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2011年9月

2011年9月30日 (金)

9月に読んだ本(物語)

●小野不由美「ゴーストハント6 海からくるもの」(メディアファクトリー)

 刊行予定は残すところ1冊のみとなってしまった・・・・・・・・。リライトを心待ちにしてわくわくする日々がもうすぐ終わっちゃうと思うとすごく寂しい。リライト版完結後に、続刊の刊行が発表されるとかの楽しみがあれば嬉しいんだけどなあ。「悪夢の棲む家」で新たに登場した謎を放置したままシリーズを放置してほしくないもの。

 綾子大活躍の巻。綾子がこの役割で大活躍するのって、今までのところ、この巻だけなのよね(涙) もう1回くらい、新シリーズで舞台を田舎に設定して、活躍させてくれって願うのは、そんなに贅沢な願いってわけじゃないですよね・・・・・・・(:_;)

 シリーズ序盤の頃に比べると、登場人物達がどんどん良い関係になってきているので、ナルの性格の悪さが際立つなあ(笑)


○有川浩「県庁おもてなし課」(角川書店)

 有川さんの、セクハラという語に対する語感や意識は、一般人と若干違うような気がする。女子職員をちゃんづけで呼ぶ状況に関しては、すさまじい違和感(^^ゞ

 まちづくりを軸にして二組のカップルの恋物語も織り交ぜた物語。
 有川さんらしい元気で前向きなパワーと、有川さんらしい一面性(^^ゞ 行政に関する視座というのは、何が正しくて何が間違っているかというのは、一つの切り口だけで語れてしまうものではないはずだけど、そこを一つの切り口で通してしまうところを、物語のリズム感の良さ、エンターテインメントとしての良さととるか否かで、読後感はかなりかわってきてしまうかもしれない。ここでひっかかってしまうと、読む際のリズムが崩れてしまうから、リズム感の良さという評価にはならなくなってしまう・・・。

 文庫化されたら多分買うとは思う。まちづくりの物語部分は私的にはいまひとつなんだけど、恋愛部分は、片方のカップルについては結構ツボにはまるものがあったので。


○辻村深月「光待つ場所へ」講談社

 三つのスピンオフの短編小説。
 一作目の「しあわせのこみち」は、「冷たい校舎の時は止まる」のスピンオフ。大学生になって絵を描き続けている清水あやめが主人公。

 二作目の「チハラトーコの物語」は「スロウハイツの神様」のスピンオフ。「スロウハイツの神様」では、どちらかといえば悪役の側にいた彼女が主人公。「スロウハイツの神様」のヒロインの赤羽環も出てくる。

 三作目の「樹氷の街」は「凍りのくじら」と「名前探しの放課後」のスピンオフ。
 学校の授業で歌ったことのある合唱曲「樹氷の街」がなんだか懐かしくなって、音源探し(*^_^*)

 辻村深月の小説を読んでいると、私ってばまだ、許せないタイプってのを沢山抱えているんだなあと愕然とさせられてしまう。同族嫌悪的な拒絶感でいらいらするのだ。こんな悪意を身近な人に対していつも感じながら何故この主人公はそこに踏みとどまり続けるのだろう、悪意を乗り越えて昇華しようという生きる意思をこの主人公は持たないのだろうか、といういらいら。
 清水あやめの抱く中途半端な優越感と劣等感には、いつも感じる辻村深月小説へのイライラをやはり感じさせられてしまった。けれど、チハラトーコの物語には爽快感があった。彼女は嫌な女として徹底していて、ぐずぐずと踏みとどまらずに突き抜けてしまっているところがあるので。その突き抜け方はある意味ファンタジーの色合いを醸し出しているのかもしれないけれど。全く正反対の位置にいて和解なんてありえなさそうにみえた赤羽環との関係に光が見えるのがなんだか嬉しい。和解・・・・・はないだろうけれど、我の強い二人の女が、悪意の中でとどまり続けず、自分の中の悪意を認識しつつ、それを相手に対して隠すこともせずに、強烈なエネルギーをぶつけあっていく。


橘香いくの「ブランテージと魔法の城 魔王子さまと時の扉」(集英社コバルト文庫)

 完結巻。なのに、最後の最後っていうところで、意識を奪い取られるヒロイン。活躍せんではないかーーーーーー(^^ゞ


○アイリス・ジョハンセン「あの虹を見た日から」(二見文庫)

 原題「Capture the Rainbow」
 1984年刊行の小説。セディカーン・シリーズの現代物。
 ヒロインはスタントウーマン。
 ヒーローは映画監督。

 女優ビリー・キャラハンと、彼女と行動を共にしているアラブ人男性ユセフ・イブラヒムは、なかなか味のある脇役だった。


○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本
◎図書館で借りた後に購入手続きした本

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2011年9月29日 (木)

9月に読んだ本(物語以外)

○肥田舜太郎・鎌仲ひとみ「内部被曝の脅威 原爆から劣化ウラン弾まで」(ちくま新書)

 2005年刊行の本。
 広島での被ばくの後、六十年にわたって内部被曝の研究を続けてきた医師・肥田舜太郎氏と、ジャーナリストの鎌仲ひとみ氏が、内部被曝のメカニズムをわかりやすく語る本。1・4章を鎌田氏、2・3章を肥田氏が執筆。2章は放射能被害の患者に対する治療体験談。患者と向き合う肥田氏の、原爆に対する静かな怒りが淡々と綴られる。3章は内部被爆について。


○広瀬隆「FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン」(朝日新聞出版)

 この著者の著書を読むといつも残念に感じるのは、文章にみなぎってしまっている煽情性。訴えたい内容に関して力が入るがゆえなのだろうけれど、その煽情性ゆえに失っている読者が多いだろうなあと、もったいない気分にかられたりする。

 第二部第六章の「活断層におびえる『原発列島』」の中で言及される、泊原発、東通原発、大間原発、六ヶ所再処理工場、女川原発、福島第二原発、東海第二原発、柏崎刈羽原発、志賀原発、島根原発、伊方発電所、玄海原発、川内原発に関する記述なんかは、こうやってそれぞれの危険性の種類の違いを羅列することによるインパクトが働いていて、一読の価値ありだったりするのだけど。


○広瀬隆「原子炉時限爆弾 大地震におびえる日本列島」(ダイヤモンド社)

 2010年8月刊。第二刷発行は2011年3月30日となってる。
 ということは、刊行当時はあまり注目されず、3月の震災と事故で一気に売れだしたということなのかな。

 時期という点で注目されたのかもしれないけれど、文章・構成といった点ではあまり読みやすい作りの本ではないように思える。文章の煽情性がどうにかならないものかしら・・・。刊行時期に注目するならば、「Days Japan」 2011年1月号の方が、短いけれど読みごたえのあるものになっていると思うなあ。


○山本一太「一年でクラシック通になる」(生活人新書)

 なんてものすごいミーハーなタイトル(^^ゞ
 と思ったりしたけれど、クラシック音楽の歴史をざっくりまとめた第一章は結構面白い。バロック音楽の前についても結構言及が長いのだ。先日、「三銃士」の舞台を見た時に終演後の三銃士役者さん達の小噺の中で≪この時代にはどんな音楽が?≫みたいな問いが発せられていたけれど、思いもかけずこの本の中に解答を見出だす(*^_^*)

 第二章のクラシック音楽紹介は、若干管弦楽曲に偏った選曲ともいえるかなあ?


○図書館で借りて読んだ本
●購入して読んだ本
◎図書館で借りた後に購入手続きした本

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2011年9月28日 (水)

9月に読んだ漫画

●三原順「夢の中悪夢の中」(白泉社文庫)

 四つの短編「夢の中 悪夢の中」「ベンジャミンを追って」「彼女に翼を!」「帽子物語」からなる作品集。
 三原順らしい技巧の作品ではあるけれど、特に表題作である「夢の中悪夢の中」はあまりにも救いが無さ過ぎて、読む返すのが辛い。巧さゆえに、読む側は追い詰められて逃げ場をなくしてしまうのだ。三原順は、短編だとこんなふうに、逃げ場の無い絶望に読み手を放り込む。長編だと、救いも用意していたりするんだけど・・・・・・。(もっとも、「ビリーの森ジョディの樹」は完成していたら、読者に逃げ場を与えない長編になっていたのかもしれないけれど)


●遠藤淑子「スマリの森」(白泉社文庫)
●遠藤淑子「アリル~午後のお茶は妖精の国で 番外編~」(祥伝社)
●遠藤淑子「今月のわんこ生活」(2)(大都社)

 やってきました、エンコミ第三弾。今回は発売月を合わせただけで発売日はばらばらだったけれど。8月時点では私は「スマリの森」発売情報しかおさえてなかったのだけど、娘が2ちゃんねるの遠藤淑子スレッドをチェックしてたようで(+_+)「三冊同時期発売だって☆買ってね」と当然のごとく言われた・・・・・・・・・・・・。

 アリルは、優しい絵柄のわりにはハードな作品も含む短編集だった。遠藤淑子の描く物語は優しくあたたかい癒しであるが、たまに不意打ちのように、現実のきつさをダイレクトに描く物が混じってきたりする。現実の辛さや厳しさをしっかり味わい理解しているからこそ、普段描く作品群が癒しの物語となっていくという過程があるんだろうな・・・・。

 今月のわんこ生活は、愛犬エッセイ物の第二弾。私は猫派ではあるけれど、基本的に、作者が親ばかっぷりをダダ漏れにさせている動物漫画は大好きだ。世の中には、親ばかぶり垂れ流しにひいてしまうタイプの読者も多いそうだけど、私は「もっとやってもっと描いてーーーー」と応援しちゃう読者(^^ゞ ダダ漏れの愛情を眺めているだけで幸せになる。


●大島弓子「グーグーだって猫である」(6)(角川書店)

 完結巻。突然の完結に嫌な予感がしたのだけど、やはり最終章の内容は・・・・・・・・・・。

 懐かしくて、第一巻から6冊全部を読み返す。
 大島弓子の猫物の漫画は好きだ。「綿の国星」シリーズは可愛くて美しいファンタジーだったし、愛猫サヴァとの一人&一匹の生活を描いた作品群は、時間がゆったり流れるあたたかさに満ち満ちていた。
 グーグーのシリーズでは、大島弓子はサヴァを描いていた時までの猫の擬人化をやめ、猫そのものの顔を描くようになった。
 一巻途中から、登場猫はグーグーだけではなくなっていく。サヴァの死、マンションから一戸建てへの転居などを経て、大島弓子の中では様々な変化が生じているようだ。どんどんどんどんどんどん増えていく増え続けていく猫・・・・・・・・・・・。

 ここ10年以上、マンション生活をしている私は、猫とは縁の無い生活をしているけれど、もともと猫は大・大・大好きなので、愛する猫たちとの生活をひたすら描くこの作品は楽しい。サヴァまでの頃と違い、人間&愛猫の生活を描くのではなく、人間&多頭飼いされる猫や飼われているわけではない野良猫たちの生活を描くこの作品。こんなふうに猫が集団でいる環境をあまり知らないので、描かれる猫生活がすごく新鮮だ。

 3巻で大島弓子は庭付きの一戸建ての家に引っ越す。そのあたりからもう、捨て猫を見かけると捕獲して可愛がっていた生活は、歯止めがきかなくなっていったようで、3巻までは作者とグーグーを中心とする家猫ちゃん達との生活を描く作品であったものが、野良ネコちゃん達とのバタバタした交流を描く物にどんどんかわっていく。野良ネコとの接し方に関する価値観は様々なので、大島弓子漫画は好きだが大島弓子の猫との接し方は好きではないという読者も結構多いかもしれない。
 私は、これだけ沢山の野良ちゃん達にも愛情を爆発させている大島弓子がすごいなあと思いながら読んでいたけれど(*^_^*) ただ、5巻終わりから6巻にかけては、野良ネコ捕獲に関しても従来とは流れが違ってきているのかな、と感じたりもした。可愛くて可愛くて愛するがゆえに拾ったというよりも、成り行きで猫を庭から家に入れて過ごすようになったという流れで家猫となった猫が増えてきているような。エピソードが多すぎて端折られている部分も多いから、可愛さや愛情を全部描き切れていないということなのかもしれないけれど・・・・・・・どうなんだろう?

 後半、作者の関心は庭を行き来する野良ちゃん達にかなりシフトしているようではあるけれど、さりげなく描かれる家猫ちゃん達のだらだらした姿の絵を眺めるのは楽しい。テーブルの上にあがって寝込んでいる家猫ちゃん達。作者が夜中にベッドで寝ている時にベット上にそれぞれ場所を確保してくっついて寝ている家猫ちゃん達。新入り猫ちゃんが入ってきたりすると1階入り口でぞろりと並んでその姿を眺めたりにおいをかいだりする家猫ちゃん達。
 最後の最後になって、ベッドから締め出されちゃった猫ちゃん達が・・・・の描写はかなり寂しかったけれど。グーグーと作者さんが二人っきりでベッドに一緒に寝る姿が描かれても、その寂しさは消え去らないなあ。

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2011年9月27日 (火)

「髑髏城の七人」---娘の興奮感想

 青山劇場1階前方上手側席にて、2011年版の「髑髏城の七人」(通称・ワカドクロ)を娘と一緒に観劇。

★久しぶりの新感線

 娘は新感線観劇は久しぶり。
 中学受験で忙しくなる前に「荒神」「Cat in the Red Boots」を見てとても楽しみ、「ビデオで「大江戸ロケット」を見てこれにもはまっていたのだけど、受験で忙しくなり、中学入学後は学校生活が忙しくなってしまったので、観劇からは若干遠ざかった。
 しかし、ゲキ×シネで「蛮幽鬼」を見たことをきっかけに、新感線を観たい観たい観たい!という気持ちに火がついたらしい。堺雅人のサジの怖い笑顔に惹かれ、そして、早乙女太一の美しい美しい殺陣に惹かれた模様。
「早乙女太一の殺陣は、生で見ると、映像で見るよりもずっとずっとすごいのよーー」
と言ったら
「ずるい!観たい!」
と怒る。

 そんなこんなしているうちに、「髑髏城の七人」を若手役者で再演という情報、早乙女太一が無界屋蘭兵衛という情報が入ってきた。
 早乙女太一はあまり演技の幅は広くはないような気はするが、蘭兵衛ならはまりそう♪それに何よりも、1幕も2幕も彼の立ち回りがわんさかあるぞ。

 娘と二人で行くとなると、行ける日はかなり絞り込まれる。
 日曜日チケットは激戦だろうし。
 幸い、学校行事の振替休日が平日にあったので、狙いをそこに定めてみた。
 当たったーーーーー☆ しかも、すっごく良い席がきた!

★当日

 チケットとれたはいいが、観劇当日、私の体調はすこぶる悪かった。
 熱が高いーーーー(:_;)
 幸い、吐き気は無い。吐き気があるなら潔く諦めて、自分の分のチケットは夫に譲っちゃったと思うのだ。新感線の芝居は大音響による振動が背中にばんばん伝わってくるから、胃の調子に悪い時に観たら、きっと車酔いのような気持ち悪さに襲われること間違いなし。でもどうも今日は吐き気は無い。熱のせいかちょっと痛みはあるし、だるさもひどいけれど。

 いいや、行っちゃえーーーー。吐き気が無いならなんとかなるさ。
 38度超えの体温で観劇に行くってのは、はっきりきっぱり馬鹿だとは自覚してたけれど。解熱剤や鎮痛剤の使用は避けることにした。半月前、ロキソニン飲んだらすさまじい吐き気にやられたことがあったのだ。吐き気なんかにつかまるくらいなら、高熱や痛みの方がなんぼかマシだ。

 往路はしんどかった。
 舞台が楽しみで興奮気味で話しかけてくる娘に対し、
「悪いけど、息が苦しいの。会話するのしんどいから話しかけないで」
と冷たく言い放った無情なハハの私・・・・・・。
 必死で劇場にたどりつき、開場直前まで劇場の隣の建物で座って待ち、開場後すぐに客席へ。

 そこで異変が起こった。
 客席に行ったら、あら不思議。
 急激に体調が好転していった。
 なんでなんでなんでなんでなんで??????
 客席に流れているロックが、体をリラックスさせるのかしら(*^_^*)

 
◆幕間

 観劇前に「話しかけるな」と言ってたのが嘘みたいに、体調が楽になっている。
 娘は大興奮状態で黙っちゃいない。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう。めちゃくちゃかっこいいよ。やばいよ、やばすぎるよ」

 主語が無い(笑)。憑かれたような口調で言い続ける娘。
 主語無しでも、誰の話をしているかは丸わかりだけど(笑)

 でも確かに、殺陣がめちゃかっこいいよねえ。
 蘭兵衛の登場場面では、動きの速さにとにかくびっくりした。
 他の若手の男の子達も頑張ってはいるんだけど、なんかもう全然、動きの質が違うんだもの。

 どうやら娘の視線は、蘭兵衛にがん見の状態になってたらしい。
 
 チケット代高いけれど、ここまで大喜びされるんなら、思いっきりもとがとれたーーーって気になるな(笑)

 2幕で蘭兵衛の運命が思いもかけない方向にねじまがることを、私は知っているけれど、娘はまだ知らない。
 さて、2幕を見たら、反応はどうなるかなあ(笑)

「タイトル、『髑髏城の七人』だけど、七人って誰と誰なの?」
とか聞かれたけれど、
「それは見てのお楽しみーーーーー♪」
と回答保留。

◆観劇後

 クールな娘は、スタンディングオーベーションの中でも座って拍手していることが多いんだけど、大変珍しいことに、立って拍手してた(笑)
 クールな娘は、物語が展開している最中はあまり拍手しないんだけど(親の私が、終演後以外は拍手あまりせずに観るという観客である影響も多分あるけれど)、今回の観劇では、受けて笑えたシーンだとか、最後に髑髏城の七人のメンバー達がそれぞれ立ち去っていく場面だとかで、拍手をしっかり入れていた。おや珍しい。
 ≪クールな娘≫という表現は、明らかに現実を体現してないな、これは(笑)
 ま、幸せであるべき瞬間には幸せであるという感情をきっちり味わって食べつくしておくというのは、長い人生を生きていく上では絶対に必要なことでございます。みーはーすべき時間は、ひたすらみーはーな喜びを楽しみつくしましょう。

 いつもとは完全に反応が異なる娘。
 カーテンコールが終わって帰る準備を始めると、再び大興奮感想が始まる。
 大興奮感想に私もきっちり反応。劇場に来る際の具合の悪さはどこに消えた?あまりきつかったら帰りは電車に乗らずに劇場から家までタクシーに乗っちゃおうかしらとまで思いつめていた4時間前のしんどさはどこに消えた?これなら普通に帰れるさ。まあ、渋谷駅で階段を上るといった無謀なことはせずに、ちゃんとエレベーターを使いますけれどね(笑)

 娘の感想は95%以上は蘭兵衛関係(笑)
 でも、舞台全般を十分満喫して楽しんでいたから、当然他の感想もまざってくる。

「極楽太夫、かっこよかった!ああいう女の人、好き!」
「兵六、かわいかったね。あの役、前のバージョンだと橋本じゅんだったの?ああなんか、わかるーーーー!!!!!」
「天魔王の人が扇持って動く場面、扇の使い方がすごく綺麗だよね!」
「裏切り三五が、面白かった!あの人、実年齢は何歳?」
「DVD出たら絶対買ってね!」
「ゲキ×シネ、あるよね?絶対連れてってね!早乙女太一はちゃんと映るかな?とりあえず、早乙女太一が出てくる場面は全部、早乙女太一がん見してたけれど」

 娘が大好きだった映画「パコと魔法の絵本」に極楽太夫の人が出てたことを教え、誰であるかを教えたら、のけぞって驚いていた我が娘(笑)
 捨之介や二郎衛門の乳談義、裏切り三五の裏切り場面のあれこれで、えらく肩をふるわせて笑ってた。ああいうストレートでベタなお笑いシーンが好きなのね・・・・・・・。

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2011年9月20日 (火)

「髑髏城の七人」---ワカドクロ観劇

 青山劇場1階前方下手側席にて、2011年版の「髑髏城の七人」(通称・ワカドクロ)を観劇。

 当初の初観劇予定日は9/27だったのだけど、新感線ファン友達が、ものすごく良いお席のチケットを手放すことになったので、観劇機会にとびついてしまった。

 私の新感線観劇デビュー年は2000年なので、1990年の初演版と1997年の再演版は未見。2004年春の古田新太主演版の新国立劇場中劇場での「アカドクロ」と2004年秋の市川染五郎主演版の日生劇場での「アオドクロ」は観ている。とても好みの舞台だった。一人一人はちっぽけではあるけれど皆で力を合わせてかなうはずがないように思える敵に立ち向かっていく、という、新感線の舞台ならではの少年漫画的ストーリーがすごく好き。    だから、キャストが大幅にかわっての若い出演者バージョンにも大いに期待をしていた。


◆第一幕

(オープニング)

 大音響でジューダス・プリーストが流れ始めると、なんだかそれだけでいつも気持が盛り上がってきて、体が踊りだしそうになってくる。
 私は10代の頃はバリバリのクラシック好きで、洋楽で好きなのはバラード系で、ロックでもメロディアスじゃないものは興味の範疇外だったんだけど、いつのまに嗜好がこれほどまでに変化してしまったのやら?
 派手な照明と共に、録音の歓声が響き渡るあたりで、特に気持が盛り上がる。

(序之景)
 
 天魔王、喋り方、声の出し方が妙な凝り方。小物感の強調?

 兵庫、かわいい☆ お顔も可愛いし、動きも可愛いし、お馬鹿さも可愛い。橋本じゅんさんの兵庫が大好きだったけれど、勝地涼くんのガキっぽい若い兵庫も良いねえ♪

 着流し姿で登場する捨之介。おおっ、美形だ。かっこいいなあ。
 小栗旬という役者さんを見てはじめて、いいじゃんいいじゃん♪と思う。(スミマセン)

 タイトルが出てくるところ、大好き。ああ新感線を観に来たんだーーーと気持が大いに盛り上がる。しかし、ここまでちょいと長い(^^ゞ

(第一景) 

 狸穴二郎衛門の千葉哲也さん、いかにも裏がありそうなんだけど不思議と憎めない飄々とした雰囲気が好きだ。

 極楽太夫。小池栄子さんが、いい女っぷりを披露。「パコと魔法の絵本」くらいっきゃ知らなかったけれど、なかなか素敵な女優さんだ・・・・・。

 無界の里の場面に高田聖子さんが出てることはものすごーーーーくわかりやすい(笑)

 男どものしょーもねえ乳談義。笑えるっちゃあ笑えるけれど、小栗くんのキャラにぴたりとはまっているかと問われると若干微妙ではあるかもしれない。

 無界の里の設定が、わりと普通の色里に近くなっているのね・・・・・・・。

(第二景)

 沙霧の名がここでようやく登場・・・・・。ちと遅い。ヒロイン格キャラのはずなのに、名前出るのがこんなに遅くて良いのか?(というか、第一景で≪おみな≫として出てた時は、「端役にしてはやけに目立つ位置の子だなあ、とか思ってた(^^ゞ

 無界屋蘭兵衛登場。
 立ち回り。はやいっ!!!!! 動きが速い!!!! 仰天するほどに速い。

 結構、ストレートに短気キャラ?

(第三景)

 小田切三五、好き♪(笑) ワカドクロになってキャストが若返ったけれど、河野まさとさんがそのまま三五をやっているのが嬉しい。

 「決めた男がいる女を口説くような、野暮はしねえよ」とかいう捨之介の台詞の登場に驚く。極楽太夫の蘭兵衛への隠した淡い気持がものすごくわかりやすくストレートに表現されてるんだもの・・・。

(第四景)

 聖子さん、ようやく本役で登場。
 贋鉄斎が非常に柔らかくフェミニンな雰囲気。もっと骨太なぶっとばしキャラでくるかと予想してたんだけど、こうくるのかぁぁぁ。


◆第二幕

(第五景)

 森山未來くんの天魔王、扇の動かし方が美しいこと美しいこと・・・・・(*^_^*)

 捨之介と沙霧の間に漂う雰囲気が好きだな。2004年のアカドクロ、アオドクロは、捨之介がもっと大人の男の雰囲気だったけれど、2011年のワカドクロの捨之介は未完成な若者っていう雰囲気なので、その分、若い男の子的な甘さが自然に出てきている感じ。

 名札をつけた小田切三五が笑える。

(第六景)

 裏切り三五の見得切りの場面大好き(笑)
 実年齢と全然違う年齢言っているのに違和感がない顔立ちだよねえ。

 無界の里の人々がざっくざっく斬られる場面。あまりにも人死にが一気にきたので、2004年にはじめて見た時はびっくりしたなあ・・・・・・・・。

 二郎衛門におよしとの関係といった設定が加わっているためか、この場面での二郎衛門の複雑な苦渋に感情移入しやすくなっている。

 殴り込みの決意をかためるメンバー達。
 三五、過去の演出と違ってアイテムが無くなっているけれど、こっちの演出の方が三五の人としての側面をストレートに出してて好きだな。

 兵庫の
「てめえが雑魚だと思ってる連中の力、みせてやろうじゃねえか」
という台詞が好きだ。2004年に見た時から、この台詞、この場面がとても好きだった。とっても少年漫画的な場面だと思うのだ。一人一人の力はちっぽけだけど、信頼の感情で結束し、皆で力を合わせ、結束して力を合わせることによってとんでもないエネルギーを放出してありえないような力を発揮する。
 この台詞を軸としてこの物語を眺めていると、スーパーヒーローでなくなった2011年版捨之介も、物語の流れに合致しているなあと思える。

(第七景)

 裏切り三五の裏切りが好きーーーーー♪♪♪
 抜かずの兵庫は馬鹿すぎる。もうちょっとどうにかならんのか、この場面?

 スーパーヒーローではない捨之介。
 この場面で一番無様な姿をさらす。
 でも、その無様さ、弱さが、ワカドクロの味にもなっている。
 沙霧との関係性に微妙に甘さを醸し出すことにもなっている。

 倒れている蘭兵衛の横で立ちつくす極楽太夫の後ろ姿、切ない・・・・・・・。

 百人斬りはこういう人的構成になったかぁぁぁぁ。
 真剣に刀を研ぐ兵庫の表情が好きだな。

 捨之介VS天魔王。戦いのその終結の仕方ってありなのか?
 ここでも、天魔王の小物感が強調されているのか。

(第八景)

 ワカドクロの捨之介はスーパーヒーローではなく地べたを這いずるキャラになっているが、入れ替わり場面でもそんな感じ。さらりと飄々と入れ替わってた今までとは違い、本気で一度は諦めかけ、けれども仲間に救われる捨之介。

 ただ、沙霧の救い方・・・・・・これってアリなのか????
 二郎衛門との関係が良好だったことに依存したやり方・・・・・・・。

 髑髏城の七人のそれぞれが立ち去っていく場面、好きだ。
 沢山の人が死んだ話だったけれど、不思議な爽快感のある終わり方。

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2011年9月14日 (水)

「ロミオ&ジュリエット」雑感

 赤坂ACTシアター2階席上手側サブセンターで「ロミオ&ジュリエット」を観劇。
 今回は山崎育三郎くんのロミオとフランク莉奈のジュリエットを観たけれど、その二人の感想については、次回観劇で城田ロミオ&昆夏美ジュリエットを観てから改めて。

★憎悪

 キャピュレット夫人の人間像が面白かった。

 娘ジュリエットといる時よりも、甥のティボルトといる時に、生きた表情を見せる女。 母としての部分を捨てた女として存在してしまっている夫人。
 ジュリエットに縁談が来た時に、自身の思いをジュリエットに語る。そこには娘への気遣いはかけらもなく、ただただ、女としての憎悪に凝り固まってしまったようなグロテスクな側面を見せる。
 一見かわいらしく年齢不詳な美しさを持つ存在でありながら、内なるものは母性不在のグロテスクな残酷さ。
 しかし、かなめさん(涼風真世)さんという役者さんは、グロテスクな生々しさが直接的に表に出ない、不思議な年齢不詳のコケティッシュな雰囲気があって、そこから生まれる浮世離れしたムードが面白い。

 この凶暴なグロテスクが最後に折れる。ジュリエット達の死に接した時に、無防備に座り込み、放心する。
 ティボルトの死の際には、折れるのではなく凶暴にグロテスクな女としての表情を強く見せていたけれど、ジュリエットの死に際しては、はっきりと折れた。
 そこに見えたのは、両家の対立への反省の思いというよりも、繰り返し訪れた悲劇に対しての強い敗北の念であったような気がする。


★二人の母

 久しぶりにみどりちゃん(大鳥れい)の舞台を見た☆ アスペクツオブラブのジュリエッタ以来かしら。リアリティのある、血肉の通った女。激し過ぎず抑制された知性と母性。
 マブダチという言葉があまりにも似合わなくて目眩がしましたけれどね。演出家・小池修一郎氏は、なんでこういった妙な語彙を好んで使いたがるのかなあ・・・・・・・・・。

 そしてもう一人の母。というか、母のごとき存在。ジュリエットの乳母。大らかで柔軟で情愛豊かな存在。女優としてはまだ知名度低めだけど宝塚ファンなら当然知っている、はまこ(未来優希)の巧さを存分に満喫出来る。


★携帯文化

 もしも再演があるのだとしたら、舞台は中世のヴェローナということにして、作中に登場する、携帯、フェイスブック、メールといった台詞は全部カットしてしまってほしい。お客さんは受けて笑っていたけれど、私は笑えなかった。そうした語が登場するたびに、興ざめさせられた。
 いかにも受けねらいといった感じで、とりあげられる機器で語られる文化が物語世界の文化とあまりにも不調和であることが、興醒め感をさらに増す。演出家の小池修一郎氏は昔っから、こんな形で、≪現代文化を劇中に取り込もうとしたがるが、使いこなせずに無残な爺さんぶりをさらす≫というのを繰り返しているのに、一向に懲りないのね・・・・。

 宝塚版のロミオ&ジュリエットのようなオーソドックスな演出を期待していただけにとても残念だ。
 出演者は素晴らしいのだもの。オーソドックスな演出でであれば、再演はぜひ見たい。でも、今の演出であれば、再演しなくてもかまわない。


★初演?

 これは舞台そのものへの感想とはちょっと違うのだけど。
 何故、この舞台、日本初演と呼ばれる?何故プログラムの中で城田優くんは自分を初代ロミオと言っているの?

 スタッフは、こういった妙なアピールをやめさせてあげてほしいな・・・・・・・・。もしも私がロミオ役の役者さんのファンだったら、いたたまれない気持ちになりそう。宝塚ファンには違和感持たれるだろうし、妙な誤解も招きそうだし。ロミオ役の男優さん達は別に「宝塚?そんなもん、芝居にカウントすべき価値ないぜ」なんてことは思っちゃいないだろうに、現実には宝塚歌劇の存在軽視だし。あるいは、宝塚版の存在への無知ゆえの自己アピール?それって可愛そうすぎる。スタッフがちょっと気を配るだけで、そんないたたまれない状況に彼らはいなくてすむのに・・・・・・・・。

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2011年9月 2日 (金)

夏に読んだ漫画

 6月から8月に読んだ漫画の感想。
 今の東京では9月も夏かもしれないけれど、9月は三原順、遠藤淑子と多くなりそうなので、感想文は分けます。


●吉田秋生「海街diary」(4)

 現在連載中の漫画の中では一番お気に入りの作品♪
 鎌倉を舞台にした、吉田秋生バージョンの若草物語。
 前巻までの感想はこことかココとか。

 長女・幸の不倫の恋は、彼のアメリカ行きをきっかけに終わりを迎え、姉の恋と苦しみを憂う四女・すずはその心配をきっかけにサッカー仲間の風太との距離を縮める。次女・佳乃はやや不安定な部分も抱える姉とは方向性の異なるしっかり者ぶりが金を扱う仕事に生かされるようになっており、上司との関係も接近しているがこちらはまだ恋には程遠い。三女・千佳はかわらぬマイペースぶり。男を見る目に関しては二人の姉よりも確かなものをもっているけれど、姉達も妹もまだそのことには気づいてない(笑)看護師の幸は4月から終末医療に携わることになっており、4巻の中で、どうやら胃がんであることが示唆されている患者との関わりが5巻で描かれていくのかなとも思われる。
 延々と話を続けられそうな物語ではあるけれど、このタイプの日常物語はあまり長くなるとだれて質も落ちたりもするし、多分、すずの残り一年の中学校生活を軸にして、三人の姉達の今後も描かれていくのだろうなと想像中。物語上では残り一年でも、連載自体は一年では終わらないんだろうけれど。

 すずのサッカー仲間である、片足を切断して義足でプレイを続ける多田裕也が今後どうなっていくのか。すずの今後の進路決定にあたって大きな影響をもたらすことになるのかな。決して経済的に恵まれた家庭に育っているわけではない裕也は、伸び続ける身長、合わなくなってリハビリを一からやり直さなければならない事態が今後も予測される中、どのような進路を選ぶことになるか。まだ直接は描かれてないけれど、監督のヤスは相当に悩んでいる真っ最中であると思われる。すずが高校入学後も女子サッカーを続けていくかどうかを早い時期から気にかけているヤスなのだから、すず以上に将来を期待されていたにもかかわらずすずよりも大きな苦労を抱え込んでしまっている裕也の進路について、あれこれ調べたり悩んだりしていないなんてありえない。
 裕也は、もっと背が伸びて筋肉ががっちりついてくれば、フィジカルにも強くなって今後選手としてやっていける可能性が広がったりするんだろうか。でも、現在は少年体型だし、今までのように技術に依存しているままだと・・・・・・・例えば高校でなんらかの奨学金を得てサッカーを続けるとかは可能だったりするんだろうか?そして、裕也の場合、経済的援助がなんらかの形で得られないと、サッカーを続けるのはかなり苦しいものがあるのではなかろうか。父の遺産があるすずとは条件がかなり違うはず。、

 いずれは結婚やら進学やらで解体されることになるであろう四姉妹の生活は、誰があの家に残ることになるのかな、といった点も気になる。
 私は、幸だろうなと想像しているんだけど(笑)
 佳乃は庭木の世話なんて絶対出来ないだろうし。千佳もその点ではやや危ういし。アフロ店長の勤め先はチェーン店であるように見えるので、転勤もありうるかもしれないと考えると、千佳があの家から出ていくという可能性は一番高そう。

 風太はいい男になってきてる♪
 吉田秋生の漫画って、思春期の男の子の性的な好奇心をかなりしっかり描くものだったりするけれど、このシリーズにおける思春期少年達は、吉田秋生漫画の登場人物とは思えないほどに皆、純情だなあ(^^ゞ

 ところで話がそれますが。
 私、マサの言動が大いに気になっているんですが。
 
 「ラヴァーズ・キス」の中で、緒方篤志は藤井朋章がこれからずっと抱え続けていく秘密について、
「おれ、絶対言いません。誓います。おれ鷺沢高尾さんが好きなんです。あの人の名にかけて誓います」
ときっぱり言い放つ。けれど。
 「海街diary」のマサは、稲村ケ崎から入水自殺をはかった人間がいることを知っている。
「うちの兄きから聞いたんや。兄きの高校の先輩で稲村ケ崎で自殺未遂しよった人おるんやって」

 ・・・・・・・・・兄きのお喋り((+_+))

 篤志は、入水自殺をはかった人間が誰であるかを名前を伏せておけば、噂になることもなく誓いは守れると解釈したのか? 藤井先輩は病院に運び込まれたわけでもないので、名前がわかるはずもないと楽観してたのか? 

 でも、マサの話を聞いたすずは、その話を聞いて、藤井先輩を思い浮かべているわけだし。
 そりゃ、すずは藤井先輩の自殺未遂話を吹聴するような子ではないとはいえ。

 簡単に喋るなよ。秘密ってのは、結構あっけない形で漏れていくものなのよ(^^ゞ秘密にすると誓ったのであれば、あくまでも絶対に誰にもひとかけらも喋ってはいけないのよ。

 といった形で、1996年に読んだ篤志の決意宣言に関し、2011年になって疑念を抱く私なのであった(^^ゞ

 さて、9月発売号にまた海街diaryの次のお話が載るとやらで、その展開も楽しみ☆


●川原泉「コメットさんにも華がある」(白泉社)

 前巻「レナード現象には理由がある」は、何かしっくりこないような感があったのだけど、今作「コメットさんにも華がある」は、前巻に比べると少女漫画色が高くなっていたためか、すんなり楽しむことが出来た。前作は同性愛者やロリコンの描き方で、なんとなく、もやもやっとしてしまう部分があったんで、すんなり物語世界に没入しきれなかったんだ・・・・・・・。

 川原泉の漫画で一番好きなのは「笑う大天使」「架空の森」「森には真理が落ちている」「フロイト1/2」あたり。
 娘も川原泉好き。私は川原漫画を全部所有していたわけではなかったんだけど、ある日本棚を見たら、私が買っていないはずの川原泉漫画があった。全部持っていたい娘が、我が家に無い物を買い足したのであった^^; でも、同世代の漫画仲間にせっせと布教を試みるもなかなか実らないらしい。そんなこともあって、反抗期のはずの娘は何故かハハをオタク話仲間としてそれなりに大事にしている^^;;;

 ちなみに、娘の感想。
 「コメットさんには華がある」の男の子が、他の作品の男の子と違い、髪がベタでないことが強く印象に残ったらしい。
「他は皆、ベタ髪なのにーーーーーー!!!!」
なんじゃそりゃ? オタクな娘は漫画を読んだ後、原画展も見に行っていた・・・・・


●田村由美「7 SEEDS」(20)

 船内から発射待ちの核ミサイルを止めるために奮闘を続ける夏Aチームの二人および夏Bチーム。

 恋する乙女まつりちゃん、可愛い♪
 元気なくりくり嫌いじゃないという涼は可愛い♪ でも彼が一番好きなのは女ではなく安居なんだよなあ・・・・・。
 ナツの慎重さ、臆病な部分をプラス評価する安居。ひとやま超えれば、嵐みたいに、先生的な素質を見せるようになるか?
 前にも言ったけれど、蝉丸のナツへの態度はひどすぎると思う。ナッちゃんはいじられるのは嫌いなんだから、逆効果だよねえ???? 蝉丸がナツを気に入っていることはよくわかるけれど、このままずるずるとナツと蝉丸がくっつくなんていうのは嫌だな。
 蛍ちゃんは何故、落ちこぼれ組とされる夏Bチーム所属なのだろう?他の六人はそれなりに納得いくんだけど。彼女は、最初っからお役立ち娘だよねえ・・・・・?

 安居はまつりや蝉丸との触れ合いの中で、安居は嵐との触れ合いの中で、大きくかわってきてはいる。しかし、作者はこの二人を許すような方向で物語をすすめていくんだろうか?涼の花やハルに対しての殺人未遂行為、安居の花に対する暴行、安居が十六夜さんを安易に殺したこと。やらかしてしまったこれらの行為は、そう簡単に許されてはいかんと思うんだけど。ああでも、BASARAの浅葱なんかを見ていると、作者は結局は夏Aチームが皆救われるような方向でストーリーをすすめていくのかな、という気もする。

 物語の終着駅が佐渡になるんだとしたら、夏Aと秋・春・冬の混合チームは、突然の雨季で住まいを流されるなどして離散といった物語がまたあったりするのかな。このまま大人数で固定のままだとしたら、二つの大チームの出会いが対立をもたらすといった展開もありうるのか。もう20冊も出てるのに、先が全然読めない。


●美内すずえ「ガラスの仮面」(47)(白泉社)

 感想はココに。

●聖千秋「KECHOMPA」(2)(集英社)

 1巻が出た時に書いた感想はコレ
 そんなわけで、おそるおそるといった気分で2巻を買ったのだけど、2巻は面白かった!これなら読み続けられそう。

 2巻で初登場の堂上刑事がいいキャラだ。リリコの片思い相手のニィよりもこっちの方が絶対いい(笑)
 堂上の登場でこの漫画の少女漫画度が高まったような感じ。絵は相変わらず見づらいけれど。リリコVSイカ焼きは、少女漫画度の高い良い並びだ。一応シロートなんだけどカンと人脈がバリバリのリリコ&現場大好きなちょっと外れ者の刑事で今後ガンガンすすめていってほしい。


●高橋留美子「高橋留美子劇場 運命の鳥」(小学館)

 ビッグコミックオリジナルに年1のペースで掲載される読み切り漫画のシリーズ「高橋留美子劇場」をまとめた物。2006年から今年2011年までに発表された「ポジティブ・クッキング」「事件の現場」「しあわせリスト」「運命の鳥」「年甲斐もなく」「隣家の悩み」の6本。

 高橋留美子って、あれだけ売れっ子でのほほんと日常生活を過ごしていくゆとりなんてなさそうに見えるのに、中年の男性の悲哀の感情とか、中年の女性の評価されない苛立ちとか、そうしたちょっとした描写が妙にリアル。でもリアルすぎずにほどよく夢が見られるような後味の物語に仕上がってる。長期連載よりも、こうした短編の方が、高橋留美子の巧さがよくわかる。


●荒川弘「銀の匙 Silver Spoon」(1)(小学館)

 大蝦夷農業高校に入学した八軒勇吾。都会育ちには驚愕の事態が多すぎて戸惑いとバタバタと奮闘の日々。
 エッセイ漫画「百姓貴族」が面白かったので、ストーリー紹介を見る限りではこれは多分この作者の得意エリアでの作品? 1巻をとりあえず買ってみた。これなら次巻以降も楽しめそうかな。ただ、作者にとって近すぎるエリアの物語であるがゆえか、設定勝負になってしまっていてストーリー漫画としてはまだこなれてなくて「百姓貴族」の方が面白いような気もするというのも正直なところかな。


●川原由美子「ななめの音楽」(1)(朝日新聞出版)

 うーーーーん、私的にはハズレかな。次の作品に期待。2巻は買わない。

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2011年9月 1日 (木)

septembre

★今月の観劇

ロミオ&ジュリエット
ロミオ&ジュリエット 
髑髏城の七人

 ロミオ&ジュリエットは、曲が好き。出演者に好きな人がいっぱい。なので、楽しみ。
 「髑髏城の七人」では、今年最初で最後の、娘との観劇。学校生活が忙しくて観劇を一緒にというのが少なくなってしまった娘なんだけど、この公演にはものすごく興味を示した。
「早乙女太一の殺陣を生で見たい!!!!!!!ものすごく楽しみ♪」
ゲキ×シネ「蛮幽鬼」効果ですね。
 私は1997年版と初演版の髑髏城は観てなくて、アカドクロが最初の髑髏城体験だった。アオドクロよりはアカドクロの方が、野性的な力強さが感じられて好みだったかな♪力なき者達が集って力を合わせて巨大な敵に立ち向かうという、少年漫画の原点のような物語が大好きだったので、若い役者さん達による再演にも大いに期待しておりまーす♪
 今のところ、一回観劇の予定ですが、体調みながら、観劇回数もうちょっと増やしたいですねーーー♪
 青山劇場に向かう際に宮益坂をのぼるのにひーひー言うような体調ですが^^;

 赤坂ACTも、劇場入り口までの勾配がなにげに厳しいのですよねえ(涙) 

★先月の観劇

 宝塚宙組公演「美しき生涯」「ルナロッサ」。
 三銃士
 三銃士
 宝塚宙組公演「ヴァレンチノ」
 三銃士

 3回観劇の予定だったが、三銃士が増えたので5回に・・・・・・。

★今月買う本・漫画

 リライト版のゴーストハント第6巻。

 三原順「夢の中 悪夢の中」(白泉社文庫)

 遠藤淑子「今月のわんこ生活」第二巻。
 遠藤淑子「アリル 午後のお茶は妖精の国で 番外編 」 (祥伝社)
 遠藤淑子「スマリの森」(白泉社文庫)


 遠藤淑子の漫画の発売はチェックしそびれていたのだけど、娘が8月下旬になってから言った。
「また、遠藤淑子の漫画がどーんと何冊も出るらしいよ。買ってね♪」

 時と場所をかえながら「買ってね」と数回言われたような気がする。
 「スマリの森」はこれを機にコミックスは手放した方が本棚にスペースが出来て楽なんだけど・・・・・・・・・
「文庫がママ所有なら、コミックスの所有権はちょうだい」
と主張する困った娘。 
 知る人ぞ知る、の遠藤淑子漫画ではあるけれど、我が家では≪親子で語る少女漫画≫では筆頭にあがってくるのが遠藤淑子漫画。

 「天山の巫女ソニン」が講談社ノベルスから出るらしい。これは、ハードカバー持っているから買わなくてもいいかなあ。あとがき等、ハードカバー版に無かった物が収録されるかどうかのチェックは必要かな。

 戯曲本の今年の「髑髏城の七人」は結局8月に買ってしまった。まだ読んでない。
 「アントニーとクレオパトラ」、我が家の本棚に並んでいる小田島訳の中には無かったので松岡訳を買ってしまおうかな。こうやって本が増殖していく。小田島訳で買わなかったのは、物語自体がそんなに好みじゃなかったという理由なのに。

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