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2011年10月

2011年10月30日 (日)

荻原規子の新刊「レッドデータガール」第5巻購入

 楽しみにしていた荻原規子の最新作「RDG5 レッドデータガール 学園の一番長い日」(角川書店)を買ってきた。

 ツイッター情報だと、都内大手書店に陳列が始まったのは10/28(金)夕方だったそうな。我が家のダンナは、28日夜7時ちょっと前に、私の病室に見舞いにきてくれた時に、RDG5巻を持ってきてくれたので、その日のうちに無事に読み終わることができた!最後の方は、病室の消灯時刻が過ぎてからだったので、布団をかぶって携帯電話の灯りで細々と読むことになったけれど。

 この巻で展開されるのは、鳳城学園で開催される学園祭。
 10/2(土)と10/3(日)の二日間の、戦国学園祭。
 泉水子(いずみこ)たち生徒会執行部は、黒子の姿で裏方にまわる。しかし、大いに盛り上がる学園祭の水面下では、高柳たちが仕掛けた罠が動き出している。そして、高柳の勢力と競って学園トップをねらう、宗田真響(まゆら)と弟・真夏の姉弟は、高柳の狙いを阻止できるのか?
 ひっこみじあんヒロインの泉水子は、宗田姉弟に強いつながりと友情をおぼえている。人ならぬものを見分け、神霊と対峙し、姫神と呼ばれる謎の存在に憑依される少女である泉水子。地味に平凡に生きていたい泉水子は、様々な思惑の交錯する戦いの中で、それらを他人事として存在していることは出来ないような位置に立たされ巻き込まれてしまっている。

 荻原規子が上橋菜穂子との対談などで語っていたところの、≪変な学園物≫がますます力を発揮。本当に、実に変な、学園物(笑)。
 ファンタジー。少女小説。ライトノベル。カテゴリーのための語彙はいろいろあるだろうけれど、ここはやはり≪学園物≫が一番ふさわしいノリ。

 今回の巻は、最終巻の前巻ということもあり、物語が大きく派手に動き、「学園の一番長い日」が壮絶なまでに盛り上がる。戦う勢力も、怨霊も、神霊も、山伏も、大活躍。和水子と深行(みゆき)の関係は小前進?トトロにからめて、なにげにすごいことを泉水子に対して言ってませんか、深行くん?(笑)

 今回の巻、物語の終わり方がとても綺麗。絵になりそうだけど、下手にアニメ化なんてされたりしたら、つまんないものになりそうかなあ。でも、なんらかのメディアミックス戦略は動いていそうなことを、Amazonの書籍紹介頁を見ると感じるような。

 さてしかし、学園トップが、高柳でも真響でもないものにおさまったということは、歴史はどう動いているといえるんだろう。
 鳳城学園というものの存在に、今までの歴史とは違う流れが加味されていることや、紫子が今回の泉水子や深行の行動を評価しているらしいところを見ると、歴史になんらかの修正は加えられているということなのか?

 次回の最終巻楽しみ! 最終巻ですよね?上橋菜穂子氏が以前に対談で、
「6巻じゃ終わらないような気がする」
なんていうイヤーンな予想を言ってたけれど、そんなことありませんよね?


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☆3巻読後感想はここ
☆4巻読後感想はココ

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2011年10月29日 (土)

加藤健一事務所「詩人の恋」観劇

 初演は2003年。その後、2006年と2008年に再演され、今回の2011年版は第四演。
 初演はスケジュールの都合で見逃した。音楽座ファンの知人が絶賛する舞台だったので、次の機会があったらその時には見逃さないようにしよう、と思った。だから、3年後に再演の発表があった時には大喜び。うきうきしながら本多劇場に足を運んだものだった。そして、その後、再演のたびに、1公演1回、観てきている。再再演は本多劇場でもあったけれど、自宅からの行きやすさとか、ちょっと目先をかえてみたいという理由で、紀伊国屋サザンシアターでの公演の方を選択して観劇した。

 畠中洋さん目当てでチケットを購入した私、加藤健一事務所の作品は初体験。予備知識としてあったのは二人芝居だということ、シューマンの「詩人の恋」が歌われる音楽劇であるということくらい。あ、「美しき五月に」は高校生の時ドイツ語歌詞でおぼえたので今でも一番だけなら歌える。その程度のうすーい前知識で出かけたものだった。

(あらすじ)

 所はウィーン。老マシュカン教授は、ヴォイストレーナー。声楽家としては峠をすぎた状態。そんな彼の前に、かつては神童と呼ばれたピアニストのスティーブンが現れた。壁に突き当たっていて、ピアノが弾けなくなってしまい、伴走者への転向を真剣に考え悩んでいる真っ最中のスティーブン。彼へのレッスンのために、何故かマシュカン教授が紹介されたのであった。
 スティーブンはピアニストであるが、マシュカン教授は、彼に、シューマンの連作歌曲「詩人の恋」を全編歌いこなすことを課題とする。自分はピアニストであるのに、なぜ歌わねばならないのか、と強く反発するスティーブン。嫌々ながらもレッスンをはじめた彼であったが、レッスンを続けていくうちに、次第に様々なものをつかみ始める。マシュカン教授とスティーブンは、年齢も国籍も育った環境も全く異なる存在であったが、奇妙な不思議な友情めいた感情が生まれ始める。
 そして、長い年月を生きてきたマシュカンが、ずっと抱え続けてきた痛みの感情に、若いユダヤ人青年であるスティーブンは触れる時がきて・・・・・。

(感想)

 マシュカン教授の加藤健一さんも、スティーブンの畠中洋さんも、素敵な歌声で「詩人の恋」を歌いこなす。お芝居でのこのお二人のがっつり組む姿は嬉しい限り。緩急自在に、笑わせたり泣かせたりの姿を、世代の全く異なる二人の役者さんが、がっぷり組んで魅せてくれる。加藤健一さんって、すごい役者さんだなあ。そして、負けないエネルギーの舞台を見せてくれる畠中さんの活躍がすごく嬉しい。今まで観てきた畠中さんの舞台の中では一番好きなもののひとつだ♪今後も、何度でも何度でも再演してほしい。畠中さんは体型が華奢だから、お髭さえ生やさなければ、まだまだ当分の間は≪青年≫の役はビジュアル的にもおっけーのはず。声は精悍なままだしね。是非、まだまだ続けていってほしい。生真面目で非常に頑なで。時には我儘で傲慢で身勝手で、それでいて熱く激しく怒れる男でもある、スティーブンというこの役、畠中さんにぴったり。

 自分は、高校生の時に、音楽の授業で、この連作歌曲の最初の歌「すばらしい五月に」を歌ったことがある。
センチメンタルなメロディであり、センチメンタルな歌詞だと当時は思っていた。綺麗で美しいけれど、特に心に残ると思ったりすることはないまま、それでもドイツ語で一番は丸覚え。センチメンタル、ロマンチックだからこそ、シューマンよね、とか呟きながら、センチメンタルなムードの中で遊んでいた。

 だから、はじめてこの舞台を観た時、クライマックスの場面で流れるこの歌のあり方にびっくりしたんだ。
甘ったるいセンチメンタルな歌だと思っていたのに。
すさまじい勢いで、いろんなものを押し流していく。ただただ。激しいメロディの奔流に押し流され、茫然とさせられる。

 他にも素敵な曲がいっぱいあるのが嬉しくて、観劇後に図書館で「詩人の恋」のCDを借りて何度も聴きこんだ♪

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2011年10月26日 (水)

「隠蔽操作」と「果断」を観てきた

 シアター1010の後方センターブロック席にて、25日に「隠蔽操作」、26日に「果断-隠蔽捜査2-』」を観てきた。シリーズ物の二つのお芝居を、二日かけての観劇。(マチソワする人も多いと思うけれど、私はマチソソワ体力が無いので、二日に分けて観に行ったのだった。)

 新潮社刊の今野敏の警察小説が舞台化された作品。
 舞台装置は非常に簡素で、演出もさほど、舞台ならではの特徴的な部分はない。突然どっかから出てきた舞台企画を、無難に舞台上にまとめあげたといったようなイメージ。来年にも、上川隆也さん主演舞台があるらしいけれど、こういう完成度と緩さの作品が出てきたらちょっとがっかりかなあ・・・。

 主役は、上川隆也の演じる警察官僚の竜崎伸也。
 1作目の「隠蔽操作」は、中村扇雀が演じる伊丹俊太郎が、2作目の「果断」では小林十一が演じる戸高善信が、舞台の進行役となっている。小林十一は、なんかすっかり、ベジャールダンサー時代を過去のものにしてしまったという感じなのねえ。

 出演者に時間があいたら、小説のシリーズの続きの舞台化も企画されたりするのだろうか。プログラム掲載の対談の中で、上川さんが、3作目の「疑心」の恋愛エピソードが好きなんだと語っているのが気になる・・・・。私、「疑心」で恋情にとっつかまっている竜崎があんまり好きじゃないんだ・・・・(-_-;)

 舞台そのものよりは、プログラム掲載の今野敏さんとの対談を読む方面白かったりして。
 上川さんはウィキペディアを読んでいる人だったのね(笑)
 そして、相変わらず、オタクな趣味話でキラキラしちゃう上川さん。

 と、すっかり舞台感想からそれてしまっているけれど。
 強引に舞台感想に軌道修正。

 コテコテに生真面目な刑事を演じる竜崎の上川さんは可愛いので、ファン以外にはそれほど積極的にはすすめないけれど、ファンは観ておいて損は無いと思う(笑)ほとんどにこりともしない役で、笑うとあまりにも不自然ですらあるのに、周囲の状況をうまくとらえて笑わせてくれる。
 竜崎の妻を演じる斉藤レイさんは、コテコテ竜崎以外にはこの人以外絶対合わないわよねえといったムードの、しっかり者の可愛らしい奥様だった。

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2011年10月23日 (日)

新井素子「銀婚式物語」購入と、銀婚式物語とは全然関係無い雑談

 中央公論新社から刊行された、新井素子の新刊購入。以前、角川文庫から出た「結婚物語」「新婚物語」の続き。
 都内大手書店に並び出したのは21日夕方だったらしいが、どうやら私、しっかり、その21日にすぐにゲットできてた模様。病気で入院してるというのに・・・・出たばかりの新刊を買ってきてくれたダンナに感謝感謝だ。

 このシリーズ、新婚物語まで出てた頃は、作者も含めて、妊娠、出産、子育てのバタバタ大騒動の物語も続けて出ていくんだろうなと、予測・期待されていたような気がする。作者自身があたりまえのように、何年かしたら出産といったようなことにだって楽しげに触れてたわけだし。新婚物語で購入したマンションには、そのうちこどもがうまれた時用のスペースだって準備されてたわけだし。
 でも結局、そうした物語は描かれることなく、陽子さんと正彦くんの物語は25年後にとんだ。

 私はそれなりに新井素子ファンではあるので、その間に出たほのぼのエッセイも、お笑いエッセイも、シリアス系ホラーも、SFも、単行本になった物は大体全部おっかけてきたとは思う。

 「結婚物語」の頃から作者は、この物語は、ノンフィクションをもとにしたフィクションなんだと主張している。適宜ノンフィクション部分を混ぜているのだと。
 確かに、「結婚物語」はフィクション部分の占める割合が高いだろうなあという印象を受ける。でも、「新婚物語」は、ノンフィクションが小説向けに書き換えられたのだろうなとおぼしき叙述が増えている印象だ。病院行騒動、引っ越し、猫ちゃんのファージの家族入りなど。

 そして「銀婚式物語」。
 「新婚物語」までの重要キャラ達が、年月が過ぎ去ったのと共に退場していっただけではなく、物語叙述が、陽子さんの頭で思うことが中心となり、正彦さんですら、陽子さんに比べるとその思いの部分がやや後ろに置かれる形で描かれている。
 だからこの本の印象は、物語というよりは、≪ノンフィクションをかなり参考にした、エッセイ的叙述≫といったものが強くなっているような。

 全13章にOPENINGとENDINGがつく。
 マンションから一軒家へのお引越しという大騒動があったため、物語の中でそれらの占める割合が最も高い。
 エッセイ本「明日も元気にいきましょう」(角川文庫)にあった、一階部分が書庫で二階部分が住居、お父さんから受け継いだ膨大なSF本をようやく自宅に引き取ってエクセルで管理、といった顛末が、詳しく詳しく、それはもう詳しく描かれる。エッセイでは短かったため、おうち作りの顛末の記述はものすごく面白い。
 幸せそうだ。いいなあ・・・・と思う、マンション住まいで本をなかなか増やせない私(笑)

 それから、猫絡みの騒動。
 アテロームによる騒動はぶっちゃけ「もとちゃんの痛い話」(角川文庫)の方が面白く読めるものになっているとは思う。

 アテロームによる通院話にくっつけて、短めにさらりと、不妊のお話。そして、25年という歳月の中で去っていってしまった人々のお話。
 新井素子さん、あとがきで
「ぜひ、二十五年後、『金婚式物語』でお目にかかりたいと思っています」なんて言ってるけれど、ホント?それホント?二十五年もたったら、普通、もっと増えるよ?
 まあどのみち、私は読めないんだけど(涙)

 といったあたり、総体的感想。
 ここで感想文終わらせちゃっていいんだけど、読みながらついついメモとってしまったので、その細かいメモも書き散らしてしまいます・・・・。


1)長生き!!!
 
 子猫ちゃん時代にちくわなんてよく食べてたわりには、23才まで長生きしたなんてすごいよ、ファージ。
 17才から腎臓病で獣医さんの常連だったんだとしても、それでもすごいと思うのだ。
 そもそも17才までは獣医さん常連じゃなかったということ自体でも、ファージは素晴らしいと思うのだ。


2)本の増殖

 本ってとてもとても気をつけないと、すさまじい勢いで増えていくのよねえ・・・・。
 我が家はここまではすごくはないけれど(気をつけてるし)、本棚のあいていた空間が非常にスピーディーになくなっていくという恐怖には、とっても共感できますとも(笑)

 しかし、本棚のためとはいっても、家をつくるって大変なことなのねえ。
 結局はマンション住まいどまりで一戸建てとは無縁な人生となる私は、家を買うお金がどうとかの問題ではなく、書庫=家のためにここまで根性を発揮できた陽子さん=新井素子さんに、素直に感心するのであった・・・・・・・。


3)25年の変化

 陽子さんが徐々に病院行きに抵抗がなくなり、正彦くんが徐々に病院嫌いになる・・・・。
「新婚物語」時代には想像もしなかったこの変化!

 「新婚物語」時代は、血液検査での陽子さんの怖がりっぷりのくだりなんて、ギャグかよ???とか思ってたけれど(エッセイの類読んでて、あの徹底した血液検査嫌いは事実がしっかりもとになっていることがわかるのがすごいが)・・・・・・「素ちゃんの痛い話」のあのアテロームの治療の記述を読んでいると、血液検査が怖いなんて言ってられなくなってきて陽子さんが病院行きへの抵抗感をしだいになくしていったというのは、まあわかるなあ(苦笑)。あの治療をやったからには、血液検査怖いとかもう言ってられないでしょう。というか、あの治療、普通人から見てもかなり耐え難い大変さだと思うぞ。

 「銀婚式物語」ではあまりはっきりとは描かれなかったけれど、正彦くんが病院嫌いになっていったってのは、栄養指導をがっちりされて栄養制限されることにうんざりしていったという理由がやはり大きいのかな。エンディングにはちらりと、陽子さんが毎日カロリーブックと秤のお世話になりながら単位食作っている苦労には触れられてましたねえ。エッセイだと「近頃、気になりません?」(廣済堂出版)あたりがそれか。眩暈がしてきそうな栄養制限だなあと、エッセイ読みながら思ったもんだった。そのへんの面倒と苦労、「銀婚式物語」ではかなりばっさりと端折られていた。


4)料理音痴

 料理音痴だったダンナの痛々しい記述に涙。いやあ、あまりにも共感できちゃう。そんな女性読者が多かったりするんではなかろうか。
 我が家のダンナは、若い頃、私がグロッキー状態になった時、
「元気をつけるためにはしっかり栄養をとらなきゃ」
と言って、コンビニで肉などのお惣菜をどーんと買ってきたりしてたのよねえ。

 最近、私がずっと病気になっちゃって料理ができなくなってしまったもんで、ようやく覚えてくれた!
 おかゆ作り!!!!!
 そうよ、胃腸が弱っている時に必要なのは、肉じゃないわ。おかゆなのよ!!!

 全然「銀婚式物語」と関係なくてすみません。でも、この調子の悲哀は、新井素子の小説・エッセイのあちこちに結構流れてはいますよねえ(笑)


5)料理と掃除に関するある作家さんとの口論って(笑)

 299頁―300頁で言及されている、作家さんとの口論。
 この作家さんって、氷室冴子ですよね?(笑)
 
 もともと、その話が載ってたのは対談だったので、≪口論≫なんてほどじゃなかったけれど。でも、埃で人は死ぬという話は確かに出てきたはず。


6)端折られたぬいさんとの暮らしの記述

 ぬいぐるみ達のお引越しのくだりでようやく「銀婚式物語」に登場する、大勢のぬいさん。
 新井素子さんは、ぬいさん達についても、何冊も何冊も本を書いているから、今更ってのはあったのかなあ。
 実にファンタジーちっくな、ぬいさん達との生活ぶりについて「銀婚式物語」で端折ってしまうのは、非常にもったいなくも思えるのだけど。


7)東京電力

 ソーラーシステムに関する記述を見ると、陽子さんってば相変わらずお人よしだなあと思う。
 オール電化のために、その鍋の買い換え方はありえないっしょーーー?

 東京電力あくどいっつうか。陽子さんってば、もうちょっといろいろ確認してから買い物してくれよっつうか。
 折角結婚祝いでお友達にもらった土鍋も使えなくなっちゃったのね。それとも、既に土鍋は殉職なさってたとか?

 ブレーカーの件も。
 そんなに真剣に謝らないといけないようなことでしょうか?
 東京電力がブレーカーについての記載をあまりわかりやすいものにしてなかったことが、根本的な問題に見えるんだけど。

 今年の3月11日以降、世の中では東京電力への批判的論調がどかんと増えた。
 でも、お人よしの陽子さん(=新井素子さん)は、そうした突然の批判的論調増加に対しては反論がきっとあるに違いない!(^^)!


8)洋服選び

 25年たっても、洋服選びに関する陽子さんの基準って、ほとんどかわらないのね。
 シリーズとの出会いの頃、めぞん一刻Tシャツに関する、陽子さんと正彦くんのやりとりがあったけれど、陽子さんってば、25年たってもなおも・・・・。

 でも、私、正彦くんよりも陽子さんの方がわかるなあ(笑)
 食材のために何件もの店をまわるのは、苦痛じゃないどころか寧ろ楽しい。
 でも、洋服のために何件もまわるのは嫌。


9)ペリドット

 「結婚物語」。誰も知らないペリドットのエピソードが楽しかった。
 宝石に疎い私、誕生石はそれでもある程度は言えるけれど、ペリドットなんて聞いたこともなかったので、お勉強になったという意味でも楽しかった。どっかのお店で、
「これが『結婚物語』に出てきた、あのペリドットなんだぁぁぁ」
と、眺めて楽しんだりも。

 そのペリドットがよりにもよって、よりにもよって、よりにもよって、「銀婚式物語」において、こういうオチを迎えるとは。陽子さんってば素敵すぎるーーーーー(笑・笑・笑)

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2011年10月20日 (木)

大竹しのぶ突出舞台の「Piaf」

 シアタークリエの前方センターブロック席で、「Piaf」を観てきた。
 大竹しのぶが演じる、エディット・ピアフの半生。ピアフが交流した様々な人々の人生が、舞台上で交差する。

 大竹しのぶが、いかにも彼女らしい激しいエネルギーをまき散らしながらピアフを演じ、なおかつ、他の役を演じる人達のキャスティングゆえに起こってくる印象もあり、舞台上にできあがってきたのは、大竹しのぶ突出舞台だった・・・・・。
 ピアフがかかわる男たちの印象が、なんだか立ち上がってこない印象なんだな・・・・・。
 大竹しのぶのピアフは圧巻なんだけど。

 キャストバランスといった点においては、2月に銀河劇場で観た安蘭けい主演の「エディット・ピアフ」の方が私は好きだったかな。ヒロインが舞台上で放つオーラの量が全く違うというのもあるかもしれないけれど、ヒロイン以外のキャラがしっかり立っている印象だったから、ヒロインの恋のくだりに、もっともっと納得がいった。
 大竹しのぶ突出舞台になってしまうと、そのへんの、関係性の物語が奥にしりぞいてしまう感じだったのが残念。

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2011年10月19日 (水)

コメント承認制

 ちょっと思うところがあって、ブログのコメント欄をコメント公開保留制に変更してみました。使う側にとって不便になると思われるので、スパム防止認証画像については表示しないようにいじってみました。

 要は、コメントは即座には反映されないけれど、私がこのブログを見たら、反映されるということです。
 嵐があって変更をかけたという事情ではないですので・・・・・。

 承認制って、なんかえらそうな雰囲気が漂う気がするので、あまりやりたくはなかったんですが。

 使い慣れたデスクトップパソコンに比べるとノートは若干使いづらいので、ためこんだログはそのうちまとめて放出します。アントニーとクレオパトラの感想とか、本の感想とか、スワンマガジン最新刊の感想とか。特にSWAN、語りたい!!今月は「銀婚式物語」や「レッドデータガール」の刊行も控えているので、頭の中は饒舌になりそうなんですが、指が追いつきませんのだ・・・・・。
 しかし、頭の中がいかに饒舌になっても、結局、ピングドラムについてのまとまった感想は書けないまま終わりそうな気がする・・・・・・。

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2011年10月18日 (火)

観劇記録にならなかった日記—-「小さな花がひらいた」

 宝塚花組ツアー公演を府中の森芸術劇場で観劇予定だったが、前夜に体調を崩してしまってかなわなかったため、かわりに、1991年に観た公演「小さな花がひらいた」の思い出話でも書き連ねてみる。

 当時の私は、宝塚ファンになってさほど年数がたっていなかった。二番手男役さんで、男っぽい演技をする力があって、スタイルも普通に男役っぽいかっこよさで、歌声にも男役らしさがばっちりの、男っぽくてそれでいてノーブルでもあり、笑顔が爽やかで優しさと包容力ばっちり・・・・そんな男役さんだったルコさん(朝香じゅん)が、トップ男役になることなく退団してしまうだなんて、考えたこともなかった。
 だから、宝塚歌劇団の機関紙で退団情報を見た時は、ただただ唖然とした。

 東京宝塚劇場での4月の退団公演「春の風を君に」で飛虎を演じたルコさんは、かっこよかった。でも、「春の風を君に」はトンデモな物語だった。キャラはかっこよくても、物語は楽しめない。そんな舞台でやめてほしくなかった。
 だからこそ、翌月に日本青年館で上演されることになっていた「小さな花がひらいた」については、祈るような気持ちで楽しみにしていた。何が何でもよい公演であってもらわなければ困る。
 幸い、山本周五郎の原作による作品であり、1970年代に花組で、1980年代に星組でと上演されたため、柴田侑宏脚本が、劇団発行の脚本選にも掲載されている物であった。原作も脚本も事前に読むことができた。多分、好きになれる公演だろうと思えた。

 もともとは、大劇場用の一本物のお芝居。
 この時の青年館公演では、サヨナラショーががっちりついて、それによって2幕物として時間の穴埋めをしていたような、小さな規模の作品。

 それにしては、出演者は、えらくえらく豪華であった。

 質屋の女将に北小路みほ。町方同心に未沙のえる。
 専科からも、大工の棟梁で岸香織、大工の番頭で麻月鞠緒。鈴鹿照も出演。
 小さな作品なので、役不足といってしまってもよいような状態で、演技力のある人がひしめく。

 そして、沢山出てくる子役に、これまた、後のスターがぞろぞろといっぱいなのだった。
 特に目立つところでは、伝次のタータン(香寿たつき)。
 一番ちっちゃな女の子・あつを演じる森奈みはるちゃん。

 姿月あさと、汐風幸といった人達も子役で出てたのよねえ。

 ノリの良い主題歌のついた、人情物の作品。
 とにかく子役が沢山で、ちっちゃいけれど元気なお芝居がさあこれから始まりますよーー♪といった感じ。

 茂次の朝香じゅんは、青天も似合っちゃう粋なかっこよさ。「女房になるのかならねえのか、どっちだ」と詰め寄る場面が好きだなあ♪原作とは相当にシチュエーションが異なる場で発せられた言葉だったけれど、これはこれでかっこよくて素敵なのだ♪

 ヒロインのおりつの梢真奈美は、おりつとしては若干微妙だったかも?「ベルサイユのばら」のジャンヌのゆるやかな底意地の悪いせりふ回しが素晴らしすぎたので、その印象から観ている私が抜け出し切れずにいたというのも、不公平な観方だったかもしれないけれど。ジャンヌは怖くて本当に素晴らしかったのだ。でも、庶民的な顔立ちは、おゆうとのバランスという点においてはよかったのかな。

 華陽子のおゆうは、綺麗だった。上品なお嬢っぽさが似合う人だった。それゆえに、その後、お嬢っぽい役ばかり続いたのは、彼女にとってはやや災難であったかもだけど。退団公演はお嬢ではない弾けた役でよかったね(笑)

 安寿ミラ演じるくろは、原作のくろよりも可愛くて軽快でいい役どころだった。

 そして、こども達の中で一番ちっちゃな子として登場していた、森奈みはるちゃん演じる、あつ。めっちゃ可愛い女の子だったなあ。可愛くて可愛くて、いきなり好感度大アップになった、可愛い娘役さんだった。
 可愛いあつと、子役達のちょっとお姉さん的な位置で出てきている、夏目佳奈のお梅が、いいバランスだったなあというのも、懐かしい。

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2011年10月11日 (火)

SWANモスクワ編読んだ—-2011年秋号

 ただ今私、入院中。しかし、スワンマガジン新刊購入のために、外出届を出して本屋に行った私であった。10/8に某書店で購入。

■アグリー・ダックは、子ども時代に孤独の中にいたリリアナの心の叫びを描くものであり、だからこのバレエは観る者が彼女の人生を追体験する物語である。セルゲイエフ先生は、マクシモフ氏に、リリアナと自分は同じ魂を持って生まれたのだと語る。

(感想)

 アグリー・ダックの原型を見せるために、リリアナ主演のアグリー・ダックに大きな頁数が費やされる。1970-80年代と今では有吉京子の絵柄は若干かわってきてはいるが、絵柄の変化がリリアナ自身の変化となにげなくリンクしているようにも見える。
 その後に真澄が踊るのは、おそらくは、原型とは全く異なるものとなるということなのだろう・・・・。リリアナもマクシモフ氏モセルゲイエフ先生も、それを期待しているだろうし、多分、水先案内人を演じるレオンの役どころも、セルゲイエフ先生とは全く異なるものになりそう。
 意外と、真澄とレオンの間に、≪対立≫が描かれるような関係性だったりして(笑)


■真澄は、リリアナの神がかったコンテンポラリーダンスの場面を見ても、自分自身のアグリーダックを躍るのだというゆるぎない自分への信頼ゆえに落ち着いている。リリアナはリリアナ、自分は自分。「春の祭典」の乙女をおどってから、自分の中で大きく何かがかわった、自分の中でアグリー・ダックをおどる準備ができたのだということを、真澄は自覚している。

(感想)

 ここまで言及されるのなら、真澄がアグリー・ダックを2度おどるチャンスがあるから1回は失敗回にあてるなんていうイライラは予想しなくて大丈夫かな?
 はやく真澄のアグリー・ダックの完成形と彼女ならではの役解釈が動きに反映されるところが見たい。30年待ったのだもの(笑)

 奇跡の場面は美しいが、はじめて東京でのコンクールの短い抜粋場面を見た時とは印象が若干違っている。あの時のリリアナが演じた奇跡は、天使の覚醒だった。今のリリアナが見せる奇跡は、人間であるリリアナが覚醒する美しさだ。

 リリアナの相手役として水先案内人を演じるセルゲイエフ先生の表情からは、緊張と緊迫感のまざる厳しめのものが消え、二人のアダージョは信頼感と幸福感に満ち満ちたあたたかなやわらかさ。
 踊り手がかわって真澄とレオンが組むと、このアダージョもどう変わるんだろう。わくわくする。
 リリアナのアグリー・ダックは人間にと近づいていったが、真澄のアグリー・ダックは、物語の流れを見る限り、人間や地上の強調とは別の次元のものになっていったりもするんだろうか。一方の水先案内人のレオンは、抽象的な存在であるセルゲイエフ先生の水先案内人とは別種のものになったりするのだろうか?

 水先案内人の役割強化は、ストーリーを眺める限りでは、リリアナとセルゲイエフ先生のパートナーシップをより描くこと以上に、真澄とレオンの関係性を今までとは徹底的にかえていくことをねらっていると思われるので・・・・。

 いや本当にワクワクするなあ。
 ぶっちゃけ、真澄とレオンの世俗的関係部分がどうなるかよりも、この二人の関係が全く新しいアグリー・ダックとどう関係するように描かれるかの方が、ずっとずっと楽しみ。


■リリアナ主演のアグリー・ダックの舞台大成功。しかし、リリアナはセルゲイエフ先生の腕の中で倒れ、カーテンコールの幕はあかない。
 不吉な予感をおぼえて楽屋に走る真澄、そしてラリサ。
 リリアナはセルゲイエフ先生に、今自分は幸せだと語る。
 あおざめている先生は「ああ、わかるよ、リリアナ・・・・私も・・・だ」と答え、「愛してるよ」と言ってリリアナの唇にくちづける。
 真澄が楽屋に着いた時、マクシモフ氏の「リリアナ、逝くな」の叫び声が。首をふる医者。嘆くダンサー達。それらが、リリアナが逝ってしまったことを示す。
 真っ青になった真澄は劇場をとびだし、レオンが真澄の後を追う。
 ラリサは真澄に少し遅れて楽屋へ。(彼は客席に残ってるのか?)

(感想)
 結局リリアナは真澄のアグリー・ダックにはまにあわなかった。
 リリアナの死そのものよりも、まにあわなかったということがショックだ。
 誰よりも誰よりも真澄のアグリー・ダックを待っていたのがリリアナだったのに。
 その気持ちの強さは、セルゲイエフ先生もマクシモフ氏もレオンもかなわないほどであったと思われるのに。


■車にひかれかける真澄。かばうレオン。混乱した真澄の中では、ひかれかけた車は、実際には普通の乗用車であったにもかかわらず(車オンチの私には車種はさっぱりわからないけれど)、真澄の脳裏にはトラックの姿が。
 混乱した真澄は混乱したまま、誰を相手に何を喋っているかもはっきりわからないような状態で喋り続ける。
「わかってたのに・・・私、誰にも言わなかっ・・・だから・・・・だからリリアナ踊っちゃったんだわ。踊らなかったら・・・あんなこと起きなかったかもしれないのに・・・私のせいで・・・話したいことが・・・・一杯あったのに。もう遅い。ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・。私が・・・・彼女の手を離して・・・・しまっ・・・・私のせい・・・・で・・・・死んでしまっ・・・・」

 今はっきり明かされようとしている、真澄が抱き続けてきた≪罪悪感≫。
レオンは心を爆発させるような勢いで叫び、真澄の混乱に歯止めをかける。
「真澄!そうじゃない!ルシィの死は・・・あんたのせいじゃないんだ」

(感想)
 ついにルシィへの罪悪感の物語が描かれる局面がやってくる。レオンは今まで何を思ってあの一言を言えずにいて、そして今回何を思って言わずにはいられなかったのだろう。
 自分からあれを言い出せなかったレオンは、真澄と離れるつもりですらいたのに・・・・。
 真澄だけでなくレオンの中でも何か一つ、枷がはずれる時がきたのだろうか。

  しかし、頁バランスは大丈夫なのかな?
  ルシィへの罪悪感と真澄が今まできっちり向き合えずにいた姿と、そこからの解放の流れはじっくり描いてほしいけれど、リリアナがその晩逝ってしまったことについても、じっくり嘆いてほしい・・・・。ある意味リリアナというのは、レオン以上に、真澄にとっては不可欠な絶対的存在なのだから。

 ところで、とーーーっても世俗的感想を付け加える形で申し訳ないですが。
 真澄、そしてレオン。その服で車道に居続けるのは寒すぎますわね。お二人さん、どっかに移動しなきゃ。でも、混乱の真澄を劇場に連れ帰るのは無理そうに見えるなあ。じゃあ、次号はどっかに移動しての物語となったりするの?

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2011年10月 6日 (木)

「アントニーとクレオパトラ」を観てきた

 彩の国さいたま芸術劇場大ホールに、蜷川幸雄演出のシェイクスピア劇「アントニーとクレオパトラ」を観に行ってきた。1階後方センターブロック。

 学生時代、戯曲を小田島訳で読んだ。好きな作品ではなかった。蜷川氏が何をもって、プログラムの中でこの戯曲を出来の悪い戯曲と断じているのかは知らないが、久しぶりに読み返してみて(今回は松岡訳で読んだ)、「ジュリアス・シーザー」という前身の物語があるからこそ、中年男アントニーの生き様の無様っぷりを描くこの物語が、奇妙な光を発するんだなあと、新たに発見して面白かった。

 アントニーはかつては光り輝いていた。ジュリアス・シーザーが死んだ時、カリスマ的な力を放出する演説で、人々の視線を釘付けにした。

 そのアントニーが、クレオパトラとの出会い等をきっかけにして、堕ちていく。

 自分はかつてはすぐれた者であったという思い、その深層には、より優れた男がいたのだという思い。それらの思いによる劣等感の中で彼はあがいている。劣等感があるからこそ、彼はクレオパトラを利用する。この女がいるからこそ、自分は堕ちたのだ。この女がいなければ、自分はよりすぐれた者でありえたのだ。

 現実とそれは違うことを、アントニーは本当は知っているから、彼はひたすらに空しくあがき続ける。

 生き汚い主役二人の、みじめな野心と情欲、そしてその敗北の物語。
 随分長い年月がたってからこの作品に再び触れるのは、ある意味、刺激的で面白くはあったかなあ・・・・・。

 役者さんでは、池内博之さんのオクテイヴィアス・シーザーが観られたのが、今回は一番面白かったかなあ。彼は、この手の古典物の二枚目に似合う精悍な顔立ちに、どんどんなってきているのね。

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2011年10月 1日 (土)

octobre

☆今月の観劇

 体調いまひとつなんだけど、観る物が多い月になってしまう模様。
 これ以上は増やさない。

 当初の予定では、隠蔽捜査、果断、詩人の恋の3連チャン観劇になるはずだったのだが、3連チャンで電車移動する自信が無いので、詩人の恋の観劇日を少し後ろにずらした。
・アントニーとクレオパトラ
・宝塚花組ツアー公演「小さな花がひらいた」「ル・ポアゾン」
・ピアフ
・隠蔽捜査
・果断
・詩人の恋

 アントニーとクレオパトラは、物語自体はそんなに好みではなかったりするんだけど、出演者が豪華なので楽しみではある。昨日、ようやく、松岡訳を買ってきた。

 山本周五郎の「ちいさこべ」は大好きな小説。だから「小さな花がひらいた」再演は楽しみだ。宝塚向きの演目じゃなくて脚本を外部に貸し出せばいいのに、とよく思ったりする演目ではあるけれど。ルコさん(朝香じゅん)主演の花組版を観劇した。それより前のバージョンは未見。
 「ル・ポアゾン」はなあ・・・・・・・・・私は、「ナルシス・ノアール」は大・大・大好きだったけれど(併演のお芝居も好きだった♪当時の星組のメンバー構成も大好きだったし)、「ル・ポアゾン」はショーとしてさほど好きなわけではなかったのだ。ウタコさんは役者だけどショースターという印象じゃなかったしなあ(^^ゞ だから、「ル・ポアゾン」というタイトルのショーの中で「ナルシス・ノアール」の場面が出てくるのだと聞くととても複雑な気分になる。二つのショーに関して劇団内部での上下評価はあるかもしれないけれど、それをあからさまに「ナルシス・ノアール」が大好きだった私に見せるなよ、と。あ、もしかすると、この前のル・ポアゾンはナルシス・ノアールの場面が使われたけれど、今度のル・ポアゾンはル・ポアゾンだけでいってくれるとかいう可能性もあったりする?そうでありますようにと期待。

 ピアフ。2月に観た安蘭けい主演「エディット・ピアフ」が思いのほか素晴らしかったので、大竹しのぶ主演だとどう感じることになるかなあ・・・・・。大竹しのぶの芝居も勿論大好きだからとても楽しみではある。

 「隠蔽操作」と「果断」で二日連続で北千住に出かけるのは体力的にしんどいかなあ。でも、マチソワする体力はないから仕方ないかな。原作は、刑事物というよりはキャラ物という感が強いとはいえ、まあ面白かったけれど、舞台化されるとどんな感じかしら?

 畠中さんが演じた役で一番好きなもののひとつが「詩人の恋」のスティーブン。今月上演作品の中では一番楽しみだ。初演を見逃し、再演が初見だった。それ以来、再演されるたびに観ている。シューマンの歌曲のメロディの甘さが激しい戦争の記憶と一体になって激烈に心をゆさぶるクライマックスシーンがすごく好き。
 ものすごーーーく好きな舞台なのに、そういえばNHKで放映された際に録画ミスったんだよなあ(苦笑) カーテンコールの最後がちょびっと切れただけなので致命的ミスではないんだけど、間抜けなミスではあった・・・・・・・。

☆今月買う本

 とても楽しみな2冊。

 月末発売の荻原規子「「RDG5レッドデータガール 学園の一番長い日」。
 月末に発売なんそうで♪ 副題から判断すると、最初から最後まで、戦国文化祭の顛末が綴られる一冊になるのかな。

 22日発売日説と25日発売日説のある新井素子「銀婚式物語」。
 「結婚物語」「新婚物語」の続編を読めるのだなあと思うと感慨深いものが・・。
 電子書籍では既に読めるけど、紙の本愛好者の私は、単行本が発売されるのを楽しみに待っていたのだった。
 アテロームの話、本棚が一階で生活空間が2階の一軒家の話なんかはエッセイで読んできたものが結構ダイレクトに小説におさまるといった感じになるのかな。不妊話のエピソードもあるみたいで、陽子さんが主人公の物語という枠の中だとどういったアプローチになるのかな。

 スワンマガジンの最新刊、今回はどの経路で購入しようかしら・・・・・。


☆今月見るテレビ番組

 パンドラIII。江口、内野、上川、山本という出演者名が並んでいるのを見るたびに、卒倒しそうになる。コンナニシアワセデイイノカシラ・・・・・・

 スケート番組をチェックするために、HDDの空き容量を増やしておかねば。ジャパンオープン、スケートアメリカ、スケートカナダ。試合での変な煽りが嫌なのでグランプリシリーズはNHK杯以外はあまり真面目にチェックしないかもしれないけれど。どうもこのところ、スケート報道に拒絶反応があったりして、グランプリシリーズのエントリーもまだちゃんとチェックしてなかったりする・・・・・。素敵なプログラムやすごい技術を沢山見ることによって、さっさとこの変な感情をなくしたい・・・・・・。

 WOWOWで松たか子主演のミュージカル「ジェーン・エア」再放送♪ 松たか子がジェーンにぴったりだったし、橋本さとしさんのロチェスターが愛を乞う姿はそらもうフェロモンたっぷりだったし、大好きな大好きな舞台だった。娘と一緒に見に行って、二人で大喜びしたもんだった。再放送嬉しいな。また録画しようっと。

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