映画・テレビ

2011年11月14日 (月)

三銃士スピリッツたっぷり

 ミレディの吹替をやっているのが檀れいであるということを知り、テレビ放映待ちをする予定だった映画「三銃士~王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船~」を見に行くことにした。宝塚時代から、檀ちゃん好きなのーーー♪貞淑な女性とかお姫様の檀ちゃんよりも、悪い女とかはっちゃけたぶっとび女とか腹に何か一物抱えている女を演じる檀ちゃんが大好き。宝塚退団をしてからの檀ちゃんの役は、貞淑系やらの普通の女が多かったのでなんか物足りない感じであまり興味が持てずにいたんだけど、ミレディですってーーー!? ミレディの檀ちゃんに興味わかないはずはない。見に行くに決まってる私。
 いつまでやっているんだろう、よりも、どこでやっているんだろう、を気にしなければいけなかったのね。字幕版を上映している映画館は多いけれど、吹替版は意外と少な目?

 この映画、サブタイトルに飛行船の文字が入ることに「???」となっていて、色物的展開、差込エピソード的展開がくるものとばかり思っていたのだけど。
 これは!とっても正統派の「三銃士」の物語展開をしているじゃあありませんか!? いや勿論、後半は飛行船・飛行船・飛行船・飛行船・飛行船ではあるのですが(笑)でも、飛行船を使っての物語展開も、三銃士スピリッツに満ち溢れているので(爽やかに「一人はみんなのために、みんなは一人のために」。)、ものすごく三銃士なんだ。

 東宝で上演された舞台を楽しんだ人ならきっと、この映画も楽しいはず。
 映画のアトスとロシュフォール、帝劇舞台に出てた人と顔の造作においてなにげに共通項多くありません?映画版ポルトスはえらく男前。アラミスも男前。コンスタンスはめっちゃ美少女で、夫はいない。アンヌ王妃は顔が好みじゃなかった・・・・。ダルタニアンは小生意気そうな可愛い男の子で、いかにもダルタニアンだ。ルイ十三世との並びも可愛い。リシュリューだけでなくバッキンガム公も悪い奴に分類されるホン?
 ミレディは悪女だった。やっぱりミレディは悪女であるのが嬉しい。ミレディが屈折と不幸を抱えすぎていると、エンタメ感が減じてしまう。艶やかに微笑みながら平然と裏切り行為。その悪女っぷりは、重すぎることもなく、痛快。これこそがミレディ。ああ楽しい。

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2011年6月26日 (日)

「JIN」が終わっちゃった

 「JIN-仁-」が終わってしまった。

 単に
「内野聖陽さんが出るなら見よう」
という単純ミーハー動機で見始めたドラマだった2年前放映の「JIN-仁-」第一期。原作は未読だった。存在すら知らなかった^^; 絵柄があまり好みではなかったので、原作予習せずに白紙の状態で見よう、ということにした。漫画の場合、小説と違って、図書館で借りて予習するということも出来ないわけだし。

 見始めてみたら、うっちーの坂本龍馬がどうこうよりも、設定が面白くて、お話自体がめちゃくちゃ面白くて、主要出演者のお芝居も皆とても良くて、夢中になって次回を楽しみに待つドラマとなった。
 とはいっても、医療シーン、手術シーンは正視するのが苦手なので、録画は残さなかった。録画保存こそはしなかったけれど、こんなに毎回楽しんだドラマは久しぶり。

 主役・南方仁を演じる大沢たかおの繊細な表情が好みだった。医者としてはとても優秀な熱血漢であるにもかかわらず、日常生活ではネジが一本も二本も抜けている感じ。力みの無い、その、ふっと抜けた感じがすごく良かったなあ。咲さんへの接し方、野風さんへの接し方。一歩間違えれば悪気はないかもしれないけれど優柔不断でヤな奴よね、という印象にもなりかねないのに、独特のほんわかした感じ、ふわっとした感じで彼女たちの想いに接しているから、すごく魅力的で、素敵な女性達に慕われるのが納得できた。揚げだし豆腐へのこだわり方なんかも、この人ならではの独特の空気が。はまり役だったと思う。

 咲さんを演じる綾瀬はるかの健気で真っ直ぐな可愛らしさが好みだった。この種の健気な可愛らしさって、演じ方次第でうざったくなりかねないけれど、綾瀬はるかのお芝居がつくりだす真っ直ぐな芯のある可愛らしさは、同性からも愛される類の可愛らしさだった。野風さんが咲さまの幸せを心の底から願うのは当然だ。

 野風さんを演じる中谷美紀。もとから好きな役者さんだった。凛としたかっこよさ。強さと弱さの見せ方のバランスが絶妙で、凄みのあるお芝居をする人。
 咲さんと野風さんのバランスもすごく良かった。二人とも役にあってて、とても魅力的で、存在感が良い意味で拮抗していた。ダブルヒロイン物でこれほどまでにバランスの良い作品って滅多にないのでは?

 咲さんの母親を演じた麻生祐未が、いい感じで老いを演じることが出来るようになっているということにも驚かされた♪

 そして最終回。
 高視聴率ドラマの最終回に過剰な期待はしない、二年前の第一期ラストシーンみたいにわけわからないシーンで放置するのではなく適度に伏線や謎を回収してくれればいいわ、と、ちょっと斜に構えた状態で見始めたのだけど。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不意打ちがきた。ものすごく感動してしまった。ラスト三十分、どきどきして目が離せなかった。

 もともと、私は、時を超えたラブロマンスというのが大・大・大好きなのだ。ロバート・ネイサンの「ジェニーの肖像」とか梶尾真治の「クロノス・ジョウンターの伝説」「時尼に関する覚え書き」とかジャック・フィニィとか。「時をこえた少女」のラストも好きだし。去年放映されたTVドラマ「10年先も君に恋して」にも夢中だった。SF的に細かいタイムトラベルゆえの矛盾点にはあまり突っ込まず、タイムトラベルゆえに起きてくる幸福感や切なさの部分を味わうのが好き。

 そして、ハッピーエンドよりも、切ない物の方がどちらかというと好みかな。形としては大団円ではないけれど、だからこそ、真摯な想いの部分が浮き出てきて、この想いがこの世界に存在したというそのこと自体が幸せなことなのだと思わせる。そんなふうなしみじみとした切なさがとても好き。

 だから、南方先生が明治時代の咲さんのもとに結局は戻れなかった展開は哀しかったし、びっくりもしたけれど。
 それ以上に。
 戻れる展開よりもこちらの方が、想いが浮き出してきている。この関係性があったがゆえのあたたかな幸福感。悲しさ以上に残ってくる幸せな思い。
 咲さんの中で、南方先生に対する記憶はほとんど消えてしまったけれど、記憶がなくなっても想いの部分は鮮やかに残っている。
 手紙を読む現代の南方先生と、手紙を書く明治の咲さん。その向かい合う構図。

 咲さんと野風さんという二人の女性のそれぞれの想いが、共になって、現代の南方先生につながっていくのもいい展開。
 野風さんは命がけの出産によって、自分の血を受け継ぐ者が未来の南方先生と出会っていく運命の可能性をつくりだした。
 咲さんは、医師としての絶え間ない努力および恋仇であるはずの野風さんへの真摯で誠実な触れ合い方によって、時を超えて想いを南方先生に伝えた。野風の血を受け継ぐ未来という女性は、咲の思いの部分を受け継ぐ女性でもある。未来は野風であるだけでなく咲でもあったという未来改変に感動した。

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2011年5月26日 (木)

「阪急電車」を見てきた

 映画「阪急電車」を見に行ってきた。

◆見に行く前

 原作未読の友達から聞く評判は良かったので楽しみにしてた。

 去年の夏に有川浩の小説を片っ端から読み始めてたので、映画化情報が公開された時点で原作既読だった。文庫化されたら本を買おう、と思ってたので、グッドタイミングな映画化情報だった(*^_^*)

 小さな電車に乗り合わせただけの、人生が交差するはずのない人々が、ちょっとしたことをきっかけに小さな会話をかわす。その会話の後、目の前にみえてくる人生の光景が少しだけかわってくる。ただそれだけの、でもとてもあたたかくて幸せな物語。

 去年の8/29に、西宮に観劇に行く時、往路で阪急今津線にも乗ってきた。車内の雰囲気を味わってこようと思って。
 JRで宝塚駅まで行ってから阪急今津線で西宮駅まで。2009年3月で、宝塚観劇のためにムラに行くのはおしまいにするつもりだったので、宝塚駅にまた来ることがあるなんて自分でもびっくり。通過しただけだけど。
 今津線から見る景色の印象は
「東京だったら、多摩モノレールから見る景色が近いかな」
といった感じだった。閑静な住宅街のど真ん中。あちこちに土手。中規模の川。少し遠く、でも遠すぎない位置に山。高層の建物がぽつりぽつり。

◆討ち入りの彼女ーーー翔子

 中谷美紀が出る!と聞いた時点で、役名を見る前から
「絶対に、討ち入りの彼女の役だ。合ってる合ってる」
と反応してしまった。

 映画の中で一番好きだった場面は、小学生の翔子が
「聞いてないのに教えてくれてありがとう」
という言葉をいじめっ子女子生徒達に言い放ったのを耳にした際につぶやく
「・・・・・お見事!」
という台詞の、その言い方。
 ここから続く、翔子と翔子のやりとりがいい場面だった。原作を読んだ時にこんな感じかなと思い描いていた通りに、いえそれ以上の形で、凛とした少しきつめの喋り方、でも生き方に加わってきている柔らかさが。
 戦い続けてきたオンナ、これからも戦っていくオンナ。世代は全然違うけれど生き方を同じくする者同士の、思いがけない形での交流。小学生の翔子に明日以降待っているのは、やはり一人きりの日々だろうけれど、彼女はこれからは孤独を感じた時に、自分と似てると語りかけてきてくれたお姉さんを思い出して、負けることなく障害を突っ切っていくんだね。

◆人生の機微に触れた彼女---ミサ

 イケメンの彼氏のDVに耐えて耐えて、ついには耐えきれなくなった女子大生の彼女。
 彼の暴力の原因や背景は明らかにはされていないけれど、≪女子大生≫という言葉から世間一般の男性がイメージするところの軽さやきつさに彼女がすっぽりとはまってしまっていることへの苛立ちがあったりする?

 「おばちゃんってサイテー」と、車内マナーがひどいおばちゃん集団に対してすんなりつぶやいちゃう彼女。彼氏が結婚式の常識を知らないと聞くと、ついつい追い詰めるような形で彼の無知を指摘しちゃう彼女。結構きつい・・・・・・。
 けれども、そのおばちゃん集団のうちの一人が胃炎で体を二つ折りにしてしまうと、躊躇することなく助けに入り、一緒に列車を降りてベンチに並んで腰かけて、ストレス性胃炎のおばちゃんに真剣にアドバイスをしたりする。

 きつさと無遠慮スレスレの優しさの同居する、ややアンバランスな彼女。戸田恵梨香、意外と(と言ったら失礼か?)似合ってたーーー♪

 原作のミサは、会社帰りの翔子を車内で見かけても、それが半年前に見た討ち入りの白ドレスの彼女だとは気づかないけれど、映画のミサは顔を見て気づいているのね。
 人生の機微に触れたとお茶しながら語り合う二人は、討ち入りの話なんかも始めたりするんだろうか。ミサはそれに対してどんな反応をするんだろうね?

◆かくありたい年配女性---時江

 映画の中で若干違和感になる場面はほとんどが原作には無い場面だったけれど、一か所だけ、原作にもある場面が。
 凛としたお婆ちゃんの時江さんが、電車の中で、孫を席に座らせて自分は立っている場面^^; そういえば自分の子がまだよちよち歩きだった頃、こどもに席を譲ってくれようとする老齢の女の方が意外と多いというのは、私には結構カルチャーショックだった。抱っこしてる頃だったら、ありがたく譲っていただいてたけれど、でも歩けるこどもが年配の方から席譲っていただくのはあかんあかん絶対あかん、と思ってたので^^; 譲られてすわることに慣れるとすわれない時に愚図る可能性高くなりそうだし、明らかに逆の構図を受け入れてしまうのはこどもの将来のためにも良くない。時江さんみたいな人だったら、孫に
「折角坐れる隙間があるんだからすわりたい!」
とぶつぶつ文句言われても意に介さず
「健康なこどもが我先にと坐って一緒にいる年配の人間を立たせておくというのは、人としてとてもみっともないことなのよ」
とにこやかに厳しく言って孫を立たせておく方が不自然でないような。読者の私と作者の有川浩さんの生活背景の違いによる関心の違いゆえにそんなことを思ってしまうんだろうけれど。

 原作では時江の怒りの喧嘩モードは車内にいた若いカップルにもっていかれちゃうけれど、映画の時江は喧嘩モード大炸裂。常に戦ってきた女は、突然の状況でも勝てるべく研鑽をつんでいる。かっこいいねえ。氷室冴子のエッセイ「とても素晴らしかった旅行について」をなんとなく思い出す。ああいった経験を幾度も重ねながら強くなっていく女たち。ことなかれ主義に陥らず、こんな女でありたいな。

 宮本信子が、どんぴしゃりキャストだった♪

◆素敵なアホ彼のいる彼女ーーー悦子

 いい恋をしているんだ、とミサにこっそり羨ましがられちゃう彼女。
 いい恋をしているのは、彼女がいい子であるからこそ見た目や表書きに左右されることなく中身で彼を選べたからこそ。
 彼はいい男だねえ。ありえないくらい良い男だという気がするけれど、有川浩ってこの手の、耐えるべき時にちゃんと耐えられる男を結構頻出させている。有川浩がいい恋を重ねてきたからこそなのか、いまのダンナさんの性格が反映されているのか?(#^.^#)

 原作の悦子は関学受験を諦めて別の進路に進んだけれど、映画の悦子は浪人して関学を目指すのかな??? 

◆軍オタで美帆オタの彼と野草採取が好きな彼女---圭一と美帆

 その周囲にだけ、違った時間が流れているような、ほんわかカップルの二人。
 でも、周囲の人とは時空の流れが違うとはいえ、今津線という空間には不思議とマッチしているともいえる二人。そんな二人の、出会いから、一線を越える関係になるあたりまで。一線を越える前の描写は、コミカルなエフェクトを入れたりして、真最中の直截的描写は映画ではカットされてたりするのも、このほんわかカップルを描くにはマッチしていたかもしれない。映画化にあたっての原作改変が一番成功しているように見えたのがこの二人に関する描写。映画監督は、この二人の関係がきっととても好きで理解しやすかったんだろうな。

 「雑草っていう名前の草はないのに」とぼやく美帆・・・・・・。さりげなく「植物図鑑」がまざってる?(笑)にんまりした原作者ファンが多いと思われる。

 圭一の自己紹介とゴンちゃんの自己紹介のタイムラグが原作よりも大きいというのも、結構ツボにはまった。落ち込む時間が長いほど、ゴンちゃんの自己紹介を聞いて圭一が感じる喜びは大きいものね。自己紹介を聞いても彼が全く笑うことがなく、笑いをこらえる様子がなかったというのもよかった。あそこで笑うという発想・視点が全くなかった、というのは、軍オタの彼の、人としての在り方の良さを高めていたと思う。

 勝地涼はうまい若手男優さんだなあ。また新感線の舞台で見られるのが楽しみだ。

◆ストレス性胃炎の彼女ーーー康江

 彼女の人づきあいにおけるストレスというのは、ある意味もっともリアルなものだったりするんだけど、彼女の夫と息子の理解の姿はややリアリティに欠けるものだったかなあ(笑)原作だと、あそこまではっきりと優しい理解の言葉は発してない。
 男性である映画監督さんにとっては、あまり身近でない世界だったのかな。

 南果歩という女優さんにはもうちょっときつめのイメージがあるので、やや意外なキャスティングだったかな。でも、メガネは康江のイメージにぴったりだった。

◆幸せになるのが大変そうな彼女ーーーもう一人の翔子

 小学生・翔子。
 彼女をとりまく状況は何ひとつ改善されてはいないけれど、この世界のどこかにはわかってくれる人がいるという実感を獲得したことによって、今後も戦い続けていくであろう彼女。

◆客席と上映後

 通路向こうの隣席にすわった老齢の男性の方、前半はいびきかいて寝てて、後半はちょこちょこと奥さんとおぼしき女性の方と喋ってた。この種の映画は肌に合わないという男性も多いのかなあ。PTA絡みにつきあいでストレス感じているおばちゃんとか、まだ小学生なのに気位の高い綺麗な女の子に嫌がらせをして楽しむ女の子集団とか・・・・そういったものの存在がぴんとこない層の人ってのは確かに多いかもしれないなあ。

 映画が終わってからトイレの列に並んだら、宝塚ファンとおぼしきお嬢さんが、ムラの話で盛り上がっていた(*^_^*)ムラ遠征の際、タクシーをつかまえるには、宝塚駅よりも今津線の○○駅(←聞きとれなかった)がいいんだとか。ムラに観劇に行く時に、阪急宝塚線に乗ったことはあっても今津線に乗ったことはなかった私にはいろいろ新鮮な情報。

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2010年12月25日 (土)

「ぽっかぽか」とサンタばれの思い出

 10年くらい前のことだったか。

 再放送中のテレビドラマ「ぽっかぽか」にはまって、ビデオテープを全巻そろえた。

 七瀬なつみが演じる専業主婦・田所麻美(たどころあさみ)さんと、羽場裕一が演じるサラリーマンの夫・田所慶彦(たどころよしひこ)、そして一人娘の幼稚園生・田所あすかちゃん。この三人と、三人が接する、ご近所さん、幼稚園関係の知り合い、仕事仲間、昔の友人・知人、親類縁者たちとの、様々な日常のエピソードが綴られていくホームドラマ。あすかちゃんは、お母さんの麻美さんを「はは」と呼び、お父さんの慶彦さんを「ちち」と呼ぶ。麻美さんと慶彦さんはお見合い結婚だけど、ほのぼのらぶらぶ夫婦。購入した一戸建てのローンの返済が大変だったりして、家計はきつきつだけど、のほほんとのびやかに生きる麻美さんがムードメイカーになって、のほほんと乗り切っていく。

 タイトル通り、ぽっかぽかの雰囲気にあふれる、あったかくて楽しい作品だった。

 このビデオに、当時はまだ小学校入学前だった娘がどっぷりはまって、何度も何度も繰り返し見ていたものだった。
 短期間預かることになった、あすかちゃんより一つ年上のまりこちゃんという女の子が入り込んできたことによるゴタゴタ話が特に好きだったみたい。大事にしているお人形をあすかちゃんにだっこさせようとはしないまりこちゃん。ちょっと贅沢に育てられていて、麻美さん達の楽しい貧乏生活にはすんなりなじめないまりこちゃん。心を閉ざしていてあすかちゃんとは仲良くなれないまりこちゃん。この子とあすかちゃんは、大喧嘩をしたりしながら^^;次第に仲良しになっていく。喧嘩を経ながらも友情を育てていくという物語は、どうやら今も昔も娘の好むカテゴリーらしい。

 
 「ぽっかぽか」には、クリスマスに関するお話もあった。
 ちちは、クリスマスというイベントが嫌い。クリスマスになるたびに、世間が大騒ぎするのを苦々しく思っている。だから、我が家ではクリスマスだからといって何かイベントをやったりはしないぞ、と宣言している。
 ははは、そんなちちを苦笑しながら受け流している。クリスマスだからといってどっかに外食に、とか、家にクリスマスツリーを、とか、ちちにサンタさんをさせる、とか、そういったことをしようとは言わない。でも、あすかちゃんは幼稚園に通っているわけなので、お友達と話したり幼稚園の行事をこなしたりする中で、クリスマスという文化に関してはいろいろと思う所や期待するところがあったりはするわけだ。

 で、あすかちゃんは、サンタさんに期待する。
「ちゅうくらいの箱をください」
と。
 贅沢なおもちゃを期待しているわけではなく、ちゅうくらいの箱ですよ^^;
 で、ははは、こっそり用意するわけだ。手ごろな空き箱を。そして、折り紙やらなんやらを調達して、箱を飾ったり中に入れたり。安価で手作り感と愛情たっぷりのサンタさんからの贈り物を準備していく。

 娘はこの話がとてもとても気に入ったようで。

 ある年、サンタさんへのお願いが「ちゅうくらいの箱」になった(笑)
 影響を受けやすい子だ・・・・・・・・・。

 何カ月か前に贈り物の鰹節セットの空き箱が、パステル調の綺麗な色で手ごろな大きさだったので、とってあった。
 それに、折り紙セット(金・銀入り)、モール、割り箸、毛糸など、工作に使えそうなあれこれを詰め込む。100円ショップでなんとかなるものばかりで安上がりだ♪

 そしてクリスマスの朝。
 大好きな工作に使える綺麗な物がいろいろ入った綺麗な箱が枕元にあるのを見て喜ぶ娘。
 しかし、同時に、
「この箱、どっかで見たような・・・・・・・・・・・・・」
と軽く私を睨みつけた(笑)
 どっかで、どころではなく、見た記憶を明確に持っていることが明らかな目つきだった。

 サンタさんの正体はこうやって、あっさりと露見したのであった。
 小学生になってもサンタさんを信じているお子さんのいるおうちの話も沢山聞くけれど、我が家はばれるのが結構はやかったなあ・・・・・・・・。
 クールな娘は、ショックを受けるとかいった様子は全くなく、あっさりばれるようなことをする親をバカだなあ、みたいに見ている様子だった^^^^^^;

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2010年10月 8日 (金)

「10年先も君に恋して」最終回を見た

 ドラマ「10年先も君に恋して」第6回『君のいる未来へ』。

 火曜日の地上波での放映も当然見ていたのだけど、番組放映後、心がすっかり浮遊状態になってしまったので(#^.^#)、感想文書くのはBShiでの再放送を見てから、ということにしてしまった。番組の公式ツイッターで、感想を、と何度も呼びかけているのを見たけれど、本当に感動しちゃうと、視聴直後には言葉での感想なんて出てこないもんなのですよーー。

 ロマンチックで綺麗な綺麗な、素敵なドラマだった。

 突っ込みどころを探せばいろいろと出てくるけれど、タイムトラベルといったSF的設定はあくまでもおまけであって、基本はラブロマンス。ロバート・ネイサンの「ジェニーの肖像」、ロバート・ヤングの「たんぽぽ娘」、梶尾真治といったような小説が好きな人なら、このドラマが好きになる可能性もかなり高いのではないかしらーーー♪と思っている。

 キャストとスタッフの皆さん、ありがとう。
 DVD、勿論買いますとも♪

(あらすじ)

 博(31歳・内野聖陽)と仲直りし、愛を確かめ合った里花(上戸彩)。日高(劇団ひとり)は芥山賞の受賞を逃すが、これからも仕事のパートナーとして一緒に頑張ってほしい、と告げる。そして博(40歳・内野聖陽)が未来へ戻る日が迫っていた。未来へ戻る博(40歳)に別れを告げる比沙子(高島礼子)、佑太(染谷将太)、三田村教授(藤竜也)。一方で博(40歳)が未来に戻ることで、今までの彼との記憶が全て消えてしまうと知った里花は、なんとか未来の二人の運命を変えようと、ある行動を起こす。

(感想メモ)

 未来からやってきた博が過去に干渉した行動によって未来が激変するのではなく、結局は、《過去はかえられない、でも未来はかえることができる》という論理の物語であり結末であったのがすごく良かった。
 過去への干渉によって未来から来た博がしたのは、結局は、里花という女性を愛している気持の再確認。再確認したからといっても、もう何年もさわらせてももらえないといったほどにすれ違ってしまっていた関係は、そう簡単にはかえることは出来ない。でも、かえていきたいという意志、そして、相手を愛しているという真摯な気持さえあれば、少しずつ少しずつ変化させていくことはできる。タイムトラベルによって現実をかえるのではなく、タイムトラベルによって学んだこと、知りえた思いによって、自分の行動をかえる努力をしていく。甘すぎず、でも甘さのある、物語としてとてもいい結着点だったと思う。

 いくつもの秀逸な場面と台詞があった最終回。

 未来の博が未来に帰る前日の里花との会話の場面が好き。
 未来の博は「仕事、頑張れよ」と言う。同時に、二人の会話を里花の仕事の電話が妨げたことにいらついてもいる。未来の博と里花の関係がすけてみえるなあ。きっと、結婚後の博は、しばしば、大事な瞬間を電話で妨げられるという局面に苛立っていたんだろうねえ。そして、あのせっかちで不器用そうな男子の博はそうした時に、里花の仕事に対して、「頑張れ」なんていう気持は抱けなくなってきてしまっていたんだろうねえ。でも、未来から過去にやってきた博は、里花について昔は知りえなかった様々な側面を知り、だからこそ「仕事、頑張れよ」という言葉を本音として口にできるように変化してきている。里花が思いが伝わらないことでいらいらして繰り出す様々な罵倒台詞に左右されるのではなく、里花の本音の部分、心の奥底の部分を斟酌できるように、ちょっとだけ器を広げてきている。

 そんな博に対してだから、三田村教授が自分と妻の関係を重ね合わせながらのあたたかいアドバイスが、31歳の博にはまだほとんど届いていないけれど、40の博の胸にはしっかり響く言葉にかわっている。博と里花をあたたかく見つめる教授の存在感も、とても素敵。

 濱田先生とその夫の関係が現在の里花に語り聞かせる言葉も好きだ。
 本当に大事な思い出は小説には書かない、自分の一番大事な物語は自分の胸の中にとっておくもの。里花に語るこの言葉も、いい台詞だなあ。

 未来の博と現在の里花の別れの場面が好き。
 結局は渡すことを断念した未来の博が過去の博にあてて書いた手紙の、長々とした記述が哀しくも笑える^^; 鵜呑みにするな・・・・・・か。本当に本当に、何度も何度も、里花が繰り出すきつい言葉にいらいらと苦しい思いを抱え込んでいたんだな^^; 過去にやってきてもしばらくは、里花の罵倒台詞を鵜呑みにして喧々諤々してたし。でも、きつい言葉の底にいつもある、里花の思いや夢や熱さを理解し、結局は、何度でも自分は里花に恋をしてしまうんだという自分の思いを自覚して語る博。その思いに真摯に答えようとする里花。いい場面で、二人ともとてもいい表情。
 「その言葉、忘れんなよ」という博の声音と表情が切ないなあ。
 「悪いんだけど、最後だから、ちょっとだけ抱きしめてもいいかな」からの一連の表情も切なくてすごく良かった。何年も、さわらせてすらもらえなかった、愛している人を、やはり自分は辛いけれどとても愛しているんだという明確な自覚あっての抱擁。


○未来の里花と博

 最終回で、博が、里花は日高と浮気をしていると思いこんでいたことについては、一見否定されているように見えるけれど。
 やはり、里花は日高が向ける好意に対して、オンナとして揺れてしまっていた部分はあるんではなかろうかとは思っている。そう思ってしまったのは、花束を受け取った時のお礼の言葉「ありがとう」。「ありがとうございます」ではなく「ありがとう」であるということには、作家と、作家をマネジメントする人としての距離感ではなく、オトコとオンナの距離感を感じてしまうんだな。
 自分に一途に想いを信頼を向けてくれる人に対して、心が揺れてしまっていたというのはあるんじゃないかと思う・・・・・・・。
 過去の自分からの手紙を読んだことにより、そうした揺れを里花は封じ込めたのだろうけれど。

 封じ込めたといえば。。。。言わずに心の底に封じ込めてきた思いが沢山あったんだろうなあ、未来の里花と博には。
 博は、里花がいきいきした表情で本について語る姿を好きだったからこそ、チャンドラーや日高や濱田梓の本をしっかり読んだのだろうけれど、同時に、自分との時間をしばしば浸食してくる里花の仕事に対しては、苛立ちを深めていったりもしてたんだろうなあ。 でも博ははっきりとはそれを口にはせず、でも里花は博の表情から何度も何度もそれを感じ取り。里花が27歳の頃に濱田梓がイギリスで賞をとったのだとすれば、里花がイギリスに同行したり、それに伴う様々な仕事も派生していたりもするだろうし。そこで博のイライラがつのったりして、里花はそれに対して、申し訳ない、自分が悪いといった思いばかりが募り・・・・・・そういった経緯があれば、その翌年、迷った末に里花が仕事をやめて専業主婦になってアメリカに行く博についていく選択をするってのはそりゃありそう。そしてきっとその時の博は、里花が仕事をやめて自分といる時間を優先してくれたことが嬉しいという気持と、里花が夢を諦めたからには自分も自分の夢よりも里花の幸せを優先しなくてはという罪悪感、その二つの気持にとらわれてしまったんだろうな。そして、里花の幸せってなんだろうって考える時、本音の部分を語り合えてないから、金銭的・世俗的な幸せの部分を追っていってしまうわけだ。本音の部分を覆い隠しているのは、里花に仕事を諦めさせたという罪悪感もあるこそだから、その部分から目をそらし・・・・・・。

 未来に戻った博と、未来の里花の、甘くはないけれど、喧嘩をまた繰り返しつつも少しずつ二人が歩み寄る努力を重ねていくんだろうなと感じさせる甘さもほのかに漂わせる会話が好きだ。ぽつぽつと繰り出される言葉には甘さはないのだけど、出されたミルクティーに気づいてふっと表情が和らぎ、優しい表情でミルクティーを味わっている博を見て里花の表情も和らぐといった流れに、言葉とは裏腹のあったかさが。こうしたちょっとしたあったかい時を少しずつ積み重ねながら、昔の幸せいっぱいだった日々に少しずつ近づいていけるといいね・・・・・・。

 しかし、10年後の自分にあてた手紙とそれがもたらす顛末を見ながら、この作品のスタッフはきっと、モンゴメリのエミリーのシリーズは読んでないんだろうなあ、とか思ったりした(笑) 10年前の自分の手紙ってのは、微笑ましい部分よりも恥ずかしい部分の方が多かったりするもんですってば^^; と、最後にちょびっと突っ込みながら、感想を終わらせていただきます

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2010年9月28日 (火)

「10年先も君に恋して」第5回を見た

 いよいよ次回が最終回だ。
 
 納得いく形で終わるドラマだったら、特典付きDVDとかが出たら購入するかも♪
 逆に、納得いかなかったら、今までの録画は全消しにするかも^^;
 流れを見ている限りでは、とりあえずは、恋愛面はハッピーエンドでないってのはなさそう?ただ、里花が仕事を続けるかどうかっていう点ではどうなのか? 里花のいきいきした里花らしさってのは、恋愛面よりも、文学作品への思い入れによって形作られている部分の方がはるかに大きいようなので、二年後に里花が仕事をやめるという未来は出来れば否定されてほしいものだけどなあ。

 ドラマ「10年先も君に恋して」第5回「愛のから騒ぎ」

(あらすじ)

 31歳の博(内野聖陽)に別の男と浮気していると誤解されてしまった里花(上戸彩)。だが相手は博(41・内野聖陽・二役)で、里花としては説明できない。31歳の博の誕生日を一緒に祝うことで仲直りしようとする里花だが、運悪く担当している作家・濱田梓(渡辺えり)の執筆が佳境を迎える。里花は梓の夫・哲夫(渡辺いっけい)の機転で何とか濱田家を抜け出し会いに行くが、博(31)は里花に、もう終わりにしよう、と告げる。博にふられ失意の日々を送る里花に、作家の日高(劇団ひとり)が芥山賞を受賞したら自分と付き合ってほしい、と告白する…。

(感想メモ)

 せっかちで思い込みが強い不器用草食系理系男子の30歳博と、微妙に空気を読むのが下手な恋愛下手女子の里花のすれ違い、すれ違い、すれ違い。
 このところ、内野聖陽さんのお芝居って、濃いおっさんばかり見ていたので、こういう恋愛不器用男が新鮮で楽しい。役者だよねえ、ホントに。くるくる動く、不器用男の表情見てるだけで楽しいぞ。彼女の部屋に押しかけて、ここぞという時のキスが彼女の額。初々しくてごろごろころげまわりたくなった(笑)

 過去は変えられない、でも未来はいくらでも変えられる。
 これって、里花が二年後に今の仕事をやめるという選択もかえられないということなのかしら?
 でも、里花が仕事をやめず、博が宇宙エレベーターの夢を追いかけ、その上で喧嘩と仲直りを繰り返すという未来である方が、二人の幸せのためには良さそうに見えるんだけどな。
 生活スペースに本が無い里花ってのは、本来の里花ではないように思える。
 片方に濱田先生の原稿、片方に博が溺れていてどちらを助けるかという選択において、生真面目に迷う里花。この里花が二年後に仕事やめたら、やはり彼女は幸せにはなれないと思うんだよな。

 40歳の博の写真を教授がとったというのは、次回に向けてのなんらかの伏線?

 以前、里花が、40歳の博に、自分がきつい口調になってしまう理由について、伝わらないからこそのもどかしさという気持を説明していたけれど。
 今回、30歳の博が26歳の里花に、40歳の博が言っていた「憎む」という言葉についての補足説明をしていたな。好きだから憎む、と。

 好きだからこそ気持が伝わらず苛立ち、好きだからこそ憎むほど苛立つ。
 そんな気持を40歳の博は理解し、26歳の里花も理解したことで、30歳の博も含め、二人が新しい良い未来を築いていけますように。

 36歳の里花にはどういう救いと幸せがどんな形でもたらされることになるんだろう。

(里花の部屋)

 番組HPで里花の部屋のセットを見たけれど。

>>里花はおしゃれな部屋より、たくさんの本を置くスペースが
>>必要なためこの部屋を選んだ。
>>部屋のコンセプトは「本が山のようにあり床が抜けないかと
>>大家さんが心配するほど」なので、飾りこみ用に大量の本を用意。

とあるけれど。
 本棚と本、まだまだ少なくないですか、この部屋? 私、負けてないかも、勝ってるかも、とか思っちゃったよ・・・^^; 
 里花と40歳博が勝ち負けという言葉を使って会話してたので、いらぬところで勝ちという言葉が浮かぶ^^;

 私、学生時代、ボロアパートの六畳一間で一人暮らししてたけれど、壁一面に本棚三つ並べてましたよ??? 小さなサイズの本は当然、前と奥に二段並べ。本を効率よく大量に詰め込めるように、棚板を増やしまくってた。一人暮らしの学生と本の量があまり変わらなくてどうするんだ?>社会人・里花
 就職してから最初の何年かは、風呂なし六畳一間住まいで、下の階には大家さんが住んでたけれど、本で床が抜ける心配はされなかったな。里花の部屋程度の本ならまだまだ大丈夫大丈夫♪

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2010年9月21日 (火)

「10年先も君に恋して」第4回を見た

 ここで、ここで、次回まで待たせるのかーーーーーー!?

 ドラマ「10年先も君に恋して」第4回『恋の犠牲者?』
 ますます、面白く、切なく楽しくなっております。このまま、面白く、切なく、楽しく、突っ走ってほしい!!

 序盤は、純粋で世間に疎い30歳の博、ピュアな部分を失ったお喋り男の40歳の博、といった感じで、きっちり違いが感じられる二役の博だったけれど。
 やはりこの二人は同じ人、この30の彼があの40の彼になるのだというつながりの部分がしっかり感じられるようになってきた中盤。

 宇宙エレベーターのイベントに関して
「退屈してないか?」
と優しい口調で尋ねる40歳の博に対して
「ううん、楽しい」
となごやかな口調で答える里花。いい場面だな。やはり40歳の博は里花を今でも愛しているんだな、というのが、こんな場面一つでも鮮やかに伝わってくる。

 未来に何があったのか、里花が40歳の博から説明を聞く場面。
「もうそんな可愛い顔で俺のこと見るな」
ってのもいい場面だったが、
「僕じゃないだろ、君が・・・・・!」
と言いかけてその後を続けないあたり。まだ言ってないこと(多分、未来の里花と別の男性との関係)があるという切なさ。

 そして、今回の最後の、里花と40歳の博が歩道橋の上で語り合う場面も、ほんのりと切ないいい場面♪ 里花を見る博に、いい表情がいっぱいだったなあ♪ 里花は現在の博のことも好きだけど、未来の博にも惹かれていて、彼を忘れたくはないんだね。未来の博の中に、現在の博の面影を見出しているんだね。

 喧々諤々とした口調でありながらも40歳の博に対しては遠慮なく本音をぶつけたり過去の辛さを打ち明けたりもしている里花。そういった遠慮の無さと想うがゆえの優しさを両立させる形で、30歳の現在の博と、今後の関係を良い方向に紡いでいければいいのにね。

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2010年9月20日 (月)

ラブストーリー「10年先も君に恋して」にどっぷり

 ラブロマンス、ラブロマンス、らんらんらん♪

 と、毎週浮かれて壊れております。
 NHKドラマ「10年先も君に恋して」

 好みです、ものすごーーーーーく好みのタイプのラブロマンスです。
 可愛くて、幸せで、切なくて、毎週、きゅんきゅんしております。
 そんな素敵な脚本を演じるのが大好きな役者さんだ。ヒロインも可愛いじゃないか。脇をかためる人達も面白い味の人達だらけじゃないか。ということで、毎週火曜日は、充実した夜を過ごしております。

 全6話のうち第3回まで放映が終わったので、深夜の第3回までの一挙再放送を機に、感想メモもアップ☆

●第1回「未来からの恋人」

(あらすじ)

 ヒロインは本が大好きで仕事熱心な26歳の文芸編集者・小野沢里花(上戸彩)。超絶的に男運が悪い。そして、この数日間も、彼女の周囲には、トレンチコート姿の怪しい男が出没中。ストーカーのようなその男は、実は10年後の未来から来た夫・円山博(内野聖陽)であった。彼は、里花と博との結婚を阻止するために現れたのだ。だが、未来の博(40歳)の策略はかなわず、里花は現在の博(30歳/内野聖陽の二役)と運命的に出会い、恋が始まる。

(感想メモ)

 上戸彩さんの出るドラマを見るのはこれが二度目。
 一度目は、うっちーファンに多いであろうパターンで「エースをねらえ!」だったんだけど。その時は、特にうまいとも可愛いとも思うわけでなく、無難^^;という印象だった。
 が、今回のこの役。
 可愛いじゃないかーーーーーーーー!!!

 26歳のヒロイン・里花の最初のシーンは、プライベートで自信喪失してそれが作家活動にも影響しちゃっている最中の若手恋愛小説家・日高を、担当している編集者として一生懸命激励するシーンなんだけど。いかにもラブコメ的な、おいおいおいといった始まり方が不思議と可愛らしくて、あ、このラブコメいけるかもしれない、と印象づける。

 本棚に入りきらない本が、本棚の前に積み上げられて雪崩を起こしそうになっている里花の部屋に、親近感♪

 脇をかためる人達に、面白い味のあるベテランさんが多いのも、見ていてとても充実感。
 そして、博のうっちー。こんな内野さんを待ち望んでいたのよ!というものがきた。ラブストーリーの主役を演じる内野さん。40の博は、普段見慣れている濃いおっさんの延長線上ともいえるけれど(でも細かく作りこんでる♪)、30の博を作りこんでいる内野さんのお芝居を見るのはすごく楽しい!!!!研究熱心で目標のためにキラキラしているけれど恋愛に関しては不器用で奥手といったようなキャラを演じる。

 二人の出会い、恋のはじまりの場面が、みずみずしい♪

 40の博が阻止しようとした二人の出会いは、バスの中での出会い。里花が落とした愛読書を30の博が拾う。そんなありきたりの場面。
 でも未来の博の阻止によって、二人はそれよりももっとロマンチックな出会い方をする。
 空から落ちてきた宇宙ウサギに興味を持ち、それを追ってつかまえる里花。落ちてくる宇宙ウサギを追いかけてきた、科学教室のこどもたち。後から一生懸命走ってくる、ボランティアでこどもたちの理科の先生をしている博。

 出会った後、研究室で
「とても好みの女子と出会ったんです」
という30の博の口調が可愛らしいったら。

 初デート場面も可愛い!!
 としま園(笑)
 ジェットコースターに乗り込んでから、実はこういうのが苦手だと言いかけた里花の言葉を聞いて、じゃあと降りかけるがもう係員に阻止されてしまう博。彼は里花に、そういう時はジェットコースターの構造のことを考えればいいんだと言って、ジェットコースターの仕組みについて蘊蓄♪ 蘊蓄語りながら実は、自分こそが怖がっているんだというのが見え見えという・・・・・・可愛いカップル(笑)
 そして、飲み物を飲みながら、宇宙エレベーターについて語る博。自分だけが蘊蓄語りをする、という状況にはならず、里花の反応からは、アーサー・クラークの「楽園の泉」という本のタイトルが出てくる。理系男と文系娘の運命の出会い強調♪

 デートの後の里花のラブコメ的独り言も可愛らしい。
「しばらく恋なんかする気なかったのに、自分から誘うなんて。キャー☆」
っていった台詞がなんだかものすごく似合っちゃっている上戸彩。


●第2回「運命の恋なんて」

(あらすじ)

 30歳の博と、恋が芽生えた里花。が、相変わらず付きまとう謎の中年男に「あの男は、君の運命の男じゃない」と勝手なことを言われ、里花は激怒。サングラスを外し正体を明かしたその男は、博とうり二つ。「自分は10年後の未来から来た、将来の博だ」と驚くような事実を告げる。

(感想メモ)


 10年後の里花と博の住む部屋には本が見えないんだな。
 部屋が他にもあってそこに本棚が押し込められているのか?本への愛が薄らいだ生活をしているのか。大きな理由は前者なんだろうけれど、26歳の里花や30の博は、リビングのテーブルといったような場所にも1、2冊の本はちょこっと置く、なんてことは普通にやりそうだから、後者の理由もあるんだろうな。

 エレベーターでの里花VS40歳の博のやりとり、本屋での二人の叫び合い、楽しい♪
 30歳の博と話す里花は初々しくて可愛らしいけれど、40歳の博と喧々諤々している気が強い里花も可愛い。

 ロケの場所には、なにげに知っている場所が(笑)
 書店のシーン。この背の高い本棚は、ジュンク堂だぁぁぁ!
 そして、レジの位置なんかを見た感じ・・・・これはジュンク堂新宿店!?(笑)

 そんな所で撮影していたのかぁぁぁ。見たかったな。

 2度目のデート(水族館)で、40歳博が予言したように、変なパンダのTシャツを着てきていた30の博。どういうセンスで、あんなものを二度目のデートで着ることが出来るのかは謎だけど、そこが研究バカならではということか。
 でも、おそろいのマスコットのストラップとか、名字ではなく名前で呼んでほしい、とか。奥手という触れ込みのわりには、結構やることはやってる彼(笑)

 次なる30の博とのデートシーンは科学みらい館。
 プラネタリウムで嬉しそうにしている里花と、それを見て嬉しそうにしている博。
 「出会ってまだ十日しか経っていないのにこんなこというと、軽薄と思われるかもしれないけど」
と前置きして、付き合って下さいと決意の言葉を述べる彼。
 うわあ、初々しい^^;
 里花、40歳博の言葉を思い出して躊躇するけれど、結局、30歳博の
「過去に戻れたら、さっきの告白はなしにするかもな。いや。でもするか。(中略)多分、何回ふられても、何回過去に戻れても、やっぱり好きになっちゃうんだろうな」
が決め手になって自分も好きだと言う。
「絶対、不幸にしないから」
と小声での決意のつぶやき。頑張れーーーー♪

 スカイツリーに関する40歳の博の嘘と、嘘の取り消し。
 なにやら、スカイツリーには、痛みを伴う思い出がある模様。
 そして、40歳の博は、36歳の里花との生活が破綻しているとのことだけど、コートのポケットの中には、あのストラップがあるんだな・・・・・・・。ああ古典的。でもこういうクラシカルな切なさが好きよ♪
 

●第3回「恋の骨折り損」

(あらすじ)

 30歳の博に告白され、ついに恋人となった里花。しかし里花は、40歳の博から破綻した未来の夫婦生活を聞かされ、混乱してしまう。三田村教授(藤竜也)は30歳の博に、今の気持ちを忘れないよう強く言う。一方、里花に、ひそかに思いを寄せる若手恋愛小説家・日高(劇団ひとり)の講演会に、なぜか40歳の博が現れる。

(感想メモ)

 30歳の博を好きだと言う里花に対して
「・・・・・好き?」
と自信なさげに問い返す40歳の博。今までばっちり二役を演じ分けてきたわけだけど、この二人が同一人物であることを示す、声音の融合。絶妙だなあ、うまいなあ・・・・・・。

 そしてさらに、不意に口にしてしまい、そして言い換える
「愛してる・・・・・・愛してた」
という台詞も心に響く。

 里花と30歳の博のデート場面もいい。
 要するに、博は、研究オタクのせいで今まで相手がいなかっただけで、恋愛はじめたら一直線、奥手ってわけでもないな、これは(笑)
 いろいろ不器用ではあるけれど、躊躇わずに彼女のそばに歩み寄って肩に腕をまわす姿。
 気づいて彼に寄り添う里花。
 可愛くてきゅんきゅんしてしまう場面だ♪

 40歳の博が現在にやってきたことが、里花に、「私、実は、割と気が強いの」と言わせ、30歳の博に「いつかお互いそういう面は見えてくるよ。でも、僕はそれで里花を嫌いになったりしない」と言わせているのかな。過去は少しずつ少しずつかわってきているんだろうか。二人の出会いのきっかけが40歳の博の介入でかわったように。
 二人の未来が幸せなものでありますように・・・・・・。
 というか、幸せじゃないエンディングにしたりしたら、恨みますーーーと言いながら、今までの録画、全部消去するわよ^^;


里花の担当作家とその作品世界

 ヒロインの里花が担当する作家のうち、ドラマの中に登場する二人の作家、濱田梓と日高光治の出した本の装丁とあらすじがアップされている。なんて力が入った制作者のお遊び。

 この頁を見ていてうなってしまった。
 だって・・・・・・私、この本、読みたいんだもん^^;
 なんで、架空の本なのよ?(涙)
 装丁も好みだ・・・・・・・・。
 全17巻の冒険ファンタジー「永遠の瞼」の、花畑と遠景の山と雲と空で構成される表紙絵も素敵だし、日高光治の小説の、水彩での人物画で構成された表紙絵も色使いがとても綺麗。

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2010年6月11日 (金)

「告白」を見てきた

 本来の予定だと翌週に映画館に行く予定だったのだけど、朝とても嫌なことがあり、殺伐とした気分になったので、病院行きをすっぽかして映画館行きに変更。なんとなくこの「告白」という映画は、殺伐とした気分の時に見る方がより楽しめるんじゃないかという気がしたので。

 原作未読のまま映画館へ。松たか子主演と聞いた時点で図書館に予約したのだけど、6月に入ってもまだ三桁人数待ちだったので。原作を読んだ友人から、後味が非常に悪い作品、血がいっぱいの作品ということは聞いていた。
 実は私は、ホラーは結構好きなんだけど猟奇画像は苦手という面倒な人間。ホラーにはしばしば猟奇画像があるので、ホラー見たくても映画館には行けないのだ。で、この映画、R-15じゃないですか。何が理由でR-15なのかということがずっと気になってた。話に聞く限りでは、男女描写じゃなくて残虐描写で年齢指定になっている?血は平気。刃物も登場するだけなら平気。でも刃物でぐさぐさという場面は大画面ではあまり見たくない。

 と、恐れてたのだけど。
 大丈夫でしたーーーー。刃物と流血は画面としては分断されてたので。

 流血よりも撲殺よりも、学校に来ることが出来なくなってしまった男の子に同級生達が書いた寄せ書きが怖い。リズミカルな画面で綴られる寄せ書き場面。それから、クラスメートのいじめにおけるキスの強要というのが、リアルで気持悪くて怖い。殺人がらみのシーンよりも、こちらの方が気持悪い。

 出演者にミュージカル「Mozart!」のコンスタンツェが二人(笑)
 松たか子がいい。淡々とした喋り、無表情の中にじわりとじわりと凄みのある狂気と憎悪が見える。
 木村佳乃も、今まで見た中では一番いい。この人の演技は、同性から見て不快感をも感じさせるような、オンナオンナした弱さや不安定さを演じる時が一番好きだな。

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2010年5月30日 (日)

「パンドラII」雑感

 出演者が好みで放映をとても楽しみにしていたドラマ「パンドラII」。

 なんとも期待はずれだった(溜息)

 佐藤浩市、鈴木京香、勝村政信、山本耕史といったキャストの並びは、非常に私好みだったし、皆、いいお芝居してて、画面が作り出す緊迫感はさすがだったので、本を読みながらのながら見とかをすることもなく、途中で眠くなることもなく見ていたのだけど。

 前作の「パンドラ」で物語の軸となっていた薬、すべてのガンに効く薬というのは完全なる虚構として見ていた。だからこそ、ドラマは純粋に、サスペンスとして楽しめた。

 しかし、今作で軸となっていたのは、飢餓問題の画期的解決を目的とした穀物。
 完全なる虚構として楽しめないじゃん、ということを事前に気づいてなかった私がアホだった・・・・・・・・。

 飢餓問題解決のための穀物開発ってのはずっと昔からファンタジーとしてではなく行われてきていることなわけで。
 緑の革命は南北格差をかえって拡大させたなんてことは20年以上前には既に問題にされていたわけで。一世代のみの植物なんて、利権構造に巻き込まれないはずが無い、というのもずっと昔からわかりきっている現実であるわけで。

 一つの穀物が世界を救うってのもありえないよなあ。日本で栽培に適した穀物でも、熱帯や寒帯であれば病虫害に弱すぎて適さないってのも、普通にありうる状況なわけで。

 飢餓問題を扱うドラマを作るんなら、穀物開発者、利権狙いの商社、政府を出すだけじゃなく、市民、ジャーナリスト、農業に携わる人、NGOなんかを出せばいいのに。前作ではこの「市民」というか《病気の庶民、その友人や家族》っていう弱い当事者の立場の人は出てきたけれど、今作は飢餓がとりあげられているはずなのに出てくるのは金や食糧に困りそうな様子のない人ばっかり。

 ジャーナリストは一応出てるのか。山本耕史くんの役が記者だった。しかし。前作はまだしも今作は、この記者役はメインストーリーにほとんどかかわっていない・・・・・・。前作では、ヒロインである女医の恋人であるがゆえに入手した情報を独断でリークするといった形でストーリーに絡んでたけれど、今作ではジャーナリストという立場を政治家や警官に都合良く利用されるだけの役どころ。インドでの飢餓問題を記事にしたり等の裏設定もある記者らしいのに、飢餓の現実に対するジャーナリストとしての彼自身の思いってのが物語の前面にさっぱり出てこなかったのが物足りなすぎた。

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