに今は実に幸せそうで何より。

 朱鷺色三角シリーズでも、こんなふうな特別編をやってくれればいいのにねえ・・・零と蕾の(進展していなさそうな)その後とか、すごく読みたいじゃないですか。

| | コメント (0)

2011年5月13日 (金)

アブラキサン二回目と、その前一か月の状況

◆一回目の副作用

 事前に聞かされていた副作用は、タキソールと大体同じような感じという内容だった。脱毛、痺れ。
 私がタキソールを使っていた時には、痺れや関節痛に悩まされることはほとんどなかった。吐き気は結構あったけれど、イメンドが比較的よく効いた。脱毛は当然あったけれど、帽子を新調して気分転換した。

 さて、今回の薬はいかに?

点滴当日(4/15) 全身倦怠感、発汗、胃のむかむか、食欲不振、下痢。

点滴翌日 舌先がぴりぴり。舌先に味覚が無い。
     手の指、第二関節から先がピリピリ。
     足の指がピリピリ。
     倦怠感と発汗と下痢は消えた。
     昼過ぎたら胃のむかむかもかなり減少。

二日後  午前中は元気。
     夕方から発熱・腹痛・全身倦怠感。

三日後  発汗再び。
     髪とシャツがずぶぬれになるようなレベル。

14日後  一気に脱毛が始まる。
     人形用の鬘がつくれそうなほどばっさばさと抜けた。
     これだけいっぺんに抜けるとホラーのようだ(笑)。
     頭皮がひりひり痛む。

 四日目以降の、脱毛以外の副作用については忘れた^^; 
 メモを残そうという気にならなかったということは、つまりは、副作用を意識せずに生活できてたんだと思う。階段のぼるのがしんどいとか、すぐバテバテになるとか、微熱があるというのは相変わらずだけど、それはもう日常の事柄として慣れてしまった。咳や息苦しさはない期間が長く続き、胸水は4/8抜いた後は5/10まで抜かなかった。一か月以上も胸水を抜かなくても平気だったというのは、アブラキサンがとてもよく効いているってことかしらね?(笑)


★二回目点滴の三日前(5/10)

 息苦しさがひどくなり、胸水1500ccを抜く。

 レントゲンの画像だと、胸水は少なめに見えたらしく、先生は
「そんなにたまっている様子はないんだけど、抜いていく?」
と尋ねた。苦しいから病院に来たんですけれど? 5/7には帝国劇場の2階トイレから2階ロビーまで移動するだけで息が切れたんですけれど?ほんの少しだけの段差で大したことないのに。健康な時は、そこに段があるなんて意識すらしなかったようなレベル。去年の6月に「キャンディード」を1階で見た時は、幕間のトイレダッシュで少し出遅れたので、1階トイレでなく2階トイレへ、と、階段のぼる選択をするにあたり、全然躊躇なかったのに。たった一年で体調がこんなに違ってる。

 病院に行く前に37度4分だった体温は、帰宅したら38度5分まではねあがった。


★点滴前々日(5/11)と点滴前日(5/12)

 点滴二日前。38度台の熱はなかなか下がらず。
 困ったなあ、と思いつつも、解熱剤は使わない。解熱剤、あまり好きじゃないんだ。病状に関する自覚を狂わせるから。

 しかし、点滴前日の朝。体温を測ったら、36度2分だった。
 平熱だ・・・・・・・。健康な人にとっての普通の平熱だ。
 ここ何カ月か、私自身は見てなかった体温だ。
 何が起こったのだろう。

 赤坂ACTシアターに「港町純情オセロ」を見に行くんだ!という気合いが熱を下げさせたのだろうか???????? 気合いで熱って下がるの?

 でも、去年も同じようなことあったんだ。上演時間8時間超えの「ヘンリー六世」観劇前に。
「一昨日就寝前37度9分、昨日明け方37度3分、午前9時36度5分、昨日夕方より35度台。解熱剤等は使ってません。さあ、今日は、休憩こみ8時間半のシェイクスピア観劇の日。」
と、観劇当日にTwitterに書いてる^^;

 本当に、何が起きたの?
 気合いの影響?
 科学的説明がほしい(笑)


★二回目点滴当日

 血液検査の後、トイレに行ってから外科待合室の椅子に座り、朝に読みそびれていた新聞を読み始める。
 が、1頁読み終わらないうちに、外科診察室から出てきた先生に直接名前を呼ばれてしまった。(普段は、看護師さんに呼ばれてから中待合室に入る)
 採血結果が出るまで、いつも1時間くらい待つのに????

 中待合室に入った後、診察室に直行していいかわからず10秒ほどうろうろしていたら、
「入っていいよ」
と先生に中から声かけられた。待合室混んでいるのに、先生ったら、順番激しく無視してます。私はVIP患者ですか?(笑)アブラキサン一回の請求に脅えるただの貧乏患者ですよ。
 今後長くないつきあいだと感じているからすこーし特別扱いしてくれるのかな?待合室見た感触だと、自分は平均年齢よりもかなり若いので、そういうのもあるのか???

 いやいや、本物の特別扱いってのはこんなもんじゃありませんって。多分。私は貧乏な平民だからそういう世界を知らないだけよ!と、自分で自分に突っ込みを入れる。

 採血データは全項目はまだ出てないが、白血球の数値は正常なので、すぐ点滴しちゃおう!とのことらしい。前回の副作用、三日前に胸水を抜いた後どうだったかを尋ねられた後、すぐに点滴へ。

 また右手を使われる。右手には、非常に使いやすい血管があるんだそうだ(笑)
 長く使えるといいねえ・・・・・・。
 左手の血管は2004年2月の初・抗がん剤(AC)の頃からずーーーーっと使ってきたから。左手の血管に匹敵した長さで使えるくらいには長く生きたいわねえ。

 外来注射室への移動の際に、看護師さんに
「採血データまだですよね?」
と、経過を聞かれた。それ、私が説明することなんでしょうか?(笑)看護師さんから見れば、私への点滴はもう30分以上は後にあるはずの治療だったはずだものねえ。突然予定が狂ってばたばたしちゃったに違いない・・・


◆点滴当日の午後

 一回目に比べると大したことはなかった。胃腸症状無し。副作用少ないとテンションがあがるわ! 全身倦怠感も少なめ。
 唯一、一回目と同じだったのは、発汗。気温自体が高い日だったというのもあるが、それでもいつもの私はこんなに髪やシャツがずぶぬれにはならない(涙)
 三回ほどシャワーあびて着替え・・・・・・・。

 日曜・月曜は、いつも使っているドラッグストアがポイント5倍サービスの日なので、ちょっと出かけて、制汗スプレー買ってこよう・・・・・・。

|

2011年5月12日 (木)

「港町純情オセロ」を観てきた

 赤坂ACTシアター1階後方センターブロックで、劇団☆新感線の「港町純情オセロ」を観劇。後方・・・・・と思ってたが、席にすわってみたら、見下ろすでもなく見上げるでもなく舞台空間全体が目線位置で俯瞰できるような良い席だった。新感線の公演って映像を使いまくったりするから、ちょっと後ろの方が実は見やすかったりするのだ。
 開演30分前よりも早く劇場についたのに、もう開場してたのはありがたい。プログラムだけでなく、ゲキ×シネ「薔薇とサムライ」の前売り券も購入。


★観劇前予習

 「オセロー」は学生時代読んだ。でも大分忘れてる。
 学生時代、小田島訳でシェイクスピア戯曲をちょっとずつ買い集めたんだけど、「オセロー」は買わなかった。あまり好きじゃなかったんだ^^; オセローはなんでこんなにあっさりイアーゴーにだまされるんだ?このデズデモーナってオンナは何?なんでこんなにあっさり殺されちゃうんだ?そりゃ力の差はあるだろうけれど、この状況を招いたあなたの馬鹿さ加減にも問題があるんじゃあ?????? そんなことを考えたことは覚えている。
 しかしそれきり長いこと読まずにいたので、ストーリーの細かい部分は忘れてる。オセローとデズデモーナとイアーゴー以外には誰が出てくるんだっけ?といったような状態。

 折角の機会なので、新感線の舞台が翻案にあたって使っている松岡訳を購入。観劇前日に、超速読で目を通した。


★新感線!というよりは、シェイクスピア!

 見開き2頁を10秒-20秒で眺めるような超速読とはいえ、直前に原作に目を通していたので、舞台観始めたらびっくり。あらら、あの台詞が。この台詞も。ストーリーの骨子とキャラを使っているだけでなく、かなり細かい部分まで原作に忠実な翻案だった。

 1930年、混沌とした時代の関西の架空の港町・神部(かんべ)が舞台。藺牟田(いむた)オセロ(橋本じゅん)ブラジル人と日本人の間に生まれた男。彼を蔑む者達は彼を半ブラと呼ぶ。オセロは藺牟田組の組長。入院した先で、院長の一人娘・モナ(石原さとみ)と出会い、結婚。院長は、裏の世界を娘に見せないように気をつけながら娘を大事に育ててきていたが、患者オセロが聞かせてくれる様々な話がモナには面白くて仕方がない。裏はある、でもだからこそオセロには人としての厚みがあるのだと看破する、モナはオセロに夢中になり、自分から彼に猛アタック。ありえないような事態だが、若く純粋で可愛らしいモナがそんなふうに自分に接してきてくれたことは、オセロをとても幸せな気持にさせる。今まで味わったこともないような安らいだ気持が訪れる。恥ずかしいほどに超ラブラブなカップル誕生。でも周囲は勿論、住む世界が異なる二人の結婚には大反対だ。

 藺牟田組のナンバー2の伊東郷(田中哲司)、通称ミミナシ。力を周囲に信頼される、叩き上げの男だが、帝大出身のエリート・汐見秀樹(伊礼彼方)が次期若頭に指名されていると聞き、今まで必死に押しとどめていたオセロへの憎悪をこらえきれなくなり、オセロを破滅させるための策を練り始める。
 そんな中、組同士の抗争が勃発。舞台は神部から小豆島(あずきじま)へ移る。
 伊東は、汐見、モナ、倶楽部のオーナーの三ノ宮亙(粟根まこと)、自分の妻・伊東絵美(松本まりか)、絵美の弟で自分を慕っているオカマ青年・沖元准(大東俊介)など、多くの人達をコマとして操る。オセロ本人には、モナが汐見と浮気していると吹き込んで嫉妬心を煽る。真っ直ぐな男オセロが、伊東に翻弄され、次第に自身を見失っていく。

 オセロー      → 藺牟田オセロ(橋本じゅん)
 デズデモーナ    → モナ(石原さとみ)
 イアーゴー     → 伊東郷(田中哲司)
 エミリア      → 伊東絵美(松本まりか)     
 エミリア      → 沖元准(大東俊介)
 キャシオー     → 汐見秀樹(伊礼彼方)
 ロダリーゴー    → 三ノ宮(粟根まこと)
 モンターノ     → 紋田ノリヨシ(河野まさと)
 ブラバンショー   → 倉方厳角(逆木圭一郎)
 ロドヴィーコー   → 赤穂八一(村木仁)


★オセロのじゅんさん

 橋本じゅんさん完全復活!

 まさか冒頭で腰痛をネタにするとは、さすがだ新感線・・・・・・・・・・^^;
 笑えるかと問われると、全然笑えませんが、その自虐突っ走りをセーブしない様、嫌いではない・・・・・・・。腰痛よりも、「36歳」報道の方で遊んでほしかったというのはあるんだけどなあ^^;

 しかし「完全復活!」で拍手入れたくなった。タイトルが出る前の場面の時点では拍手入らなかったけれど、その後の場面で、拍手はいったのは嬉しかった(笑)
 
 じゅんさんは、古田新太さんみたいに、客演役者を泳がせて魅せる、みたいな力、主演者として発揮するのは難しいのかなあ。今まで観た舞台ではそんなこと、思ったこともなかったのだけど、それはじゅんさんが主役でなかったがゆえなのかな???

 モナとのラブラブいちゃいちゃ並びはいいのだが、田中哲司さんの伊東との並びで、芝居の質や方向性が徹底的に異なって見えたのは困った。


★デズデモーナ → モナ(石原さとみ)

 なるほど、こんなふうにすると納得が結構できるんだ、と膝を打ったのが、石原さとみちゃんが演じるモーナ。

 デズデモーナといったら、夫に従順な貞淑な人妻。かけらも濁りなく、ただただ夫の幸せ、夫との幸せを願っていたはずだったのに、イアーゴーの姦計に陥れられて、夫オセローからの信頼を失ってしまう。
 原作ではなんか納得いかなかったんだなあ。なんでオセローはデズデモーナをそんなに簡単に疑ってしまっていっちゃうのか。

 すんできた世界が完全に違う。年齢が大きく違うがゆえに、経験してきた人生が全然違う、そうであるがゆえに、好きな人はパーフェクトに素敵な人、好みの範疇外の人はぺらっぺらな人(そこまで言われるほどひどくないわなあ(笑))。パーフェクトに素敵な夫は、愛する自分の誠意をこめたお願いを無下になんかしないという、若い女の子ならではの自信。それが揺るぐ不安。「他の男のことをあんなに熱心に語るな」とのアドバイスに仰天するのも、若い無分別な、人生の機微、男女の機微をまだわかってない女の子ならでは。
 なるほど、デズデモーナ(→モナ)をこういうキャラ立ての女の子として描くというのは納得だ。石原さとみちゃんの可愛さにもよく似合ってる。後半、オセロが狂ったように疑っている状況でも気づかずに彼をかばうあたり、「馬鹿・・・・?」と、その綱渡りっぷりが非常に危なげたっぷりなんだが、無思慮な若い女の子なんだと思うと不思議に納得がいく。そうか、そうよね。

 ただ、石原さとみちゃん・・・・・・滑舌悪い?早口台詞が聞き取れない。


★イアーゴー → 伊東郷(田中哲司)

 舞台でもテレビドラマでも何度か見てて、それなりに結構、印象に残っている役者さん。うまい人なんだと思う。特にうまくなければ、経歴見て「ああっ、あの人かぁぁ!」とならずに無情に忘れ去るような奴なので、私は・・・
 チンピラぶりがはまっている。独白も悪くはない。
 なのに何故か、違和感。
 新感線の舞台にしっくりこないような違和感。
 オセローのイアーゴーといったら、実質主役ともいえる役がらなのに、そこまでおいしい役どころになっていなかったように見えるなあという残念な違和感。

 橋本じゅんさんと二人で舞台上にいる時、じゅんさんとの芝居もなんだか噛み合わないんだなあという違和感。台詞が多いがゆえに、滑舌の問題も気になった・・・・・・・。

 終盤の、追い詰められていく場面は良かった。通路をさりげなくうまく使った追い詰め場面。
 残虐で凄惨な物語だったが、達磨にさせられるところまでは描かれなかった・・・・・^^; 描かれてもいいような気もしたんだけど。


★エミリア → 伊東絵美(松本まりか)     
 エミリア → 沖元准(大東俊介)

 大東俊介さんは、プログラムを読むと、オリジナルキャラを演じてもらうことになると言われたそうだが・・・・・・・准ってこれ、原作に忠実に動いているキャラですよねえ?伊東の策略を聞きいれそれがモーナとオセロを破滅させる効果を持つ行為であるとは全く知らないまま、モーナとオセロの愛のあかしであるとされる某アイテムを盗み出して、汐見の部屋に持ち込む。自分の行為がもらたした結果を知った時に、伊東に黙れと命じられても黙らずにすべてを白日の下にさらし、伊東に殺されるのも彼。絵美は生き残りキャラだった^^; そんな感じで、准と絵美は二人でエミリアの役割を果たしている。それゆえ、絵美が役として弱くなっている感はあるかな。エミリアとしての物語中での動きは准が果たしていて、絵美の役どころは、モナに対して汐見を心配しすぎる姿をそんな形でオセロに見せるなと叱責する以外にはあまり。 


★キャシオー → 汐見秀樹(伊礼彼方)

 眼鏡かけて、弱っちいひょろひょろインテリ青年。眼鏡が結構似合う彼方くん。
 ぺらっぺらとモナに形容されてしまうひょろひょろ青年を好演してた。


★全体的印象

 新感線のお芝居って、脚本が中島かずきさんだと、残虐な内容であってもどこかにカタルシスがあったりするのだけど。他の方が脚本を担当すると、凄惨、残虐が、カタルシスの無いままだったりすることが多い。「新感線を観た!」というすっきり感にならなかったのは、今回そのあたりもあるかな?

 映像で、波打つ海が何度か。映像が物語に出張りすぎずにほどよくうまく使われてた。

| | コメント (0)

2011年5月 7日 (土)

「レ・ミゼラブル」の熱い人達と思い出話

 帝国劇場にレ・ミゼラブルを見に行った。2階B席からの観劇。

 ミュージカル好きな人の多くがそうであるように、「レ・ミゼラブル」は大好きな大切な演目だ。できるだけ多くのキャストを見て、それぞれの役をそれぞれの役者がどんなふうに演じているのか、この物語にどんなふうに接しているかを見たい。かつてはそれをすべく、一公演期間に何度か通っていたのだけど(とはいっても、財布の中身と時間に限界があるので、一公演期間で五回ってのが最大数ですが^^;)、ここ数年はそれは諦め、一公演期間に一回に絞り込むことにした。見なくても多分私好みとは違うと見当ついちゃうようなキャストもあるし、見比べるというのが主目的になると作品の本質に近づくことが疎かになりそうな気もしてきたし、何よりも財布の中身と時間の限界の問題が深刻だし。一公演期間にS席で五回をやらかしたことで、少々燃え尽きてしまった部分もあったかなあ。

 今回の観劇の主目的は、石川禅さんのジャベールを観ることに定めた。禅さんの舞台は大好きなんだけど、一番好きという位置ではなかったため、タイミングの問題で見逃してしまうことも出てきてしまってたのだ。マリウスは禅さんが一番好きだったけれど、ジャベールの禅さんがどんなふうなのかはあまりイメージがわかなかった。でもやっぱり一回は見ておきたい。
 歌唱力では図抜けた宝塚娘役だった和音美桜ちゃんのファンテーヌも観たい。
 テナルディエはやはり駒田一さんが観たい。一番、ではないけれど、駒田さんの舞台にも思い入れが強いので、複数キャストの時にはついつい駒田さんをはずさないという選択になってしまう^^;
 それで絞り込みをかけ、ついでに、今まで舞台等の感触から私好みとは違うとなんとなく見当がつくキャストをはずしながらさらに絞り込みをかけてみたら、5/7ソワレを狙うということになった。

 今年はこれ一回きり。 
「誰かを愛することは 神様のお傍にいることだ」という言葉を心に抱きしめて、また生きていこう・・・・・・・・・・。


◆思い出話

 プログラムを買ったら、現・演出ラストだからということで、1987年の日本初演からの公演記録が掲載されていた。
 懐かしいなあ。初期の頃はまだアンサンブルだったのに今はミュージカル第一線という人もいれば、プリンシパルだったのに今は何をしているのかなあという人も・・・・・。

 はい、懐かしいとか言ってる私は、1987年からの観劇組です。自分が婆さんになったような気にさせられる記録だわな、これは。

 はじめての時は、あまり予備知識ない状態で帝劇に行ったものだった。
 完訳版の原作は読んでた。学生達の戦いのあたりの展開がものすごく好きだった。だから、アニメや映画になると、バルジャンの司教との出会い、バルジャンとコゼットの出会いあたりは丁寧に描かれていても、学生達の描写はあっさりであることが物足りないなあ、と思ったりしていた。舞台もそんなもんなのかなあ、みたいなことを思ってたんだ。

 ち・が・う・じゃないのーーーーーーー!?

 司教との出会いはプロローグとして駆け抜けるような描写。幼いコゼットとの出会いも比較的あっさり。そして、1幕半ばでもう、1832年のパリになった。えーーーーーーーー!?
 エポニーヌとガブローシュが姉弟じゃない、とか、マリウスとコゼットの出会いのじれじれが短縮されてる、とか、お坊ちゃまマリウスの実家との確執が「原作読んで補足してね」状態になってるとか、あらまあコゼットへの手紙を持っていくのは舞台だとエポニーヌなの?とかいろいろびっくりはしたけれど。マリウスがナポレオンの偉大な業績について大演説をぶった後、「これよりも偉大なことはあるだろうか?」と言ってしめたら、「あるさ、自由になることだ」とコンブフェールにあっさり論破されてしまったあたりも無いなあ。って煩いな、私。
 でも、舞台上の多くの時間が、ラマルク将軍の死をきっかけとした学生達の蜂起に費やされている。ものすごく丁寧に描かれ、舞台のクライマックスシーンとして位置付けられている。アンジョルラスとグランテールの最期は原作とは違うけれど、グランテールのアンジョルラスに対する思いなんかは舞台ならではの描き方になってる。
 すごいや・・・・・・・・・・・思いっきり好みじゃないの、この展開ってば。

 24年の上演の歴史の中でのあれやこれやも思い出す。
 テナルディエの歌の「5%」の部分って、昔は「3%」だった(笑)「3%上乗せ」という歌詞が披露された時は、客席はどっと受けた。が、何年かしたら、客席は3%という歌詞に無反応となった。3%という歌詞が5%になった時も、客席はさほど大きくは反応してなかった。こんなふうに皆、消費税に慣れていってるのねえ・・・・・・。
 
 1989年には中国で天安門事件があった。天安門の学生達の戦いは武器を持った戦いではなかったけれど・・・・・・レ・ミゼラブルの学生達の自由への哀しいまでの思いを見ながら、天安門の悲劇が重なった。

 そして2011年の観劇。カーテンコールの挨拶で駒田さんと禅さんも言ってたけれど、東日本大震災の直後のこの公演。いろんな言葉が、今までとは全然別の響きを持って突き刺さってくる。忘れられない年の、忘れられない観劇となった。

◆熱いバルジャベ

 今まで私が観た範囲では、好きだったバルジャン&ジャベールの組み合わせは、今井清隆さんのバルジャン&今拓哉さんのジャベールでしたっけ。一見、地味なんだ。感情の振り幅が少なく見える。バルジャンは、司教との出会い、ファンティーヌとの出会い、幼いコゼットとの出会いで少しずつ変わっていくわけではあるが、激変とは違う。まだまだ動き切っていない感情がある。コゼットを奪う存在が出てきて、彼と彼をとりまく人々を知ることによって、今までとは比べ物にならないほど感情が大きく揺れ動く。職務の奴隷の今ジャベは合わせ鏡のように、やはり感情の振れ幅が少なかった。前半でそうだからこそ、後半に感情がぐいっと動いた時にこちらにもたらされるものが半端ないものになる。原作に一番近い組み合わせだなあ、と思ってた。

 それとはまあ、ものすごーーーく対照的だ。別所バルジャンと石川ジャベールの組み合わせって。
 熱い。熱い熱い。暑苦しいくらいだ。バルジャンは最初から、感情が絶叫の域で大きく大きく動いている。ジャベールも負けず劣らず。職務の奴隷ではなく、職務に対して明確な意思があり、そして上昇志向も激しそう。
 今井バル&今ジャベとは別の意味で、合わせ鏡のような二人だ。

 「対決」すごい・・・・・・・ドラマチックに舞台が動く。そして歌詞がこんなにも明瞭だ。いろんな舞台の感想で言ってるけれど、禅さんの歌声は、弱音でも歌詞をはっきり聞かせる。

 「スターズ」すごい・・・・・・・。ジャベールは、追う人生に強い信念と喜びの気持を抱いていて、その喜びは狂気入ったような姿だ。

 バルジャンとファンテーヌが並んだ姿を見て、男と女に見えるケースと、単に社会的地位の高い男性&堕ちた女に見えるケースがあるけれど、別所バルジャンは前者ですねえ。ファンテーヌに対する感情も熱く動いているし、コゼットとマリウスを見て、コゼットを「俺のものじゃない」と述懐する言葉も熱く切ない。

 ジャベールは下っ端というわけでもないのに、なんで率先して学生達の戦いにスパイとして潜り込むんだ?ってのは、なかなか不思議なんだけど、禅ジャベだと何か納得出来てしまう。いつもいつも全力疾走で走り続けていたい人なんだなあ、この人は、と。

 面白い舞台だったなあ。やはり、レ・ミゼラブルって、組み合わせの妙ってのがものすごく働く舞台だ。

 そして、どうやら禅さんのジャベールの熱さには、これが今年のレ・ミゼラブルにおける禅さんジャベールの楽だということでの気合いも働いたようだ。禅ジャベ楽とは知らなかった。カーテンコールでジャベールの禅さんが登場した時に、客席がものすごく熱い!とびっくりしてたんだけど、その後、駒田一さんの挨拶が始まって、そこではじめて禅ジャベ楽と知った。ああそうだったのかーーーーーーーー!?
 禅さんの挨拶は「長くなるよ」と前置きと共に始まり、本当に長かったけれど(笑)、いい挨拶だった。
 今年のレ・ミゼラブルでは「世に苦しみの炎消えないが どんな闇夜もやがて朝が」がいつもにも増して心に響いてくる、と・・・・・・・・・。


◆若い人達

 マリウスとエポニーヌのことにも少し。
 マリウスの山崎育三郎くんも若さが熱い。Mozart!のヴォルフガングとあまり変わらない青年っぷりだ。可愛い。

 Jenniferのエポニーヌ、切ないなあ。エポニーヌには小柄で痩せぎすというビジュアルを希望の私、彼女のエポニーヌの見た目は好きだ。そして、2幕頭の彼女が好き。マリウスがエポニーヌを心配する。心配してくれたことを喜び、好きなの、あたしを?と尋ねる。
 その質問に、からかい口調は一切なく、そして、女としての期待の口調も眼差しも一切ない。彼女はただ単純に、彼が自分を心配してくれたという事実を喜んでいる。彼にとって自分は女ではないけれど、彼の心の中に自分の位置はあることへのほのかな喜び。切なく痛ましい。

| | コメント (0)

2011年5月 5日 (木)

朗読劇「私の頭の中の消しゴム」ーーーらぶすとーりー満喫

 今月頭の時点では見送る予定だったのだけど、チケットをお譲りいただいたので、銀河劇場で、朗読劇「私の頭の中の消しゴム」吉野圭吾&紫吹淳の回を観劇。1階前方上手ブロック中央寄り席。良いお席をありがとうございました。

 映画やドラマ等は未見。ストーリーについてはおぼろげに内容を聞いていて、なんとなく、「アルジャーノンに花束を」と「智恵子抄」を混ぜたような雰囲気をイメージしつつ劇場へ。

 以下、愚痴とみーはーの両方を吐きだします。
 愚痴部分を避けたい方は、だーっとスクロールして下さい。


★愚痴編

 実は、この物語は好みとは違うカテゴリーなんじゃないかという予感がおぼろげにしていた。
 重い病におかされた妻、彼女に献身的に尽くす夫。泣いて下さい泣いて下さい感動して下さい、みたいに宣伝されてるような気がする。闘病物でこれをされると、私は泣くよりもひくことが多いのだ・・・・・・・・^^; 観劇見送りにしようと当初思ってたのは、そのへんが原因だったりした。

 予感は必ずしもはずれではなく。
 周囲からすすり泣きが聞こえる中、あらら、私ってばすごく冷静・・・・・・。
 出演者の誰かさんの苦悶の表情を頭にこびりつけたいと思う瞬間が何度もあって、超前方席でオペラグラスを使うような爆裂みーはー客をやってたあたり、完全冷静とはどうにも言い難いとは思うけれど。
 
 とりあえず、三点ほど、見ていてずっと引っかかり続けていたことを。

1)告知の状況

 その病気の告知を、病人本人ただ一人に対してするんですか!?
 でも、重大な症状はわりとすぐにあらわれてきている。周囲に、迷惑をおよぼしかねない症状。仕事に明らかに支障を引き起こす症状。火事や事故などに直結しかねない症状。鬱に陥って自殺に追い込まれても不思議ではない絶望。本人だけでなく、家族に対しても告知しておかなきゃ非常にまずくないですか?

 実際、薫は半年、たった一人で悩んでいる。その悩みを医者は放置している。
 カルテ見て、家族に連絡とって、今後について話があるので患者に同行してほしいといった働きかけとかはしないの? 今まで出来ていたことで出来なくなることが増える、それに関して本人の意思によるコントロールが効かないという病気であるのだとしたら、家族に生活上の注意事項を指導することって不可欠でしょう?
 すぐには家族に知らせたくないという薫の意思もそりゃあるんでしょう。でも、一人で放置は、あまりにも危険すぎる。ましてや半年。病状進行には個人差があるから医者は悠長に構えてしまってたんだろうか。告知の後の進行はかなり急激のようにしか見えないが。

 告知にこういう状況あって有りなの???????????と納得いかないまま物語の進行を追う時間が長かったがゆえに、幸せな日々ががらがらと崩れていく様に対して、何か距離を持って見てしまう状況になってしまった・・・・。


2)仕事に関する医者のアドバイスは妥当なのだろうか

 そして、脳を刺激するためには仕事はやめない方がいいと、医者は言う。
 なるほど、脳への刺激は病状進行を遅らせる助けになるかもしれないし、旧知の友人・仲間との関係を安易に断たないことも重要だろう。
 ただ、薫の仕事って、ルーティンワークをひたすら繰り返していくという類の仕事ではない。

 会社に事情を話して、配置転換などの配慮を求めることは必要に見えた・・・・・。病気が進行してしまっているのであれば、他会社からの電話をとって担当者に用件を伝える、他会社と折衝するといった業務を、以前とまったく同じような形でまかせるというのはもはや不可能であるように見えた。
 病状を正直に申告すると正社員からパート社員への転換を求められかねない事態かなあ・・・・。本人の意思で退職するように追い込まれること必至かな。

 結局、浩介が薫のいない所で会社に状況を伝え、そして薫は浩介に相談せずに退職願を書く。
 もっといい方法はなかったんだろうか。

 医者は、今の仕事はもはや続けられない症状であるとの診断を出して障害年金受給の手続きをすすめ、脳への刺激に関しては別手段を考えた方がいい状況だったのではなかろうか・・・・・・・・。


3)美しい最後の日々

 綺麗な物語であったことへの違和感も。
 浩介って、下の世話を長期間し続けるという状況にはならないんだな。薫は浩介の前から姿を消し、実家で暫く過ごし、それから施設へ。
 介護って育児の何千倍も何万倍もずっと大変。育児における世話は、期限つきの世話だけど、介護における世話は何年なのか何十年なのかわからない世話だもの。浩介という人は、そこまでの絶望は背負わされずにすんだ。そのあたりが捨象されたからこそ、綺麗な精神的関係でいられたってのはあったんだろうなあ、とは思うのだった。

 このあたりの綺麗さは、脚本家が若い男性で、病身の家族への介護とは距離がある立ち位置であることに起因してたりするのかな?
 実際に介護に携わったり、この病気にかかわったりしている人にとっては、この物語の美しさはどんなふうに見えるだろうか?完全虚構だからこそ、異世界ファンタジー(???)として楽しめる、といった感じかな?


★みーはー編

 ものすごく前方の中央寄り席でオペラグラスを何度も使用。オタクな客ですみません^^;

 愚痴ったり悪く言ったりするために足を運んだわけでは勿論ないのです。
 劇場に足を運ぶからには、貪欲に、自分にとって楽しい部分を探して、その部分を楽しみつくしますとも。

 吉野圭吾くん出演。その部分を楽しみつくそうではないか。
 と、気合いを入れて出かけたけれど。
 気合いなんて全然いらなかった。面白かった!楽しかった!その感想の言葉は、このお芝居を見終わった人から一般的に出てくる言葉とはかなり違うような気はするけれど^^;

 好きな男優さんが、二人芝居でラブストーリーをやってる。
 それを観ることがもたらす破壊力ってこんなにすごいんだ!!!!!!

 ≪らぶすとーりー≫なんですよ!どっぷり恋愛してるんですよ。彼が恋愛をここまで正面切って演じるのって意外と少ないよね!?
 「Love Letters」があったでしょ?と言われたけれど。あれは私の中では、青春物・人生物のカテゴリーのドラマであり、恋愛物のジャンルとは微妙に違うのだった。アンディーに想われるメリッサになりたい、なんて全然思わなかったし^^;;;
 彼の恋愛物といったら、「とってもゴースト」の服部光司までさかのぼらないといけないかしら? 「屋根の上のヴァイオリン弾き」でのホーデルとの不器用な関係とか「暗い日曜日」のアンドラーシュが他の二人とつくりだす不可思議な三角関係とかでも、どっぷり恋愛はしているけれど、恋愛物かと問われると違うような気もするし。

 だから、堪能しましたとも。そうかそうか、こういう部分ですごく楽しめる舞台であるとは、想定外だった。
 前半ツンデレ。後半は愛情ダダ漏れ。きゃあああああ☆♪☆♪☆♪☆♪☆(←壊れてる)ツンツンしている部分の物語がものすごく長かったことにもだえまくりましたわ♪

 舞台には、まず、下手から彼・浩介が登場する。
 彼は読み始める。彼女・薫の日記を。
 薫は、いかにもな若いお嬢で、日記に書かれているのはいかにもな若い女の子ならでは・・・・・・・。
 上手から彼女・薫が登場する。対抗して彼の日記を読み始める。
 いかにもな若い男の子ならではの、ぶっきらぼう文章。仕事メモ。腹減った。

 その後、二人は、舞台上に用意された椅子に座り、自分の日記を交互に読み始める。
 パルコ劇場の朗読劇「LOVE LETTERS」は、男性が下手側、女性が上手側と、椅子の位置が固定されていたけれど、この「私の頭の中の消しゴム」における椅子は固定位置ではない。立って移動してお芝居することもあるし、すわる椅子は入れ替わったりもするし、舞台上に一人だけスポットがあてられたりすることもある。

 薫は社長令嬢のお嬢さま。絵を描くのが好きでいつもスケッチブックをかかえている。勤め先の会社で、カズヤという既婚男性と不倫の恋をしていて、それをようやく断ち切ろうとしているところ。
 浩介は、ブルーカラーの現場労働者。女の子が好みそうなお洒落なレストランなんて知らない。行きつけの屋台の居酒屋でおでん食べたり、バッティングセンターで打ちっぱなしをしたり、テレビでプロ野球番組つけて巨人を応援したり。そんな日々。「だから原はダメだっつうたんだよ!」と唐突に怒りを叩きつける口調を彼がするのを見るのは面白いなあ。衣装はブルーカラーの人には見えないし、佇まいも若干違うような気もしないでもないけれど^^; シャツの一番上のボタンをかけない着方が、ほんのり色気があって似合ってるよねええ!!!(←壊れてます。見逃して下さい^^;)

 住む世界が異なる二人の出会いは、互いへの反発から始まる(笑)
 しかし、反発しながらも、いつしか二人は惹かれあっていくのだ。恋愛物のセオリーの通りに。いつしか、なのか。台詞だけとってみれば、実は最初から、という解釈も可能かもしれないけれど、吉野圭吾&紫吹淳の演技は、徐々に徐々に惹かれあっていくという芝居としてつくってますよね。

 が、すむ世界が異なるわけだから、障害もいっぱい。
 相手に対して一歩踏み出したい素直な薫に対し、その一歩を踏み出すことが怖い浩介。その恐怖の背景には、彼の家族関係におけるトラウマがある。
 お嬢さま・薫は、中途半端に空気を読んでひいたりする人ではないので、無遠慮なほどにずかずかと踏み込んで彼のトラウマを粉砕していく。
 彼の、人との接し方がかわっていく。強引に踏み込んできて、彼の人に対する許容力を強引にひろげた彼女。一時は避けずにはいられなかった彼女だけど、もう避けて通ることは出来ない。
 
 彼は認める。彼女が大事な人であること、もう決して離れられない人であることを。

 こんな話だったのね、油断してたわ。
 もだえどころがいっぱいでいっぱいで、もうどうしたらいいものやら。

 銭湯でのすれ違い、いいですねえ。明らかに惹かれあっているけれどわかりあえてはいない二人。彼女の方が自分の思いに対して素直で、彼はツンツンツンツン。
 居酒屋での再会もいいですねえ。「見りゃわかんだろ」連発。一瞬、内容を聞き逃しそうになったよ、そのツンツン口調。ツンツン口調なのに、言っていることが素直だ。まああああああああああ、あんなに素直じゃなかった彼がようやくここまで言えるようになって。口調はアレなところが可愛くてしょーがない。どうしよう・・・・・・。

 「パスタうめえ」の言い方も可愛い。

 病におかされた薫に、自分の名ではなく昔の男の名で呼ばれてしまう、その絶望の表情もいいねえ♪ そして、それすらをも受け入れようと痛ましい決意をする際の表情もイイネイイネ♪

 終盤で、薫が「愛していると言われたことがない」と言ったのを聞いて、思わず、今までの流れを脳内再生した。そ、そーいえば・・・・・!!!(笑)後半展開は、前半とはうってかわって表情、態度にいろいろダダ漏れだったので、言葉としてのそれが無かったことなんて、全然気づいてなかったよ。。。。。

| | コメント (0)

2011年5月 1日 (日)

mai

◆今月の観劇

レ・ミゼラブル
港町純情オセロ

 実は、タイミングの問題で、石川禅さんのジャベールをまだ見てなかったのだ。だから、今年も一度きり観劇の予定だけど、禅さんを見ることを主目的に♪ ファンテーヌは和音美桜ちゃん。彼女の歌声大好き。マリウスは育ちゃん。テナルディエは何故かずっと、駒田さんから動けない。たまには冒険してみればいいのに、いつも駒田さんにしてしまう。そうこうしているうちに、コングさんのテナルディエを見逃し、コングさんについては随分遅れて「スーザンを探して」で「なに、この、すごく素敵な低音響かせてる人!?」となったんだよなあ・・・・・・・・。

 シェークスピアの四大悲劇の中で、オセロは実はあまり好きではなかったりする。学生時代に、小田島訳のシェイクスピアを古本屋で少しずつ揃えたけれど、オセロは買わなかったし^^;;; いい機会だからオセロ買おう。ついでに、秋の観劇に備えて「アントニーとクレオパトラ」も。
 でも、新感線がオセロをどう脚色するかは楽しみだったりもする。そしていのうえひでのりさんが、橋本じゅんさんにオセロを演じさせたかったとコメントしたのを見て、なるほどなるほどとかなり興味がわいてはいるのだ。


◆今月買う本と漫画

 ゴーストハントのリライト版4冊目。いよいよ安原少年が登場だ!

 野村美月がいよいよ”文学少女”シリーズの次のシリーズ物を始めるようだ。面白いのか? 男の子がヒカルでヒロインが葵。それって源氏物語パロディ?

 上橋菜穂子「天と地の守り人」の文庫版が3冊一気に発売。何冊目にだか知らないが、上橋&荻原規子&佐藤多佳子の鼎談が掲載されるんだそうな。娘に話したら、
「何、その俺得な面子」
という反応がかえってきた。いや、あなただけでなく、ハハも大喜びしておりますわ。

 有川浩の図書館戦争シリーズの文庫版3冊目も買う。

 堀江邦夫「原発ジプシー」は、講談社文庫で持っているのだけど、現代書館から出る新装改訂版も購入しようかしら。講談社文庫版は地震の時に本棚の奥から落ちてきたのを拾い上げた際、「これ古い本だけど、今も変わらぬ部分多いだろうから娘に読ませなきゃ」と思った本だったのだわ。文庫の方が手にとりやすいんだけど、新装改訂版ってことは、新しい情報やデータなんかもいろいろ追加されてそうだしね・・・・・。

 漫画で絶対買うのは山口美由紀「天空聖龍」9巻。
 杉山小弥花が「明治失業忍法帖」第一巻を出すらしいが、この作品は面白いのかな?漫画は図書館で試し読みしてから買うというのが出来ないので、とりあえずは一冊目には手を出してみる。

 こうやってみると、今月は結構、書籍費がかかりそうな月だわ。一昨日に金券ショップで図書カード2万円分を一気買いしたから大丈夫かしら?1万円分が9650円というお店だった。

◆4月まとめ

 一家で沖縄料理店へ、という計画をようやく実現できた。
 アブラキサン点滴の前夜。新しい薬使用が体調にまた変な変化を引き起こす可能性もあるわけだから、その前に楽しんでしまえーーーと、気合い入れて出かけてきた。
 娘と夫の反応、きわめて良し。また行きたいという感想を二人から引き出す♪
 ちなみにアブラキサン一回目の副作用は、三日目まではメモってたけれど、四日目以降はしばらく、メモを忘れる類だった(*^_^*)14日後に鬘つくれそうな脱毛が一気にきたけれどね・・・・・・・。

 念願のシュルレアリスム展行きもようやく果たせた♪

◆来年に備えての準備

 2012年5月21日は、日本の広範囲の地域で金環食が観測できます!!!!
 鹿児島、熊本南部、宮崎、大分南部、愛媛南西部、高知、香川南部、徳島、兵庫南東部、大阪、和歌山、奈良、京都南部、滋賀南部、三重、岐阜南部、愛知、長野南部、静岡、山梨、神奈川、東京、群馬中部・南部、栃木、千葉、茨城、福島南東部。これはすごい、すごすぎる!!! 気合いの入ったお金のある天文ファンなら、前日に天気予報をチェックして、新幹線や飛行機で移動することも可能なほどに広範囲だし交通の便もいいし、高層のホテルやビルなんかも沢山ありそうな地域。

 こちらのページの説明がとてもわかりやすいのでリンクさせていただきます。ちなみにトップページはこちら。私のような、空を見上げることが好きな素人にとっては、大変ありがたい、何度も参照させていただいているホームページであります。

 一年後に備えて、金環食が観測出来る時間帯に自分はどこで東の空を見上げたらいいのか、今月の朝の太陽を眺めながら、試行錯誤をしておきましょう!!!!
 三学期制の学校だと一学期中間テスト真最中の時期のような気がするのが気になるところだけど。最大食時刻は朝7時半前後。授業開始前。
 会社に出勤の皆さんは、朝はやく家を出て、会社の近くで東の空がよく見える所を今からチェックしておくべし!です。

 気合い入れすぎると来年のその日、雨雲がやってきちゃうかもしれないけれど(:_;)
 日本列島をすっぽり覆うような雲なんて絶対くるなよ!!!!

 来年の5月21日は快晴でありますように、少なくとも東の空の太陽は綺麗に見えますように、と今からテルテル坊主をつくってお祈りしましょ☆

| | コメント (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »